魔王、と言われて何を想像する?
ゲンサイの体に傷は無い。あれだけの集中砲火を受けて、無傷?
「おい、おいおい。まさかとは思うがよぉ、オレ達が全員で必死になってたさっきまで、あの野郎は魔法を使っていなかったって言う気か?」
ケイツの額に汗が流れる。きっとよく冷えていることだろう。反面、嬉しそうなのはロンメルトだった。師匠と呼んでいた男の力が魔法による物でなかったことが嬉しいらしい。俺は全然嬉しくない。
「ふはははは。さすが、腐っても我が師。ありがたい。剣技のみでそこまで行けると……最後の教導、確かに受け取った!!」
「じゃがヤツの様子からして防御に特化した魔法……それもあれだけの魔法を受けた後ともなれば魔力が尽きておるのではないかのう?」
リリアの予想は理に適っている。同じオリジンを含む俺達全員の攻撃を無傷で防ぎ切った魔法だ。防御の魔法だと考えれば納得がいく。ただ、魔力が尽きているかどうかは分からないな。一度の魔法で一定時間持続するタイプなら、一回分しか消費していないはずだ。
「試してみるか? 使ってるところもわざわざ隠すような性格でもないだろ」
ゲンサイは電撃を受けるのを避けていたし、リゼットの電撃で一瞬だけとはいえ追い詰められていた。なら電撃を飛ばせばきっと防ぐ。
「世界が命じる、雷!」
バチンッと大きな音を立てて、青白い光がゲンサイに向かって飛ぶ。さあ、どう防ぐ?
「当たった……よな?」
「うん、当たった。絶対当たったよぉ」
回避する素振りも見せずに、普通に電撃を喰らっていた。にも関わらず、その上で身じろぎ1つせず歩き続けている。さっきみたいなやせ我慢なんかじゃない。どんなに我慢したって、電気を受ければ生物として何かしらの反応があるはずだ。あれじゃまるで、当たってなんかいないかのようだ。でも、確かに当たった。
「ふっふふふ、アカシックレコード接続。体の周りに極薄のバリアを張ってると見た」
「ただの予想だろ」
バリアねぇ。ほんの一瞬だけど、体に電気が流れていたように見えたんだけどなぁ? 防いだというより、効いていないって感じに見える。
それにあの赤い右目がゲンサイの悪属性EXアーツ『魔王』だろ? 見た目も名前も属性も、防御って雰囲気が欠片も無い。だからかな。どうしてもあの魔法がバリアだとは思えないのは。
「この魔法を必要に迫られて使うことになった敵は、お前達が三度目か。一度目はSランクの餓獣に。二度目は海王フォカロルマーレを討つ時に。どちらも大きさの差から刀では仕留めきれん敵だったからだが、人間相手に使うことになるとは」
刀では倒せない敵に使った?
「まずは周囲の雑兵……邪魔だ。黙って見ているだけなら構わんが、牙を剥くならばもはや外野としては扱わん」
「っ!? 全員逃げろ!! 少しでも遠くへ!!!」
俺の叫びに、兵士達は動揺するばかりだった。ダメだ、いくら敵がオリジンでも、この人数差でいきなり逃げろなんて言っても通じてくれない。
でもダメなんだ。逃げなくちゃ。ゲンサイが何をしてくるかなんて分からないけど、その目は完全に3万の兵に向けられている。何かあるんだ、攻撃範囲を広げる方法が。あの刀で倒せない大きな敵にだけ使ったってことは、そういう事に違いない。
ゲンサイの周りに漂っていたオーラが刀に流れ込んでいく。そして刀はその刀身を黒に染め上げ、伸びていった。オーラを刃にしているのか、吸収する程にどんどん伸びていく。
ついに振りかぶられた黒い刀は、それでも到底兵士達には届かない程度の長さだったが……断言できる。あれは、届く。
「……世界が命じる、大地!!」
唇を噛みしめすぎて、口の中に血の味が広がった。
ごめん。本当にごめん。俺を、オリジンを信じて一緒に戦ってくれた兵士達を。オルシエラから救援に駆けつけてくれた勇者達を……俺は守れない。
「琴音! 俺が作った壁に強化を!! リリアは時間停止を頼む!!」
「悠斗君?」
「小僧……わかったのじゃ」
俺の地形操作なら、ゲンサイを覆う様に盾を作ることはできる。だけどそれだけじゃ防ぎきれない。琴音に強度を上げてもらって、リリアに土壁の時間を止めてもらって……それでも絶対に防ぎきれるかどうかわからない。それだけの力をあの刀からは感じるんだ。
そしてそれだけの防御を展開する時間は、無い。だから俺は……仲間を守ることを優先する。
「ぐっ--!!?」
壁と呼んでいいのか怪しいくらい分厚い土壁が揺れる。衝撃が壁を貫通して俺達の体を叩き、時間が止まっている筈の壁に亀裂が走った。
「くそ、くそっ……!!」
なんだこの差は。同じオリジンで、俺は昔のオリジンと比較しても強い部類の力を持っているはずなのに、ただの一撃から戦友たちを守ることすらできないなんて。
