雑草みたいな娘
「ストラダ商会? それなぁに?」
俺は森であった出来事を話した。
この国で保護を受けるなら、俺達を狙った存在のことは話しておくべきだと思ったからだ。
そう、おれはこの国の保護を受けることにした。
それを決めた理由はやっぱり女王が子供だった部分が大きい。毒気を抜かれたと言ってもいい。これでこの子も、この雰囲気も、元帥の語ったことも全てウソなら、もうどう足掻いても騙されそうだ。と割り切ったというのもある。
「最近王都に進出してきた商会ですな。特に妙な噂があるという話は聞きませんが、そのような暴挙に出る輩だったとは」
そう言ったのは、ぽっちゃり系のおじさんだ。この国の経済を統括している偉い人らしい。頭がバーコードなのは、お金の呪いか何かだろうか。
それよりも、と元帥が声を上げる。
「その連中は『魔物』と言ったんだな? 間違いなく?」
「え? はい、魔物から人類を救ったのがオリジンだって……違うのか?」
「それは合っている。問題は呼び方だ、魔物なんて古い呼び方をするのは……オルシエラ共和国の人間か。あの国はオリジン信仰が盛んだからな、当時の言葉を使いたがる」
オルシエラ。それが敵国なのか?
「おっと勘違いするな。オルシエラは中立だ。まあコソコソと怪しい動きはしているから、油断はできんがな。その商会もスパイ活動用かもしれんな」
「なんだかややこしいな。敵国はどこになるんだ?」
っていうか、いつの間にか敬語忘れてたな。普段先生くらいにしか使わないから、相手が敬語じゃないせいで吊られてしまった。もういいや、怒られるまでこのままでいこう。
「そんなに複雑でもないさ。この大陸に国は三つしか無いからな。ここセレフォルン王国と、ここから西に位置するオルシエラ共和国。そして北方を支配するガルディアス帝国……暗殺者を送りこんだのは、この国だ」
「ガルディアス……」
ゲンサイさんが着物作った国としか知らないけど、なるべく近づかない方が良さそうだな。確実に戦争に巻き込まれそうだ。
というかあの商人がオルシエラの人間なら、そこも怖い……着いたのがセレフォルンで本当に良かった。
やっぱりこの世界は色々危なそうだ。
「帰る方法、見つかるといいけどなぁ」
「こう言ってはなんだが、1200年前のオリジン達は誰も帰らなかったからな……現状、手がかりはお前の言う黒マントの子供くらいだ」
誰も帰らなかったのか、誰も帰れなかったのか。帰らなかっただけなら文献が残っていてもおかしくはないけど、世界史的にも1200年前の文献が当てになるかというと、微妙だな。求めている文献が存在しているか、内容に間違いは無いのか。タイムスリップでもできれば簡単なのに。
あの子供の言葉が無ければ、既に諦めムードになっていたかもしれない。けどあの子供は確かに地球に来ていた。俺達の事も知っていたから、双子とかでもないはずだ。
方法は必ず存在する。
「最悪、お前たちがジジイになって死ぬまでセレフォルンが面倒みるさ」
「そんな長い間帰れないのは勘弁だよ。なあ、琴音……あれ?」
いない。ぐるりと見回すと、少し離れたところでアルスティナと談笑していた。二人揃って面倒な話は放棄か。そして琴音達が近くにいないと知るや否や、ずいっと顔をよせて内緒話の声で元帥は言った。その表情は真剣そのものだ。
「で、あの子はお前の恋人なのか?」
……は?
「かっわいいよなー。恋人じゃないなら、狙ってもいいよな?」
誰だこいつ。今の今まで俺と真面目な話をしていた元帥閣下はどこに消えた。
にへら、と緊張感の欠片もない顔で琴音を盗み見る様は、それはもうみっともなかった。
「アンタそのその歳で元帥なんて地位なのに、結婚してないのか?」
元帥が具体的にどれくらい偉いかは知らないけど、このお偉いさん集団の中で好き勝手に発言しているあたり、ほとんどトップの立場なんじゃないのか。そんな地位に30かそこらで就くなんて、相手に困ら無さそうだけど。
「そうだな。子供はいるが、妻はいない……」
もしかして、聞いちゃいけないことだったのか。子供だけ……ってことは、奥さんはもう。
「おれぁ一人に縛られたくないからな。いつに間にか父親の顔を知らない子供が23人も産まれてたのには驚いたもんだ」
「最低だな!? お前!」
どれだけ手当たり次第に手を出したら23人分もヒットするんだよ!? ええい、手籠めにした女性を思い出してニヤニヤするな気持ち悪い!!
