何人かを救ったし、何人も救えなんだ
いやいやいや、有り得ないだろ。そう思ってリリアを見る。否定して欲しくての無意識の行動だったけど、彼女の存在こそが可能性が0でない事を証明していた。
「まあ、なんじゃ。絶対に有り得んということも無いかのしれんの」
「お前みたいのがホイホイいてたまるか!」
そういえばテロスは裏に『父さん』がいると言っていたな。そうだ、そうに違いない。きっとあの恰好はヤツの一族の伝統みたいなもので、この時代の魔王とやらはテロスのご先祖様なのだ。……だったとして、そこに何の救いがあるというのか。
「仮に先祖だとしても、絶対ろくな奴じゃないだろうな……」
先祖代々世界を混乱に導いていると考えると、そんな悪のサラブレッドみたいな一族となんて関わり合いになんてなりたくない。まあアランの条件として絶対に関わることになるんだけれども。
「なんだ? なんの話してんだ?」
「俺達の時代にも、同じようなヤツがいるんだよ」
「例の大魔王か?」
「それとは別件だ」
「そりゃあ……嫌な時代だな」
まさかこんな過酷な時代を生きている人に同情されるとは思わなかったぞ。でも確かに俺としても餓獣を相手にしている方がずっと気楽だ。餓獣王も今なら勝てるし。それだけの力を得てもなお勝てる気がしない怪物が二体……あれ? 頬を伝う感触が……。
「ま、それなら話は早えな。予習と思って頑張れや。もしかすると、この時代で倒しちまえば未来の魔王も消えるかもしれんしな」
「そうじゃな。むしろラッキーと考えるべきじゃろう」
かもな。ゲンサイが現れるまでは最強のオリジンの1人として伝説になっていたアラン・ラーズバードが一緒に戦ってくれるんだ。琴音達と一緒に戦っていた時とは違うアプローチで挑めるというのは大きい。
となれば魔王とテロスが同一人物であってくれた方が都合がいいのかもしれない。この時代にヤツを倒すことができれば、未来は大きく変わるだろう。シャロン王女が生きている世界に変化する可能性だって……。
「未来はうつろいやすいのじゃ。ワシの予知も、よく外れるしの。この時代で魔王を倒してしまうことで、生まれて来なくなる者もおるじゃろう。元の時代に戻った時、ワシらの大切な人間が存在しておらんかもしれん。じゃが……ワシはやるのじゃ」
リリアの言葉に、俺は怖くなった。未来が変わった時、どんな影響が出るのか。そもそも俺と琴音はテロスによって導かれて異世界にやってきたんだ。ヤツが消えた時にこの世界から消える人間とは、俺自身かもしれないのだ。
魔王を倒した途端に、何もかも忘れて日本でのほほんと暮らしているかもしれない。あの日、世界を渡った日より以前のように、居もしないドラゴンを探して野山を掻き分け、いつの日か現実を知って普通にサラリーマンとかになるのだろうか。なるんだろうな。
想像して、ゾッとなった。俺にとって日本での17年より、異世界での1年の方がずっと重い。失うかもしれない。失わないかもしれない。少なくともこの時代で大人しくしていれば、全てを失う可能性は無くなるのだろうけど……リリアは譲る気は無いらしい。
「お主らはワシの年齢を正しく理解はしておらんよ。この1200年、ワシがどれだけの死を見てきたか。世界が安定したことなど、一度も無かったわい。常に争いがあり、誰かの死を求め続けるのじゃ。その中でワシは何人かを救ったし、何人も救えなんだ。もしあれらの死が『何者か』の扇動によるものだとするならば、ワシは試さねばならん。扇動者を倒すことで、どれだけ死が減るのかを……のぅ」
そんな二言三言では伝えきれないものを見てきたんだな。1000年以上『死』を見続けてきて、過去をやり直すチャンスが現れたら……そりゃ無視なんてできるわけがないよな。
「そうだな。もしテロス本人か、同じような能力だったら倒しきれるかどうか分からないけど、やれるだけやってみよう」
「よいのか? お主も消えるかもしれんのじゃぞ? よしんば回避しても、お主の友が消えるかもしれぬ」
「その時は、そもそもその事に気づけないだろ」
葛藤はある。だけどそれ以上に情けなくもあるのだ。
リリアは人類全体を見て、少しでも多くの人々が救われることを望んでいる。それに対して、俺は自分と自分の近辺のことばかりだ。俺も1000年ほど生きれば、そんな視点になるんだろうか。
「どっちにしろ未来が分からないなら、正しいと思う方を選ぶよ」
