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ある者は言った

 なんだ、それ?

 じゃあ何か。誰かが「魔王は死なない」と思えばゲンサイは不死身になって、誰かが「魔王は無敵だ」と思えば、ゲンサイは無敵になると?


「ふ、ふざけるなよ。そんなの……勝てるわけないだろ」


 鐵のオリジンへのイメージで強さが変わるなら、実は弱いんだといっ噂を流して弱体化させることもできたかもしれない。だけど「魔王」は昔から物語として伝えられてきた存在だ。そんな情報操作はできない。

 そして実在の人物ではなく空想の存在だからこそ、その強さには上限が無い。言ったもの勝ちだ。それこそゲンサイが最強無敵の魔王の物語を世界に広めれば、それがそのまま自分の強さになる。


 反則だ。ルールなんて存在しなくても、これだけは反則だろ。あんまりにも理不尽すぎる。


「ある者は言った。魔王の剣の一振りは、山を、海を、天を切り裂くと」

「っ!! 避けろおおおお!!!」


 ゲンサイが黒く染まった刀を垂直に振り下ろした。間合いがどうだとか、届く距離じゃないだとかは関係ない。その刀の軌道上にいてはいけないことは、戦いに慣れていない智世にだってわかることだ。



 激しく飛び散る石つぶてから顔を庇い、収まった頃に腕をどけると、避けて良かったと心底思わさせられた。

 まるで地割れだ。刀の軌道上だっただろう地面が、おそろしく綺麗な断面で切断されていた。その亀裂の伸びている距離はおよそ肉眼では確認できないくらい遠くまで続いている。そして空。雲が切れていた。それが何によるものかなんて、考えるまでもない。


「なんてチート。これはひどい」

「に、逃げようよぉ! こんなの無理だよぉ!!」

「一体どこに、どうやって逃げるというのじゃ」


 逃げても無駄だ。この男はどこまでだって追ってくる。その進路上の砦を砕き、町を壊し、人を薙ぎながら追ってくる。誰にも止められやしない。


「ふははははは!! だが最後には必ず敗れる。それもまた魔王の宿命であろう!! 臆するな友よ! 余に続けーー!!」


 二の足を踏んでいた俺達を鼓舞するように、ロンメルトが走り出した。怖くないはずがない。だけど退路も無い。なら戦うしかないんだと、その背中が語っているかのように見えた。


「おおよ! このオレが必ず突破口を見つけてやるぜ!! オレは千戦だ!!」


 触発されたのか、ケイツもまた自分に言い聞かせるように雄叫びを上げた。俺もビビっていられない。やるしかないんだ。相手がどんな怪物だろうと、やるしか。


「わ、私だって! ロン君待って、私が捕まえるから!」

「捕まえる? うむ、よくわからんが……わかった!!」


 ロンメルトの突撃に待ったをかけ、琴音がひときわ大きな種を地面に植えた。EXアーツの水を浴びた種は急速に育ち、巨木となった。昔アガレスロックを拘束していたあの巨木と同等の大きさだ。


「捕まえて!」


 巨木の枝がゲンサイに向かって伸びた。その動きは縦横無尽で、当然のように数も多い。だけど相手はゲンサイだ。生身の状態で俺達の猛攻をしのいだ時のように、軽々と刀を振るって迫りくる無数の枝を切り払っていく。

 だけど琴音は見事にゲンサイの虚をついてみせた。枝に集中させておいて、地面から飛び出した根がヘビのようにゲンサイに巻き付いてその動きを封じたのだ。


「ふはははは!! さすがは琴音である!」


 その隙を見逃すはずもなくロンメルトが飛びかかった。その後を追うように、ユリウスを乗せたツヴァイリングヴォルフも飛びかかる。


「ある者は言った。魔王は剛力無双。己の城をも持ち上げると」


 ほんの一瞬の時間も稼ぐことなく、太く柔軟な根が引きちぎられた。それこそ蜘蛛の巣を払うかのように呆気なく。

 そのことにロンメルト達を驚きつつも突き進む。その剣が、牙が届くように--


「ある者は言った。誰もが魔王に畏怖し、近づくことを拒んだと」

「ぬ、おおおおお!!?」


 ロンメルトが逃げるようにゲンサイから距離を取った。だけどその表情は、驚愕は、ゲンサイではなく自分の体に向けられている。ゲンサイの口振りから考えて、ひょっとすると自分の意志とは関係なく体が逃げ出したのかもしれない。


「「ぐるるる……」」


 だけどそれは動物には適用されないのか、ユリウスはその背中から逃げ出していたが、ツヴァイリングヴォルフはそのままゲンサイに向かっていった。それを見たリゼットがアインソフに突撃を命じる。


「ある者は言った。獣は魔王に屈し、こうべを下げると」

「「ぎゃぃん!?」」

「グルァッ!!?」


 まるで見えない手に抑えつけられるように、ツヴァイリングヴォルフとアインソフの頭が地面に叩き付けられた。ゲンサイに寝返るという意味ではなかったみたいだけど、身動きは取れない様子だ。

 そんな動けないはずのツヴァイリングヴォルフの背に動く影。


「よくここまで運んでくれたのじゃ」

「ほう、さすが魔女。我が力に抗うとは、見事な精神力だ」

「毛が絡まって逃げられんかっただけじゃよ……。タイムストップ!!」


 理由はともかく、超至近距離からの時間停止が直撃した。あのテロスでさえ当たればどうにもできない時間魔法。

 追撃だ。今なら無条件で攻撃が通る。俺の最強の攻撃は……ジルによる捕食。ジル自身の移動速度は普通の小鳥と大して変わらないから簡単に避けられるけど、当たりさえすれば一撃必殺。防ぐこともできない即死技だ。