「いやいや、発覚してからは会いに行ってるし、金も渡してるぞ?」
「……そのうち首が回らなくなりそうだな」
こいつが琴音に近づかないように気を付けよう。マジで。琴音に突然「結婚はしないけど子供できちゃった」とか言われたくない。想像してゾッとした、衝撃的すぎるって。
「一刻も早く帰った方が良さそうだ」
「そう言うなって、長い付き合いになるかもしれねーんだ。お互いまだ遠慮がちなとこあるけど、仲良くやろーや」
それで遠慮してんの!? 確かにどんどん言葉が砕けていってるのは感じてたけど、どこまで行く気だ。というか今のカミングアウトで遠慮の気持ちなんて一発で消し飛んでるよ。わはははは、と無理やり肩を組んでくるし、遠慮どこ行った。
こんなムサイのと二人は嫌だ。琴音たちの方に混ざりたい。
「悠斗君、聞いてよ。ティナちゃんがひどいのー」
と思ったら琴音の方から混ざりに来た。もう愛称で呼んでるのか、仲良くなるの早いな。俺も元帥のこと、ケツアゴって愛称で呼んであげようかな。
「ち、ちがうもん、言ったのはティナじゃなくてババ様だもん!」
アルスティナが慌てて弁解しているが、ちょっと待って。まず状況から教えてくれ。
「私の髪、雑草みたいだって! 葉っぱみたい、じゃなくて雑草だよ!? あんまりだと思うの……」
そう主張する琴音の耳元で揺れる緑色の三つ編み。ひょこひょこ……ひょこ。はは、ホントだ草だ。でも琴音の不満の原因は雑草呼ばわりされたことみたいだ。薬草とかなら良かったのかな。
「ホントにババ様が言ったの! 青いオリジンの後ろでヒョコヒョコしてる、雑草みたいな娘だ……って」
「がーん……」
なんかアルスティナが喋るほどに琴音が落ち込んでいく。だけど何だろう、フォローの言葉が思い付かない。
「うう、活躍……活躍しなくちゃ」
それに関しては、そのうち安全な魔法の目覚め方を調べるとして、今は浮上した疑問を解消させてもらおう。さっきからアルスティナが言っているババ様とやらに、俺達は会った覚えがない。だが向こうは俺達を知っていたような口ぶりだ、つまり。
「そのババ様ってのが、未来を見れるって魔女なのか」
門番が言っていた、俺達が来るのを予見していたらしい人物。時流の魔女……だっけ。質問に答えたのはケツアゴだった。
「その通り。時流の魔女、リリア・ラーズバード。残念ながら所用で今は王都を離れているが、いずれ会うことになるだろう。1193年前にこのセレフォルンを建国した、暁のオリジン……アラン・ラーズバードの実の娘で、今年で1189歳になる、正真正銘の魔女だ」
ケツアゴの喋り方が戻った。女王の前だからか、女の子の前だからか。前者であってくれ。
ていうか魔女スゴイ。肩書きからして時間を操る魔法なんだろうけど、生き字引なんてレベルじゃないな。おばあちゃんの知恵袋で帰り方分からないかな。
「暁のオリジン?」
琴音が首を傾げる。そんなことも言っていたな。オリジンにも種類があるとか?
「そうだ、オリジンは魔力の色が髪に出るだろう? それにちなんだ称号のようなものだ。黄昏のオリジン、天波のオリジン、白夜に紺碧、琥珀といった風にな。お前たちの呼び名は魔女殿が既に決めている。……っと私としたことが、自分の名も名乗らずに人の称号を語るものではないな、はは」
ケツアゴがしまったな、と照れ笑いを浮かべるが、本性を知ってしまった今となってはうすら寒い。
「私はセレフォルン王国軍を統括する元帥、ケイツ・ルッケンベルンである。よろしく頼む、深蒼のオリジン。そして常緑のオリジンよ」
「ぶぷぁははははははははははは」