リリアが未来視で見たって言ってたっけ。俺達は鐵のオリジンに負ける。だけど俺達は強くなった。味方もいた。なのに--
「壁が、壊れるのじゃ」
ガラガラと、考えられる最硬の防御が崩れ去る。
その先に広がっていた光景は、地獄だった。事情を知らない人間が見れば、ただの荒野だと言うだろう。だけど俺達は知っている。あそこには、あの土塊と瓦礫しかない場所には、3万人もの戦士達がいたことを。そこに生き物がいた痕跡も何もない、何も存在しないという、これはそういう地獄の光景だ。
「ふは、はは……は。な、なんという威力であるか」
「山すら、無くなってるじゃねーか……」
広がっているのは地平線だ。いや、その地平線の下にわずかに森が見えている。それが指し示すのは信じがたい事実……今の一撃で山脈を消し飛ばしやがったんだ。
自分で言ってて信じられない。だけど下の方に森があるってことは、ここは山の途中で間違ってない。俺達はさっきの場所から一歩だって移動していない。なのに山が無くなっているんだ。
こんなもの、もはや神の領域だ。アガレスロックの地形操作が児戯にしか思えない。世界も、命も、何もかも一緒くたにして吹き飛ばしてしまった。
「何も、無い。誰もいないよ……ねぇ悠斗くん。ねぇみんな、誰もいないよぉ」
「わかっている、コトネ。皆、わかっているのだ」
ボロボロと涙を流す琴音をリゼットが抱きしめていた。俺も誰かにすがりたい気分だよ。だけどあの男は、そんな時間をくれそうにない。
「耐えていたか。いや、当然だな。これで終わってしまっては興ざめという物だ」
「ハナから面白くも何ともないんだよ!!」
ブーメランだ。ついさっき、総攻撃をした時に1人で攻めてきたゲンサイが馬鹿なんだと思ったように、たった3万人でこの男に戦いを挑んだことが間違いだったんだ。あるいは兵士を連れずに自分だけで戦うべきだったのか。いや、そもそも戦ったこと自体、もはやどうしようもない過ちたったのかもしれない。
だけどやり直しなんてものは存在しない。
なら俺はどうするべきか。今から仲間達だけでも逃がすべきか? いいや、追撃されて終わりだ。国ごと逃げられない以上、戦うか、全部見捨てて永遠に逃げ続けるかしか無い。
「決まってる。敵討ちも、勝利も、自由も……お前を倒した先にしか存在しないんだ!」
すさまじい力だけど、その本質はまだ解明できていない。その謎の部分に突破口があるかもしれない。だったら、まだ諦めるほどのピンチじゃない。
「世界が命じる、光!!」
ジルが口を開いて、太陽から降り注ぐ日光を吸い上げる。やってやる。電撃が効かないなら、効く攻撃が見つかるまで攻撃するだけだ。
収束した光を解放する。光線はまさに光の速さで、ゲンサイが認識する間もなくヤツを飲み込んで空を貫いた。
……が、無傷。
「世界が命じる、大地!!」
電気、光線が効かないなら、圧倒的質量で押しつぶしてしまえばどうだ!
ゲンサイの両サイドに学校の校舎ほどもある巨大な壁を作り出し、挟み込む。この大きさなら避けることも、斬ることもできないはずだ。
そして地響きをたてて二枚の巨大な壁がゲンサイを押しつぶす形で衝突した。
「……一体なんなんだよ、その魔法はっ!!」
どんな攻撃も無傷で受け止めて、刀の一振りで山脈ごと吹き飛ばして……片手で自分の何百倍もある質量を受け止める。どんな魔法を使えばそんなことが出来るって言うんだ!
「魔王、と言われて何を想像する?」
「え?」
魔王? ゲームのラストボスとかだろ? あんまりそういうゲームはやったことがないけど……琴音や智世なら何か知ってるかもしれない。琴音はまだ錯乱ぎみだから、ここは智世か。
「一般的なイメージとしては……即死が効かない。状態異常が効かない。逆に即死させてくる。魔王からは逃げられない。それはメラだ」
最後は意味不明だったが、とにかく理不尽な存在っぽいことはわかった。色々効かないっていうのは、まさしく今のゲンサイの状態だ。何か関係があるのか?
「セレフォルンにも魔王を題材にした物語は色々あるのじゃ。その大体の話で魔王とは無敵の存在じゃな。海を割り、山を砕く不死身の怪物じゃ。まあ最後には選ばれし勇者が伝説の剣やらで倒すがのう」
「それが私の魔法、魔王だ」
そういうこと、って言われても。いや、まさか……。
「人々がイメージする『魔王』を体現する。あらゆる負のイメージ、恐怖の形を実体化させる。それが魔王。お前達が今思い浮かべたモノもまた、我が力となる。世界中の人々が強く、恐ろしい魔王を想像するほどに、私の魔法は強くなるのだ」