「行け、ジル!!」

「ピィ!」


「ある者は言った。魔王はいかなる干渉も受けないと」


 動いてる。ゲンサイの時間は止まっていない。当然のようにジルの捕食も躱されてしまった。

 いや待てよ? 躱した・・・? そういえば琴音の巨木による攻撃も刀で防いでいたし、振りほどかれこそしたけどちゃんと拘束はできていた。


「なるほど、理解したぜ鐵のオリジン。誰かのイメージを体現するってこたぁ、だれもイメージしていない攻撃なら通用するってことだな?」


 ずっとゲンサイの観察に徹していたケイツが笑みを浮かべた。

 

 そうか。俺と琴音はオリジンだ。俺達の属性を、この世界の人達はまだちゃんと理解していない。だからそれが魔王に通用するかどうかも、誰も考えたことが無いんだ。


 この能力は完全じゃない。リリアは偶然にしろゲンサイに近づくことができた。それは物語で勇者が魔王に接近できるのだから、絶対に不可能という訳じゃないと誰かが思っていたからだ。

 琴音の巨木を防いでいたのも、「魔王には何物も触れない」とかだと勇者も攻撃できなくなってしまうから、そこまで無茶苦茶なイメージを誰もしなかったんだろう。だから結果的に別のイメージで振り払ったけど、無効化はできなかった。


 そして魔王が鳥に食べられるかもしれないなんて、イメージしている奴がいるわけがない。この魔法は一見無敵のようだけど、そういう抜け道があるんだ。そこをうまく突くことができれば、勝てる!


「おい鐵。てめぇ『ダブル』って知ってるか?」

「……属性を二つ持っている人間、だったか。世界に数人しかいないと聞いた」


 それは俺も聞いたことがある。ガルディアス帝国からセレフォルン王国に渡った後だったか、スフィーダがそんなことを言っていた。そんなに珍しいのか。


「オレがダブルさ」

「そうか」


 そうだったのか。ゲンサイは、特に興味は無さそうだ。かくいう俺も、大して驚きも感動もない。いくら珍しかろうと、それくらいでゲンサイに通用するはずが無いからだ。ただ複数の属性を扱うというだけなら、俺や琴音も似たようなことができる。たぶん、ゲンサイも同じことを思っているだろう。


「ただのダブルじゃねーよ。『炎』と『炎』のダブルだ。意味なさそうだけど、これがそうじゃねぇ。炎に炎を上乗せすることで、オレは炎の生みの親『紅蓮ぐれん』のオリジンにも不可能だった炎を生み出せるのさ」


 右手と左手に持っていた二丁の拳銃。ケイツのEXアーツ『小火竜サラマンドラ』。それが溶けあい、形を変えた。あれは……ライフルか?


「EXアーツ『大火竜イフリート


 その大口径のあぎとから吐き出された炎は、白。

 聞いたことがある。炎を温度が高くなればなるほどに赤から白に、そして青に変わっていくのだと。さすがに青色までは無理だったみたいだけど、俺が今までの人生で見たことがある白っぽい炎が太陽くらいなことを考えると、とんでもない熱量なんだろう。それこそ魔法として制御していなければ、この場の全員が焼け死んでいるくらいに。


「この魔法を見たヤツはみんなこの炎で死んだ。つまりだ、この炎は誰も知らねーってことだ」


 いくら制御しているとはいえ、直に銃を掴んでいるケイツの手は耐えきれなかったのか、ジュウジュウと嫌な音と臭いをさせている。周囲への被害も考えて、今まで本当にどうしようもない危機でしか使ってこなかったんだろう。

 だけど誰も知らないという言葉が真実なら、その炎はきっとゲンサイに届く!


「ある者は言った」


 白い炎をゲンサイに直撃した。リリアの魔法のように無効化された様子は無い。炎はゴウゴウをゲンサイの体を包んでいる。


「魔王に傷をつけられるのは、勇者だけだ、と」


 刀の一振りで炎がかき消される。ゲンサイはやけど1つ負っていなかった。


「確かに魔王でも防ぐことができん攻撃は、ある。が、効くかどうかは……また別の問題ということだ」

「ケイツ。この世界に勇者っているのか?」

「……いるわけねーだろ」


 だよな。勇者も魔王も、空想の存在だ。なのにそこから魔王だけが抜け出して来やがった。そしたらもう、どうしようもないじゃないか。


「ある者は言った。魔王の目を見た者は、恐怖に身を強張らせ動けなくなると」


 う、動かない。体が、金縛りにあったみたいに動いてくれない。


「またある者は言った。魔王の邪気に触れたものは、滅び落ちると」


 ゲンサイの体を覆っていたオーラ……あれが邪気か? それが地面に染み込んだ水のように、ゲンサイを中心に広がっていった。

 その邪気が触れた地面が腐り、植物が枯れ落ちていく。琴音が植えた巨木も、時間を早送りにするみたいに急速に生命力を失って、最後には砂のように崩れ落ちてしまった。死が広がっていく。


「おい、おいおいおいおいウソだろ!!?」


 動けない俺達にじわじわと邪気が迫って来る。これに触れたら俺達も同じように死ぬのか!? あっという間に干からびて、灰に変わってしまうのか!? 冗談じゃないぞ!!

 だけど動かない。指先1つ、動かない!

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