これは娘への愛
「この時代の王都は、迷宮都市の近くにあるんだな」
「迷宮はまだ出来ておらんがな」
攻撃を受けながら魔法を使った影響なのか、それともリリアの仮説通りゲンサイの魔力が混ざったせいなのか、俺達はゲンサイと戦っていた場所から大きくズレた所に飛ばされていたようだった。
現在地は1200年後の迷宮都市シンアルから、およそ南に200kmほどの場所に築かれた建国間もないセレフォルン王国の王都『ヘイレンシア』。王都といっても時代が時代だけに、遺跡観光にでも来た気分だ。
民家のほとんどが石造り。木材を使っている建物もあるが、ごく少数だ。それにしても変な町だな。石材の建物はヨーロッパの遺跡なんかにありそうな感じなのに、木材の建物は古い日本の建物に似ている。その辺りは日本出身らしいオリジン、フジワラノタケツナの影響か。もう日本語が広められているみたいだし。
だけどこの国の支配者、アラン・ラーズバードは西洋寄りの人間らしく、ヘイレンシアの中央に堂々とたたずむ王城らしき建物は、どこか不恰好ながらもヨーロッパの神殿のような雰囲気を醸し出す立派なものだった。
「この頃はまだ人類が絶滅から脱して間もない時代じゃったからのぅ。それでもオリジンに相応しい住処をと、人々が力を合わせて作った城じゃ。父アランの故郷の城をモデルにしたようじゃが……まあ滅びかけた世界にそれを再現する技術など残っておるわけもなかったという訳じゃな」
「いや、立派なお城だよ」
装飾らしい装飾もない、石を積み上げてどうにかお城っぽい体を成したような物だけど、他の家とは比べ物にならないくらいしっかりと作られている。絶対に壊れないように、王様を守ってくれるように……そんな思いが伝わってくるかのようだ。
ただ、そんな文明レベルだからこそ、遠くの方にかすかに見えている巨大な塔がとんでもない違和感を放っている。
1200年後の世界でさえ圧倒される存在感があった、迷宮都市の心臓ともいえる巨塔。それを迷宮化させたのがリリアの祖母である空間属性『薄雲』のオリジン、リディア・ボルトキエヴィッチという話だから、この時代にはもう塔が存在していたことは知っていたけど……どう見てもあれはオーバーテクノロジーだろ。
魔法がある世界だからと無理やり納得していたけど、魔法が生まれる前からあるとしたら不自然すぎる。オーパーツってやつか?
「かかか、懐かしいのぅ。忘れておった記憶が戻ってくるのじゃ。子供の頃、いつも窓からあの塔が見えておったわい」
「ここにフォール城砦都市ができるんだよな」
セレフォルン王国が敵からの侵攻を防ぐために築いた最終防衛線、対ガルディアス帝国用のフォルト城砦都市と、対オルシエラ共和国用のフォール城砦都市。そのフォール城砦都市こそが、ここヘイレンシアの後の姿らしい。
「うむ。まだまだ人類は数が少ないからの。絶滅寸前まで追い詰められた人類の最後の地、シンアル。オリジンの出現より20数年……随分と生活範囲は広がったとはいえ、現代と比べれば遥かに狭いのじゃよ」
シンアルに集まった最後の人類は、ほんの数千人程度だったらしい。本当に滅びる寸前だったんだな。そこから生めや増やせやで20年。生まれた子供が成長して更に子供を産めるようになり、今では数万人にまで増えているんだとか。それでも世界全体の総数と考えれば吹けば消えてしまいそうなほどに少ない。
だけどオリジン達が……そしてその血を継いだ子孫達が戦い続け、1200年後のあの世界ができあがったんだな。
そしてその英雄の1人が、もうすぐここにやってくる。
ガルディアス帝国……この時代ではオオヤマト王朝だったか。そことの小競り合いがあって、それを止めに行っていたらしい。全くあの国は、先祖代々困ったもんだな。まだ完全に復興できたわけでもない貴重な命を無駄に散らすような真似をするなんて。
おっと、ロンメルトも同じ一族だったっけ。突然変異かってくらい違うから忘れそうになるな。
「む、来たようじゃぞ!」
大通りの前の方がざわつき始めたことに気づいたリリアが、嬉しそうに言った。1200年も前に死に別れた父親との予期せぬ再会だ。心が落ち着かないのは当然だな。
そしてついにその時が来た。
ワッと盛り上がる観衆。その声の向けられた先には、軍馬に引かれた馬車から身を乗り出して無邪気に手を振る40代半ばくらいの男がいた。なるほど、大昔とはいえ流石はアルスティナのご先祖様だ。後ろで縛った白い長髪とか色々似ている部分はあるけど、その見た目より精神年齢が幼そうな所がそっくりだ。そこは別に遺伝しなくても良かったろうに。
「父様じゃ……何千年経とうと忘れるものか。あれがワシの父様じゃ」
感極まった様子で呟くリリアの視線と、アラン・ラーズバードの視線がかち合った。
「おおおぃ! リリアちゅわんじゃないかぁー! パパを迎えに来てくれたのかーい!!?」
「中身はあのケツアゴそっくりなのじゃ……」
「そんな悲しそうに言うなよ」
そういえばあのケツアゴも一応ラーズバードの血筋だったな。
だけど口ではあんなことを言っているけど、馬車から飛び降りてきたアランに抱き上げられたリリアの顔は、歳相応の子供のように嬉しそうだ。
そしてアランを追って馬車からもう1人降りてきた。リリアが時間を止めずに成長していたらこうなっていたんじゃないかと思わせられるくらいそっくりな20歳くらいの女性。髪がリリアより白っぽい以外はほとんど同じだ。
「リリア! お城で待ってなさいって言ったでしょ! なんでこんなトコにいるの!!」
「姉様」
「姉様、じゃない! ホント言う事聞かないんだから!」
母親にしては若すぎるけど、リリアという前例があるからなぁと思ったらお姉さんだったのか。眼鏡が似合いそうな、真面目な人っぽい。
「……アナタ、どうかしたの? 何か変ね」
「なんだと!? 何かあったのかいリリアちゅわん! ハッ、まさか男ができたとか……ま、まだ早い! パパは許さないぞぉ!!」
マジで早いよ。10才にも満たない娘相手に何を想像してんだ、この人。と思っていたら目があった。
「ぉぉぉぉぉお前かぁぁぁああああああああああ!!!」
「んなわけ無いでしょ! バカオヤジ!!」
お姉さんがスパーンッと突っ込んだ。ツッコミは1200年前からあったのか。しかしあれだな、リリアのお姉さんは苦労してそうだ。なんとなく、そんな気がした。
「このお兄ちゃんが無理矢理……」
「オイお前マジで洒落になってないから止めろよ」
初めて会った時にもやってたけど、よりにもよって実の父親の前でよくそれをやろうと思えたな。感動の再会はどこに行った?
