あんなの勝てないよぉ
「待てユート。船は壊すな」
乗り込んでいた人が全員降りたことを確認し、さあぶっ壊そうってところでケイツが現れた。その後ろには数人の兵士に引き連れられたガルディアス兵。あ、ここに来る途中で瞬殺した人だ。いや、殺してないけど。
「その船はなかなか使えそうだ。この男の話では、動かすのもそれほど難しくはないらしい。なら……頂いちまおうじゃねーか」
「ふむ? しかし大丈夫かの? セレフォルン王国に船を降ろす場所など作られておらんのじゃぞ?」
「もちろん確認済みだぜ婆さん。むしろ、その確認が取れたからこそ頂くのさ。この船、船底がかなり頑丈に作られているらしくてな。平地なら問題無く離着陸ができるんだと」
マジか。平地なんてセレフォルン王国にはいくらでもあるぞ。それなら確かに奪った方がいいな。
元々この船を奪えないかという話はあった。だけど構造がまったく理解できない上、普通に地面に降りようものなら船底が大破するに決まってるということから断念したのだ。だが蓋を開けてみればなんのことはない、ただ頑丈なだけ。
「じゃあ帰りは山登りしなくていいんだねぇ!」
「1隻に乗れるのは500人ほどらしい」
喜びの声を上げた琴音が、ケイツの言葉に後ろを振り返った。使えそうな完成品の船は……1隻だけだ。
「というかお前らは来る時に整地した山道をガルディアスの連中に使われないように壊してもらわないといけねーから、どっちにしろ乗れないぞ?」
「がーん……」
「ふはははは、ならば余がおぶってやろう!」
「「わんっ」」
しょぼーん、と落ち込む琴音を慰めるロンメルトとツヴァイリングヴォルフ。ロンメルトはともかく、ツヴァイリングヴォルフはでかいから何人かは乗れるだろう。アインソフはさすがに付き合わせるのは可哀想だから、浮遊船の護衛でもしてもらうとしよう。くっ、ますます船に乗れるヤツが羨ましい。
「第3大隊がちょうど500人ほどだったな。船はあいつらに任せて我々は楽しい登山だ。さあ落ち込んでるヒマはねーぞ! 増援が来る前に撤収だ!!」
船に乗れる組が意気揚々と乗り込み、乗れない組(残り全員)が憎々し気にそれを見送った。あいつら次に会ったら覚えてろよ……。
「道を塞ぐだけなら木を植えればいいし、私に任せて!」
「疲れたらいつでも代わるからな」
餓獣との遭遇率が高いのは先頭だからな。側面は4万の軍勢が集中砲火で圧殺できるからいいけど、細く伸びた集団の前や後ろから来られるとそれができない。行きは後方にアインソフがいたから安心だったけど、帰りは俺か琴音でしっかり守らないとな。
けど、琴音だけじゃちょっと不安かな。森の中ならめちゃくちゃ強いけど、抜けてるところがあるからなー。
「ワシもゆこう。後方は任せておくのじゃ」
「ありがとう、リリアちゃん! じゃ、行ってくるねぇ」
琴音とリリアを見送って、いよいよ山道を歩き出す。来た時とは違って、こそこそする必要も無理に急ぐ必要も無いから楽なもんだ。まあ疲れることには変わりないけど。
「おお、見よ! あれは竜騎士ではないか?」
「ホントだ。浮遊船もある。さすがに速いな、もうあんなところまで行ったのか」
ん? 遠くに見えていたアインソフの様子がおかしい。反転して、戻ってきた? こっちに向かっているようにも見えるけど、なにか忘れ物でもしたのか?
