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EXアーツ……魔王(ゲヘナ)

「助かったよリゼット。あと1秒遅ければ死んでた」


 オル君が防御体勢に入っていたけど、オル君の鱗でも防げたかどうか。

 かなり遠くまで飛ばされたゲンサイを警戒しながら、その緑色の巨体がズシンと大地に降り立った。その背中ではリゼットの薄緑の髪が着地の風圧に揺れている。油断なく槍を構える姿はまさしく竜騎士。すごくカッコイイ。


「遅れてすまない。アインソフがいち早くヤツの気配に気づいてくれたのだが、いかんせん距離がありすぎた」

「いいや、十分だ。まだ誰も欠けてない」


 これで俺が知りうる最高の面子が揃った。1人1人がこの世界で最強クラスの人間だ。だけどそれでも目の前にいる正真正銘の『最強』に勝てるビジョンが見えて来ない。


「アインソフはどれくらいの強さなんだ?」

「竜玉のおかげか、前より力が増しているように思える。おそらくはSランク中位といったところだ」

「そりゃ頼もしい。……けど」

「ああ、わかっている。あの男のふざけた強さは空から見えていた」


 かつて餓獣王アガレスロックが襲撃した時、当時のオリジンが3人がかりで撃退したという。その話を考慮すれば、Sランクはオリジンにこそ及ばないものの、第1~2期魔法士くらいの力はあるということだ。もちろん相性もあるだろうけど、それだけの戦力に加えて単独でもBランク以上の力があるリゼットが加わったのはありがたい。普通ならそれだけで勝利が確定するような戦力だ。

 だけど「普通」で考えていては通用しない相手だということは、もう十分すぎるくらい思い知らされている。


「確認するが、あれは『鐵』のオリジンで間違いないな?」

「ああ。魔法の正体はまだ掴めてない」

「なるほど。ではまずはそこからか! 行くぞ、アインソフ! 竜種から最強の名を奪った男に、その牙を突き立ててみせよう!!」


 ブワッと土煙を上げながら、再びアインソフが空へと舞い上がった。その巨体からは想像もつかないような速度でゲンサイに向かって飛んでいく。

 でも大丈夫なのか? ゲンサイならあのくらいの速度なら軽く見切って斬りこんできそうだけど……。


「ふっ、猪突猛進。所詮は獣ということか」

「だから私が乗っているのだ!」


 予想通りアインソフの動きを見切り、噛みつこうと迫っていた牙をかいくぐって喉元を切り裂こうとした所で、リゼットが大きく手綱を引き唐突に急上昇した。ゲンサイの刀はかすかに鱗をかすめただけだった。


「ふむ……」


 仕留めそこなった獲物を確認するように、手の届かない高さまで飛び上がったアインソフを見上げるゲンサイ。だがその背後にはリゼットが降り立っていた。


「もう一度言おう。私が乗っていることを忘れるな」


 最初からアインソフは囮だったのか。振り返る間も与えず、リゼットの槍が突き出される。だけどさすがと言っていいものか、ゲンサイは即座に対応してそれを躱した。


雷の道ラアドタリーク!」


 リゼットの槍が……正確には槍にはめ込まれたコイル状の部品が青白く光る。あれは、リゼットのEXアーツ。効果は一番近くにいる相手への雷撃。そして一番近くにいるのは、当然ゲンサイだ。


「むぐっ……っ!?」


 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! すごい! ついにゲンサイに一撃入れた! それはもう、さっきまで多対一で必死になって攻撃していたのに一発も当てられなかった俺達の立つ瀬が無いくらい完璧に当ててみせた!!


「……見事。お前にもう少し魔力があれば、私は敗北していただろう」

「耐えた、だとっ!?」


 リゼットが驚愕に目を見開いている。俺も同じ気分だ。確かにリゼットは魔力が多い方じゃないけど、あのコイルみたいなEXアーツはそれを増幅させるための物でもある。そこから出た電気は、人間なんて簡単に昏倒させる……場合によっては殺しうる威力だ。なのにちょっと強めの電気マッサージでも受けたみたいな反応ってどういうことだよ。

