ここから先には行かせはしない……
三度目のホクム村は素通りだった。
山脈まで来てしまうと、もうどこにガルディアス帝国の斥候がいてもおかしくはない。村でのんびり野営をして早朝に出発、なんて悠長なことをすれば、その間に見つかって報告に走られる可能性は十分にあり、それは奇襲作戦を目論む俺達にとっては最悪の展開だ。
「だからってこれは強行軍すぐる……」
「誰よりも楽してる奴が文句言うな」
この赤いのは毎度毎度、よくもみんなが歩いている中ユリウスの召喚したツヴァイリングヴォルフの背中に乗りながらぶつくさ言えるもんだな。もう病弱でもなんでもないんだから、いい加減体力をつけろっての。
むしろ愚痴の1つも言いたいのは、俺と琴音の方だ。琴音の魔法で木に命令し、どいてもらう。そして俺が地形操作で山を登りやすいように階段を作る。4万の軍勢が通れるだけの大きさの道を、もう何時間作り続けていることか。
兵士の人達も大変だ。なにせ荷馬車が使えないから、それぞれ大量の荷物を担ぐ羽目になっているんだからな。智世の魔法なら体力も回復できるが、なにせ4万人だ。どうせ全員は無理だから、野営の時のみ回復してもらえることになっている。
「ワシも乗せてもらおうかのぉ……この山道は老体に堪えるわい」
「何言ってやがんだ婆さん。あんたが一番肉体的には若いだろーが」
「ふんっ、幼すぎても大変なんじゃぞ? なにせ鍛えようがないからの。まあ、アゴに臀部をぶら下げておる男よりかは負担が少ないがのぅ」
「ああああああ!! ユート、てめぇのせいだぞ!! どいつもこいつもオレのアゴをケツだ尻だとっ!!」
俺のせいだと? いいや、俺はただのキッカケに過ぎない。『竜の舌』より『ケツ』。みんながそう思ったから広まったのさ。
「コトネよ、疲れたならば余が代わろうではないか! 邪魔な木々など、この剣で薙ぎ払ってくれるわ!! フハハハハハ!」
「ダメだよ、かわいそうだよぉ」
アシストアーマのおかげか、ロンメルトが一番元気そうだな。次に餓獣がでたらアイツに任せよう。頼まなくても突っ込んで行きそうだけどな。
そしてこの場にいないリゼットはというと、軍勢の最後方で不服そうに歩くアインソフを懸命に慰めている筈だ。飛ばれると一発で見つかってしまうとはいえ、飛行特化の翼竜に山道を歩かせるもの酷だよなぁ。でもここは我慢してもらうしかない。俺だってアインソフに乗りたいのを我慢してるんだ。
そうして険しい山(階段に加工済み)を登ること5日。とうとうヴァーリデル山脈の山頂に到達した。
長かった! そして疲れた! 達成感だけなら迷宮塔を登り切った時より上かもしれない。でも山頂からの眺めを楽しむ間もなく、今から降りるんだよなぁ。それもダッシュで。
「おい急ぐぞユート! ボケッとしてねーでさっさと道を作ってくれ、逃げられちまう!」
はいはい、山頂に駐留していたガルディアス兵より早く敵前線基地に突撃しないといけないんだよな。
案の定ヴァーリデル山脈の山頂に小屋を作って見張りを立てていたようで、俺達の姿を見るや散り散りになって逃げて行ってしまったのだ。
いくつかの部隊は俺と琴音の魔法で捕まえたけど、全員は無理だった。まあ俺達が整備された道ですら登りで5日かかったのだから、連中が下山するまでに早く見積もっても10日近くかかるはずだ。だらだらしなければ必ず勝てる競争。ウサギとカメの教訓を知る俺に死角は無い。
と、意気込んで下山したのだが、次々とケガ人が発生してかなりの遅れを出していた。下りの方が負担が大きいということを知らなかった兵士達が、疲れた足を急かして駆け下りた結果、コケるわ下の人を巻き込むわの大惨事だ。全員生卵をぶっかけられることになった。
そんなこんなで2日遅れての7日後。
「あれが……」
「そう、ガルディアス帝国の最前線拠点となっている町、アルヒェだ。一気に行くぜ、全軍……前進っ!!!!!」
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお』
この瞬間のために半月もの期間山登りをさせられた男達が、ここぞとばかりに雄叫びを上げて走りだした。智世の回復をしている時間が無いため疲れを引きずっているはずなのに、その高揚感からか全くそんな素振りは見えない。