その時、後ろから轟音が響いた。
「な、なんだ!!?」
餓獣の襲撃か? それにしたって凄い音だったぞ。それこそ琴音が全力で攻撃して出せるかどうかってくらいの。Sランクの餓獣でも出たのだろうか。
足を止めて伝令を待っていると、やってきたのは琴音とリリアだった。
「なにかあったのか?」
持ち場を離れてこっちに来たってことは、もう解決したのだろうか。でも、それなら伝令を頼めばいい話だし、なにより2人の様子が明らかにおかしかった。
「ど、どうしよう悠斗君! 助けて、早く助けに行ってあげて! 私じゃ勝てないの。あんなの勝てないよぉ!!」
勝てないって……オリジンだぞ? 大人しい性格で戦いに向いていなかろうが、琴音はオリジンだ。他とは隔絶した力があって、ここはその力を十全に引き出せる森の中だ。それが勝てない敵って--まさか。
「鐵のオリジンじゃっ!!!」
来たのか。ついに。
あの町にいた? いや、それならあの場で戦いにになっていた筈だ。入れ違いにやって来たのか。なんてタイミングが悪い。
「いや、むしろタイミングがいいのか?」
力を合わせた結果、俺達はあのテロス・ニヒにだってダメージを与えることが出来た。今この場にはあの時を遥かに上回る4万もの仲間がいるのだ。そして敵はたまたま町に来て、慌てて追撃してきた……おそらくは少数。
そうだ、むしろこれはチャンスだ。これだけ有利な状況で戦える幸運を生かし、ここで鐵のオリジンを討つ。
「やるぞみんな! 敵はオリジンだ、餓獣王を相手にするくらいの気持ちでいこう!!」
まずは大勢で戦える場所が必要だ。こんな細長い階段じゃ、数の優位を利用できない。
「地形を変えるぞ! 全員、気を付けてくれ! 世界が命じる、大地!」
斜面を平らに。広く、もっと広く。多少魔力を食うけど、それだけの価値がある。もっと広くだ。
そして完成した、山の途中に町が作れそうなほどの平地。即座にケイツが指示を飛ばし、軍が広がって敵を囲む。
密集状態でなくなったおかげで、その中心にいる人物の姿が確認できた。敵は……1人だ。どうやら本当にたまたま町に来ていただけらしいな。いいぞ、1対4万だ。いくら最強と名高い鐵のオリジンでも、これだけの数はどうしようも無いだろ。山の中でゲリラ戦をすればと思って来たんだろうけど、まさかこんな平地を作れるとは向こうも予想できなかったに違いない。
さあその顔を拝ませてもらおう……か…………?
「なるほど、また腕を上げたようだな悠斗」
「なんで、アンタが……?」
包囲の中心にいたのは、ゲンサイさん? なんでこんな所に? いや、ガルディアス帝国にいるのは知っていたけど、だけど……。そもそもそこにいるのは鐵のオリジンのはずなのに。
「ゲンサイさんが?」
「あえて、はじめましてと言っておこうか深蒼のオリジン。我が名はゲンサイ。瓜生 厳斎」
どうして気づかなかったんだろう。
ゲンサイさんと初めて会った時、俺はまるで日本人のようだと思った。だけど日本人だとすれば、つまりオリジンだとすれば……俺達と同じように髪の色が魔力色に染まっている筈で、全てが真っ黒なゲンサイさんは違うのだと、そう思ったんだっけ。
だけどもし魔力色が黒っぽい色だったら? 黒から黒に変わったのだとしたら?