なんとか魔王と戦わずに元の時代に戻ったとして、どうせ「あの時倒していればどうなっていたんだろう」って考えてしまうんだ。だったらとにかくやってみよう。なんだったら悩むのは魔王と会ってからでもいい。もし本当にテロスだったら……俺はきっと迷わず戦える。別人だったら、また考えよう。ぶっちゃけ時間はありあまってるんだからな。
「話がついたなら城に行こうぜ。リリアちゅわんにリリアちゅわんを紹介しないとな」
「ややこしいのう。ワシは呼び捨てで良いのではないかの?」
ここぞとばかりに「ちゅわん」廃止を狙ったリリアだった。アランはというと、なにやら悩んでいるらしい。
「む、むむむ。リリアたん……はイリアたんと被るし、リリたま? リリアちょん? リリアラブ……いや、ラブリー」
「どれを選んでもワシは父様を殴るのじゃ」
「ええ、手伝うわリリア」
どうしよう。DVの現場に遭遇してしまった。でも明らかに被害者側の自業自得なんだが。まあ止める必要も無いだろ。微笑ましい親子の触れ合いだ。
スルーしてさっさと城に向かう。後ろから悲鳴が聞こえてきたけど、あの親バカのことだ「嬉しい悲鳴」というやつに決まってる。そう思っておくことにした。
「とーさまー!!」
城に着いた俺達を出迎えたのは、純粋無垢なオーラを全開で撒き散らすような雰囲気の少女だった。うーん、これが最終的に面倒くさいイタズラババアに成長してしまうのか。時間というものは何と残酷なのだろう。
そしてついに綺麗なリリアと擦れたリリアが対面した。全く同じ姿形をした物体にきょとんとした表情で硬直する真幼女のリリア。まるで初めて鏡を見た小動物のようで可愛い。不思議なことだ。見た目はまったく同じなのに、初めてリリアを可愛いと思ったよ。
「はじめまして、と言うべきなのかのぅ? ワシはリリアじゃ」
「リリアもリリアだよ?」
「そうじゃの。ワシのことはお婆ちゃんとでも呼んでおくれ」
「お婆ちゃんはいるよ? リリアのお婆ちゃんはリディアお婆ちゃんだよ?」
「ならワシはリリアお婆ちゃんじゃな」
「……変なのー」
変だろうな。この人口数じゃ名前がかぶることも少なそうだし。そもそも見た目は全然お婆ちゃんじゃないし。それでもちゃんと幼い方のリリア……ややこしいな、過去のリリアは「リリアちゃん」でいこう。リリアちゃんは困惑しながらも納得したようだ。
ま、9才くらいの子供に未来だの時間移動だの言ってもわからないだろうからな。SFやファンタジーな子供向けの話がたくさん出回っている日本の子供になら通じるんだけど。
「ただいまぁーリリアぴょん!! パパだよぉ!!」
「あ! おかえりなさい父様! ぴょん、ってなに?」
どうやら肉体言語による家族会議の結果、呼び方を変えられるのはリリアちゃんの方に決定したみたいだ。リリアとイリアが希望の呼び方を獲得できたかどうかは不明である。
しかしなんで「ぴょん」なんだろ。リリアちゃんは結構ハツラツとした性格みたいだし、よくぴょんぴょん飛び跳ねているから、とか?
「それはね、リリアぴょんが可愛すぎてパパが飛び跳ねちゃうからだよぉー」
お前が跳ねるのかよ。
「リリアちゅわん。リリアぴょんと遊んでやってくれるかい?」
「ええじゃろ。姉様は忙しいじゃろうしの」
「お願いね。他の兄弟達も色々忙しくて、リリア……ぴょんには淋しい思いをさせちゃってるから」
「姉様、大体どっちの事かくらい分かるから、無理せんでええぞ」
区別するためにアランの真似をしたイリアさんは恥ずかしさに顔を赤くしている。その姿についニヤニヤしながら彼女らの後を付いて行こうとした所をアランに止められた。
「クソ野郎はこっちだ」
「え?」
連れていかれたのは城の裏手にある広場だった。特に何かをする場所でもないのか誰もいない。
「訓練すんだろ? リリアちゅわんは俺様より長生きしてるくらいだから、今更修行なんてする意味はないだろうが、お前は違うからな」
「さっそくか。いや、望むところだ」
時間はある。具体的に言うと、俺が衰え始める年齢になるまでに戻ればいいのだ。もちろんそんなに時間をかける気はないけどな。早ければ早いに越したことはないんだ。訓練に付き合ってくれるというのなら、喜んで相手をしてもらおう。
「未来から来たお前に戦いの技術なんかを教えられるとは思っちゃいねー。きっと今より発達してるだろーからな。俺様がしてやれることは1つ。クソ野郎が強くならざるをえないってくらい追い詰めてやることさ!!」