 刀もしっかり握ったままで、それどころかリゼットに向かって振る元気すらある。


「アインソフ!」


 ゲンサイの刀が振り切られる前に、戻ってきたアインソフの足に捕まって戦線を離脱するリゼット。どうやらここまでが予定していた一連のコンビネーションだったらしい。


「あれで仕留めきれるとは思っていなかったが、まさかああも平然と反撃されるとは。呆れて言葉も出ない怪物ぶりだ」

「いやでもすごいよ。俺達は全然当てられなかったからな」

「ううむ。頼もしい仲間を誇るべきなのか、ふがいない自分を嘆きべきなのか悩みどころであるな」


 おお、ロンメルト。他のみんなもやってきた。分断された時はどうしたものかと思ったけど、無事合流できたことだし、ここから仕切り直しだな。


「サバ子は大丈夫なのか?」

「うむ。少しふらつくが、どうせ近づかれれば成す術無く斬られるんじゃ。あまり関係ないわい」


 ま、まあぼーっとしてても集中してても結果が一緒じゃあなぁ。リリアは完全な魔法使いタイプだけど、それでも長生きしている分、修羅場もくぐってきているだろうに。やっぱり子供の体じゃ限界があるのかもしれないな。


「でも、さっきのゲンサイさん、ちょっとおかしくなかったかなぁ? リゼットちゃんの電気が本当は効いてて、やせ我慢してたりして?」

「ん?」

「む?」

「マジか!?」


 言われてみれば、さっきリゼットに斬りかかった時の動作は微妙に遅かったような気がする。それまでが一歩間違えば斬り殺されるようなギリギリの戦いだった中、あの時だけは事前にアインソフに救出を頼んでいたとはいえ無傷で悠々と帰ってこれていた。


 ゲンサイを見る。

 一見すると、何の変化も無いように見える。だけど握っている刀の切っ先、手先のわずかな動きでも大きく動いてしまうその部分だけ見れば……本当にかすかだけど小刻みに震えていた。


「効いてる! 効いてるぞ!! 下げてた兵も動かそう! 総攻撃だ!! 今なら当たるかもしれない!」

「うはははは!! よし、よし!! 全軍、法撃用意! 斉射ぁ!!!!」


 テロスの時と同じように、しかしあの時の数十倍の量の魔法が飛ぶ。

 正々堂々と戦っている相手にすることじゃないけど、これは決闘じゃない。戦争だ。1人で攻め込んできた方が悪い!


 空の青を塗りつぶすような魔法の雨に、ゲンサイが目を細めるのが見えた。だけど、動かない。いや、動きたくても動けないんだ。俺達が合流するのをみすみす見逃したように、ゲンサイの体はリゼットの電撃によって自由を奪われている。



 山脈が揺れるような衝撃を轟かせながら、次々と魔法が撃ち込まれていく。ロンメルトが残念そうにそれを見つめる中、俺も雷を打ち込みアインソフがブレスを吐き出す。時々地形操作で足場を直さないと山が崩れそうになる猛攻。テロスでもあるまいし、これで生きてたら人間じゃない。っていうか生物じゃない。

 こんなこと言ってると生きていそうで怖いな、やめておこう。



「法撃やめ!! って言うまでもなく魔力が尽きてるだろうがな」


 手段はともかく、全員がやりきったって顔で爆撃地点を見る。荒地とかいうレベルじゃない。岩は砂利に、砂利は溶けて固まりまた岩に。核兵器が爆発したってここまでは荒れないんじゃないかってくらい破壊し尽くされている。


 けど、なんとなく予感があった。倒せていないんじゃないかという予感が。

 理屈で言えば、絶対に死んでいる。死んでいなければおかしい。だけど、だけどどうしても悪寒が消えて無くならない。




「まさか、この力に頼ることになろうとはな」




 足音が聞こえる。引きずるような音ではなく、しっかりとした足取りで歩く音だ。


「私が戦いを欲する理由。それは磨き上げたこの刀と剣技を試してみたいが為。ゆえに、この心踊る闘争において使うつもりは無かった……使う必要も無いと思っていた」


 土煙が、黒く染まっていく。中心部から広がるように、邪悪な何かが周囲を染め上げていく。


「見事、その予想を超えてくれた。本気ではあっても全力では無いことに多少なり不満はあったのだ。例えそれが唐突に与えられた力だったとしてもだ。だが……認めよう。そして感謝する。お前達は私が『全力で』戦うに値する敵だ」


 煙の中から出てきたのは、別人のように変わったゲンサイだった。

 いや、姿形は変わっていない。だけど違う。どす黒いオーラのようなものを身に纏ってその姿は、見ているだけで恐怖に心が縛られる。生物として「逆らってはいけない」と本能が訴えてくる。何も変わっていないのに、まるで違う生物のようだ。

 唯一変わっている部分があるとすれば、それはゲンサイの右目だ。白目の部分が黒く。黒目の部分が赤く。それはまるで悪魔のようだった。



「EXアーツ……魔王ゲヘナ



 俺達はずっとゲンサイの魔法が何なのか分からなかった。

 当たり前だ。だってコイツは今まで一度だって魔法を使っていなかったのだから。

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