ゲンサイさんがオリジンだとすれば、納得のいくことがある。見た目がサムライ風なのはもちろんのこと、異世界人が俺達の名前を「ユート」や「コトネ」のように、微妙にズレたイントネーションで呼ぶのに対し、この人は最初から完璧に発音してみせていた。
なにより初めて会ったあの日、自慢の着物のことをこう言っていたじゃないか。『この江戸小紋は特注だ』と。この世界に江戸なんてあるわけがないのに、だ。
「黙ってるなんて人が悪いな」
「ふっふふ、愉快なほど気づかなかったからな。少し興がのってしまった」
この人は当然、最初から気づいていた訳だ。
「何故であるか、師よ! かつて餓獣から余の命を救ってくれた師が何故こんな戦争に加担など!!」
「救った、というのは少し違うなロンメルト」
「いいや何も違わぬ! 10年前のあの日、フォカロルマーレ率いる餓獣共に襲われた町で貴方は町を、余を救ってくださった!」
必死で訴えかけるロンメルトを見るゲンサイさんの目は、まるで何かの冗談のネタバラシでもするかのようだった。
「私が原因なのだ。私が餓獣王とやらと戦ってみたくて陸地におびき寄せたのだ。そして戦った結果、餌が何人か生き残ったという、それだけの話」
「え、さ……?」
「貴様が居ようが居まいが、私は餓獣を斬っていた。助けたように見えたか? たまたまだ。たまたま目の前の餓獣を斬った時に、近くに貴様が転がっていたのだ」
ロンメルトが膝から崩れ落ちる。だけど本当に崩れたのは、10年間憧れ続けた理想だろう。
「だが良い偶然だった。その結果、こんなにも楽しそうな剣士が育ったのだからな。さあ私を憎め、戦え! きっと楽しい戦いになる!」
この人は、本当に俺の知ってるゲンサイさんなのか? あんなにも狂気を孕んだ目を見たことがない。
「まだ熟成が足りないが、こうして相見えてしまってはもはや我慢などできん。オリジンが3人に、伝説の魔女。名高き英雄「千戦」に、剣技を磨き上げた戦士……上空に見えるのはまさか竜騎士か? ふっふふふふふふふ、まさか喰らいたいと思っていた相手がこうも揃い踏むとは。素晴らしい! これでこそ戦争を起こした甲斐もあるというものだ」
「戦争を、起こしただと?」
「そうだ深蒼。私と出会ったあの後、セレフォルン王都で最初に聞いたニュースは何だった?」
王都に入って最初に聞いた話? それは確か、国王の暗殺……。
「てめぇかぁっ!!!!!!」
ケイツの銃が火を噴いた。憎しみの込められた炎の弾丸が、仇を貫くために飛んでいく。
だけど届かない。ゲンサイさんが腰の刀を抜く動作をしたかと思うと、炎は霧散してしまった。斬った、のか? まるで何も見えなかった。
「よくも……よくも陛下を!!」
「慕われていたのだな。当然か、あれは優秀な王だった。あの男が存命ならば、あるいは私がどれだけ動こうと戦争は起こらなかったかもしれん。もっとも、だからこそ殺したのだが」
初めてゲンサイさんと会ったあの時、あれはセレフォルン国王を暗殺した帰りだったのか。ゾッとする。俺と琴音が生きているのは、この男をほんの気分次第だったのだ。
「敬愛する王をむごたらしく惨殺してやったというのに、報復に走る気配も無かったことには失望したぞ?
千戦のケイツ」
「黙れ! 今ここで復讐を果たせばいいだけのことだ!!」
「できるといいがな?」
「はっ、状況が見えてねーみたいんだな! 4万の軍勢に囲まれて、お前1人で切り抜けられるとでも--」
「4万?」
ゲンサイさんが……いや、ゲンサイが自分を包囲する兵士達をグルリと見まわした。そうだ、同じオリジンだからこそ分かる。いくらなんでも、この人数を倒しきる魔力はオリジンにだって無い。
「3万の間違いではないかな?」
「な、に?」
何を言ってるんだ? いや待て。いくら町ほどもある平地に広がっているとはいえ、4万もの人数が集まっていて後方からゲンサイが見えるのはおかしい。規模が大きすぎて気づかなかったけど、言われてみれば人数が少なくなっている。
「悠斗君、私……」
「琴音?」
「私……うぅ、守れなかったよぉ」
まさか……まさかやられたのか!?
あの最初の轟音が、ゲンサイと遭遇した琴音による第一撃だとして、それから琴音が合流して平地を作るまでのわずかな時間で、1万もの兵士を倒したって言うのか!?
しかも息切れすらしている様子が無い。
脳裏によぎるのは、これまでの旅路で聞こえてきた鐵のオリジンの噂。誰もが口をそろえてこう言った。
世界最強は鐵のオリジンだ、と。