へいへいへーい!!
「ユウトーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
意気消沈として王都に帰還した時だった。
空は憎たらしいくらいに晴れ渡っていたというのに、突然薄暗くなったかと思うと自分を呼ぶ声が上空から降ってきた。
見上げれば声だけじゃなく、人まで降ってきているじゃないか。
いや、落ちて来る女の子--
「ドラゴンだぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
辺りがざわつく。「オリジンが悲鳴を!?」とか「深蒼のオリジンでもドラゴンには勝てないのか!?」とか聞こえてくるけど、どーでもいい。
「ぃやっほーーーー!! ドラゴーン! へいへいへーい!! ユリウス呼びかけろ頼む、へいへいへーい!!」
飛び降りてきた(いま自力で着地した)女の子を乗せてきたらしいドラゴンが上空で旋回している。
翼と腕が一体化してるワイバーンタイプか。迷宮で戦ったアッドアグニや回廊の守護者は手足とは別に背中から翼が生えているタイプだったけど、どっちも甲乙つけがたいカッコよさだ。
「あれ、ユウト? おい?」
「くっ、さすがドラゴンだな、ユリウスの呼びかけが通用しないなんて! なら同族の声ならどうだ!? 行け、サンドアーマードラゴン!!」
「みぎゃ」
ユリウスが「友達になろうよ光線」を送信し続け、同じドラゴンであるオル君も呼びかけているにも関わらず、ドラゴンは悠々と上空を飛び続けている。でも攻撃してこないってことは理性的な原種ドラゴンだ。希望の芽は潰えちゃいない。
「なあコトネ、こんな筈ではなかったのだが……私は何か間違えたのだろうか?」
「ドラゴンさんに乗ってくるからだよぉ」
「くっ、アインソフゥゥゥ……」
「それにしても酷い扱いだとは思うけど」
「そうだよな!? 普通はこう、抱きしめあって感動の再会だよな!? 少なくとも私が読んだ本ではそうだったぞ!」
なんか後ろがうるさいな。
それよりどうしよう。ようやく出会えた、問答無用で襲って来ないドラゴンだ。このチャンスは絶対に逃せない。最悪逃げられそうになったら力づくで確保するとしても、それは最終手段だ。それまでは--ん? 肩を叩かれた。誰だよこの忙しい時に。
「今忙しいから後にしてくれ」
「そうか。ならば強制的にいかせてもらおう」
「おう!?」
いきなり体を引っ張られて半回転させれらたかと思うと、なにか柔らかく、かつ固いものが胸の中に飛び込んで来た。
「……リゼット?」
「気づくのが遅すぎるぞ、バカ。再会を心待ちにしていた私こそバカみたいではないか」
ごめん、ドラゴンしか見てなかった。そうか、あれが竜騎士リゼットの愛竜のアインソフ君か。
抱き付いてくるリゼットの腕にぎゅっと力が籠もった。だというのに押し付けられるのは鋼鉄の胸当て、手甲。なんということでしょう……女の子に抱き付かれているのに、触れあっている部分の7割ほどが金属だ。
「心配したのだぞ! 本当に心配したのだ!! 私の代わりにあのテロスの攻撃を受けて……コトネは大丈夫だと言っていたが、私はテロスに狙われて大丈夫だった人間など見たことも聞いたことも無いのだ!」
そうか。同じオルシエラ共和国に所属する者として、なまじテロスの事を知っていたがために俺の身を案じてくれていたのか。
「あれは俺がテロスを挑発したからで、リゼットのせいじゃないよ。ほら、こうして無事に戻ってこれたわけだし」
「……うん」
っていうか何でリゼットがここにいるんだ? セレフォルン王国の中枢、王都アセレイだぞ?