「よし、俺達も行くぞ! 智世は俺達からはぐれるなよ!!」
「了解。ワンコの上でじっとしてる。動かないことに関してボクの右に出る者はいない」
「回復はしろ!」
流れに乗って走り出す。リリアは体格的について行けないからか、慌ててツヴァイリングヴォルフに飛び乗っていた。
上を見ればようやく解禁された空を満喫するかのように、リゼットを乗せたアインソフが大きく翼をひろげている。一番槍はリゼットに決まりだな。圧倒的な速度で目標に向かっている。あの調子なら俺達が着くころには敵をかき乱してくれていることだろう。単独先行は危険だが、この世界の人間じゃドラゴンに傷1つ付けられやしない。
山の斜面を雪崩のように駆け下りる軍勢。
想定通り山頂にいたガルディアスの部隊より早く来れたようで、なんの備えもしていない状態で襲撃を受けたアルヒェの兵が慌てる姿が見える。
「はっはっはーー!! 見ろ、敵が無様に狼狽えているぞ! このまま突っ込みやがれぇーーーーー!!!」
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』
五万の兵士がアルヒェの防壁に纏わりつく。アインソフが上空からブレスを吐いているおかげで上から降って来る矢や魔法はかなり少ないが、それでもこの頑丈そうな壁を突破する苦労を考えれば脅威だ。時間をかければかけるほど被害は広がっていくだろう。
ただしそれは相手が俺達でなければの話だけどな。
「恵みの雨!」
「理を喰らう鳥! 世界が命じる、大地!!」
琴音のEXアーツ(ジョウロ)から出た水を受けた防壁が、まるで生物のように形を変えて道を開き、俺の地形操作で土台を崩された防壁がガラガラと崩れ落ちる。瓦礫が無い分、琴音の方が進みやすそうだな。
「ふ、ふざけるな! こんなもの反則だろうが!!」
と叫んだ立派な服のガルディアス兵がアインソフのブレスで焼き尽くされると、あっけなくガルディアス軍が敗走を始めた。まあ何年もかけて作っただろう防壁がこの扱いでは、戦意が無くなるもの無理はないな。俺なら絶対やられる側にはなりたくない。
「逃げる奴は放っておけ! 非戦闘員は絶対に殺すな!! あとは……片っ端からぶっ壊せ!!!」
前線基地としてかなり丈夫に作っていただろう建造物が、同盟軍の攻撃によって次々と破壊されていく。
そんな中、俺は真っ直ぐに浮遊船の製造工場を目指した。逃げたいヤツは勝手に逃げればいいが、浮遊船に乗って逃げるのだけはダメだ。逃げた先で再利用されては困る。ここにある船は全て破壊させてもらうのだ。
「悠斗、あれ!」
「お、いかにも工場っぽいな」
ツヴァイリングヴォルフに乗っている分視界が高い智世が指差した先に、海の港で何度も見かけた造船所に似た作りの建物が見えた。智世も俺と一緒に何度も見ていたから気づけたんだろう。
外から一気に壊せば早いんだろうけど、非戦闘員もいるかもしれない。まずは中に入って降伏勧告だな。--とそこに立ちふさがる人影。
「ここから先には行かせはしない……」
「邪魔」
「ぐはぁっ!?」
たぶん偉いか強いかでそれなりの地位にいる兵士なんだろうけど、ちょっと構っている時間が無いから瞬殺させてもらった。
け破るように造船所に飛び込む。ギリギリセーフ、ちょうど飛び立つ一歩手前だった。
「今すぐ降伏して船を降りろ! 1ミリでも飛び立てば即座に撃墜する!」
告げると同時に威嚇射撃。ジルの口から飛び出した電撃が造船所の壁を焼き砕き、そのまま空に向かって飛んでいく。あぶね、アインソフに当たる所だった。これはあとでリゼットに怒られそうだな……。
けどその甲斐あってか、大きな音を立てて出港しようとしていた浮遊船は静かになり、ぞろぞろと人が姿を現した。一様に両手を上に上げて降伏を示している。
「終わったな」
あとは外を簡単には復興できないように破壊するだけだ。大きな被害も無い、大勝利と言っていいだろう。
自分から攻め込むということに多少なり葛藤があるかと思っていたけど、特に無かったな。ただ、強いて問題点を上げるとすればそれは1つ……。
「またあの山を登って帰るのか……」
それだけが本気で憂鬱だった。