「ま、冗談はやめておくのじゃ」
「ど、どうしようイリアたん。リリアちゅわんがお婆ちゃんみたいな喋り方になってる。反抗期?」
「イリアたん言うな。そんな反抗のしかた聞いたこと無いし」
愉快な親子だ。横から見てる分にはな。ところが俺は当事者だったとさ。
「父様、姉様……ワシは2人の知っておるリリアではないのじゃ」
「なんてこった。リリアちゅわんが『時』の属性だって分かった時からひょっとするとと思っちゃいたが、本当に時間を超えて来るなんてなぁ。さすがパパの娘だ」
「そのリリアちゅわん、というのはやめてくれんかのぅ」
「これは娘への愛。無理だ」
リリアの背中から悲壮感が伝わってきた。1200歳になって『ちゃん』呼びが嫌なのか? でも琴音もちゃん呼びだったし、『ちゅわん』が嫌なのか。だけど残念ながら父親のほとばしる愛は止められないようだ。
「そして愛ゆえに、お前達が元の時代に戻るのは反対だ」
「な、何故じゃ! 父様の強化属性でワシの魔法を強化してくれれば、きっと時間移動は可能なのじゃぞ!?」
強化。琴音の魔法も似た性質を持っていたけど、暁のオリジンの『強化』属性とはまた別物だ。琴音の魔法は厳密には強化ではなく成長。強制的な進化と言える。一方アランの強化は、文字通りの強化。物質、非物質、生物、無機物問わず、魔法や属性、魔力に至るまで何でも強化できる。単独でも強いが、仲間が多いほどに強力な効果を発揮する、これまた反則的な力だ。
さすがは10人のオリジンの中でトップを争う強さだったと後世に語られるだけのことはある。
その強化属性ならリリアの魔力を増幅して、単独で時間移動を発動できるだろうというアイデアだったんだけど……結果はこの通り。
「だってなぁ。その『鐵』のオリジン? そりゃあ反則だろー。たぶん今の時代のオリジンが全員でかかっても勝てないんじゃないかな? そんな所に溺愛する娘を行かせられる訳が無いし。ついでに言うと嫁に行かせる気もないし」
最後の関係ないし。自分で溺愛とか言うなし。
「バカは放っておくとして、私も反対よリリア。仲間と一緒に死ぬために帰るなんて、姉としても認められないわ」
「ううむ、姉様までワシに溺愛しとるとはのぅ」
「自分で溺愛とか言わない!」
否定はしない、と。
しかし困ったな。アランの協力が無いと、現時点でもう一度時間移動を発動する当てが無い。かと言って家族が心配する理由はもっともだ。理屈では120%あっちが正しい。だけど正論と、仲間を見捨ててのうのうと暮らすことは天秤にかける価値もない問題だ。
「リリアちゅわんと、そこのクソ野郎の気持ちもわかるんだが……やっぱり父親としては、なぁ。この時代で生きるわけにはいかないのかい?」
「ワシは既に一度この時代を生きておる。そして今は1200年後の時代で生きておるのじゃ。ワシがこれから生きて、死ぬ時代はここではないのじゃよ」
真面目な話してる風でスルーしそうになったけど、今俺クソ野郎って言われた? え、誤解が解けた上でクソ野郎なの?
「見た目は変わらないのに、大人になったんだなぁリリアちゅわん」
「そう思うなら、その呼び方をやめんか」
俺の呼び方も、もう一考お願いします。
「けどダメ。勝ち目の無い戦いに娘を行かせるわけにはいかない」
「父様!!」
「だからこうしよう。この時代で訓練して、その大魔王とだって戦えるようになったと証明できれば、帰るために力を貸そうじゃあないか」
それは……願っても無いことだ。正直戻ってから訓練してる時間なんて無い。下手すれば帰還してすぐに戦闘になる可能性だってある。
だけど--
「証明って言ったって、そんなのどうすればいいんだよ。あんたと戦って勝てばいいのか?」
そこを明確にしておいてくれないと、訓練して訓練して……何十年も訓練した結果「きっと勝てないからダメ」ということもできてしまうからな。
するとアランは待ってましたと言わんばかりの笑みを浮かべた。
「簡単さ、クソ野郎。この時代の魔王を倒してみせてくれればいい」