ヤバいんじゃないか、と思ってこういう事情に精通していなければおかしいケイツに視線を向けてみると、あちゃーって感じになっていた。あ、これ事情知ってるわ。
「テロスの件になるとは思ってなかったからよぉ、オルシエラに援軍要請を出していたんだ。ガルディアス帝国がセレフォルン王国を滅ぼせば、次はオルシエラ共和国だからな」
ああ、テロスが言っていたケイツの心配事ってその事だったのか。てっきり三つ巴の戦争になることを危惧しているっていう話だと思っていたけど、援軍要請を出してウエルカムな状態になっていた国が、実は敵でしたなんてマズイに決まっている。
もし本当に敵になっていたら、国境を素通りで攻め込まれていた所だもんな。
その事を話すと、リゼットは愕然とした様子で体を震わせた。
「テロス・ニヒがオルシエラを追放されたことは聞いていたが、まさかセレフォルン王国でそのような暴挙に及んでいたとは。なにより、すまないロンメルト王子。ヤツのせいで妹君を……オルシエラ共和国を代表してお詫びする」
「よい。あれは既にオルシエラの者ではなかったのであろう? であれば全てヤツ自身の罪。余の復讐の相手はヤツ以外には存在せぬ」
あるいはテロスの言っていた『父さん』とやらも、だな。
「すまない。その時は私も加勢させてもらおう」
「ふはははは、期待しておるぞ」
その前にガルディアス帝国だ。オルシエラ共和国が味方に付いたことで、絶望的だった兵力差も少しは改善されるはずだ。
セレフォルン王国とオルシエラ共和国はおよそ同じ国土を持つ。その片方の国土を1とすれば、ガルディアス帝国の国土は約2・5といったところか。土地が広ければ人数が多いというわけではないけれど、元々軍事に力を入れていた国だ。その戦力は計り知れない。だからこそ、この増援は大きい。
「ひとまず3万の兵を連れてきた。状況によってはさらなる援軍も検討しているとのことだ。詳しくはこちらの書状を確認していただきたい」
「確かに受け取った。しかし3万もの軍を受け入れる場所が王都に来ているようには見えないが?」
ケイツ元帥仕事モード。そう言われてみれば、王都の様子は普段と変わりないように見える。味方とはいえ3万人もの他国の軍勢がいれば、もう少し浮足立った雰囲気になってもおかしくないように思えるけど、その様子は落ち着いたものだ。
「う、うん? それは、だな。…………私だけアインソフに乗って先に来たのだ」
それは……いいのか? 同盟を組んだとはいえ、他国の将が自由に飛び回ってるっていうのは、あんまり大丈夫そうに思えないんだが。ケイツも微妙な表情してるし。
そんなケイツの表情に気づいたリゼットが、何故か恥ずかしそうに顔を赤らめながら慌てた様子で口を開いた。
「だって仕方ないだろう!? ユウトがテロスに消されて、気がかりだったがアインソフの治療に帰国せざるをえなくて、そのままセレフォルン王国に行く許可が出ないまま戦争まで始まって……ようやく来れたのだ! 一刻も早く無事を確認したいと思って何がおかしいだろうか!!」
「お、おおう。そうだな、おかしくねーよ? うん、そりゃあユートが悪い!」
勢いに呑まれてケイツ元帥の仕事モード強制解除。っていうか俺を売るな。テロスにやられたこと以外は俺関係ないじゃん。
「ごほん、失礼した。援軍の方はあと1週間ほどで到着すると思われる。指揮系統は基本的にそちらにお任せすることで話は付いている。あの『千戦』の指揮だ。軍の者達もみな納得している」
普段の様子からは想像できないけど、ケイツってこと戦争に関しては本当に尊敬を集めてるんだな。普段の様子からは想像もできないけど。ただのケツアゴの女ったらしじゃないんだなぁ。
「そりゃありがたいことで。名声を得るのはいいが、その期待に応えるのは大変なんだがな。お前さんも解るだろ? 竜騎士リーゼトロメイアならな」
わかるわかる。俺も最近有名になってきたから、あれこれ言われるようになってきたんだよな。戦場に向かう時なんて、オリジンと一緒の戦場なんだから楽勝だな、とか誰も死なずに帰れるかも、なんて言われるもんだから余計なプレッシャーを背負う羽目になったっけ。
「ああ、以前Aランクの餓獣討伐を任された時はどうしたものかと悩んだものだ」
「はっはっは、そりゃあひどい。相討ちで死ねと言っているようなもんだ。オレも色々あったもんだ。どうかな、これから食事でもしながらお互いの愚痴でも……」
「おい待てやケツアゴ」
なに口説こうとしてんだお前。