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シャロンは王族の義務を果たしにまいります

 遠くでケイツ元帥とガルディアス帝国の将軍らしき人物が相対している。なんでも交渉内容の確認をしているのだとか。


「バイバイ、シャロンちゃん。約束、絶対だからね?」

「ええ、アルティナ様。必ず戦争を止めて、貴女を私のお城に招待いたしますわ」

「……次に会う時からは『ティナ』だよ?」


 女王と王女という違いから、シャロンは最後までアルスティナを愛称で呼ぶことがなかった。どうやらそれがアルスティナにはお気に召さないらしい。次に会う時からかどうかは分からないけど、戦争を止めさせることができたなら愛称で呼ぶ日も来るだろう。それはすなわち皇帝よりも多くの臣民を味方に付けた、新たな皇帝の誕生を意味するのだから。


「話はまとまったぜ。身代金の受け渡しも済んだ。あとはお姫様が向こうに行くだけだ」


 一仕事終えた様子でやってきたケイツの手には手綱が握られており、その先には見事な白馬が繋がれていた。これに乗って行けってことなのかな。


「今まで本当にお世話になりました。お兄様、シャロンは王族の義務を果たしにまいります」

「うむ。言葉であの皇帝は止まるまい。女帝となったそなたの下に仕える日を心待ちにしておるぞ。そこな従者よ、どうか妹を支えてやってくれ」

「お兄様、ジイは……」


 ロンメルトの言葉に、シャロンはさみしげな表情を浮かべた。

 あの従者は確かシャロンが身分や魔力量の低い者と接することに否定的だった、ガルディアス帝国の考えを肯定している人間だ。皇帝に逆らうような真似を手伝うとは思えないけど……。


「魔力の多い者は、現状にそれほど不満を持っておりません。まずはノーナンバーを引き入れましょう。それだけで国民の3割を味方に付けることができます。そこから少しずつ勢力を伸ばせば、少数派である高位魔法士を抑えることは十分に可能でしょう」

「ジイ? あなた……」


 それは、間違いようもない。シャロンが皇帝を封殺するための案だ。


「セレフォルン王国は、良い国でございますな。魔力の低い者達は高位の魔法士を尊敬し、奉仕を惜しまない。しかし高位魔法士は弱者を見下さず、その力はより多くの人々の為に……。人が群れるのは、助け合うためなのだという、ごく当たり前のことを思い出させていただきました」


 従者さんが地面に膝をつき、平服した。アルスティナと謁見した時よりも、ずっとずっと低く頭を下げる。


「私めが間違っておりました。償いには到底足りませぬ短い余生でございますが、その全てを捧げて尽力させていただきたい」


 言い終えても一向に頭を上げようとしない従者さんを迎えに行くように、シャロンが従者さんの前にしゃがみ込んだ。そっと握った互いの手の上に、涙がポタポタと落ちて弾ける。


「ありがとう、ジイ。頼もしいわ。どんな味方よりも頼もしい」

「姫様……っ」

「行きましょう! 私達の戦場はあちら側よ」

「どこまでも御供させていただきます」


 シャロンが華麗に白馬へと飛び乗った。さすが高貴な人、様になっている。そして従者の手綱を引かれ、白馬はゆっくりとガルディアス陣営に向けて歩き出した。





「行ったか」

「行っちゃったねぇ」

「ここからはいよいよガルディアス兵を殺さないようにしないとだな。はぁ、また収容所を作って回らないといけないのか」


 一カ所にまとめて作れれば楽なんだけど、敵兵をまとめて置いておくわけにはいかないからな。かといって和平に向けて頑張ろうっていう時に殺しまくって、必要以上に憎しみも買いたくないし。


「私もいーっぱい食べ物育てておくね」


 琴音は、嬉しそうだ。もともと敵だからといって殺すことに否定的だったから、大義名分ができたことで張り切っているんだろう。

 ま、それもこれもシャロンの頑張り次第なんだけどな。


「シャロンちゃん……」


 アルスティナはやっぱり淋しそうだ。せっかくできた同年代の友達なんだから仕方ないか。早く気軽に会いに行けるようにしてくれよ、シャロン。

 そう思いながら遠ざかっていくシャロンの背中を見る。ちょうどセレフォルンとガルディアスの中間くらいにさしかかった辺りか。


「?」


 今、空でなにか光ったか? 

 太陽が逆光でよく見えない。手で影を作って、目を凝らしてみるが……んん? 光が無くても見えにくいぞ。かなり小さいのか? でも確かに何かがある。いや、こっちに向かって飛んできている? あれは--


「ティナ!!!」

「へぁ?」


 アルスティナに向かって飛んできていた飛来物を受け止めるように手を出すが、キャッチなんて出来ないことは最初からわかっていた。

 差し出した左手が燃えるように熱く、痛い。


「いっっづ----」

「悠斗!?」


 痛い痛い痛い痛いっ!! 

 当たり前だ、手に矢が突き刺さってるんだから! くそ、フォカロルマーレに腕をちょんぎられた事があるけど、アドレナリンが全く出ていない分、こっちの方がよっぽど痛い気がするぞ!?


 びっくりしながらも駆け寄ってきてくれた智世の魔法が左手に注がれる。


「バカモノ! 矢が刺さったままでは意味が無いじゃろう!!」

「おいユート、引っこ抜くから歯ぁ食いしばれ!」


 ケイツがぐっと左手の矢を握った。ヤバい、覚悟を決める時間がある方がかえって怖い。けど刺さったままももちろん痛い。


「ふー、ふーっ……」


 鼻息が荒くなっているのを自覚しながら頷くと、ケイツも一度頷いて一気に矢を引き抜いた。


「づっぁ--!!」


 すぐさま智世の回復を受けたが、治ったはずなのにまだ痛い。間違いなく気のせいなんだろうけど、これはしばらく尾を引きそうだ。


「大丈夫? 悠斗君?」

「……泣きそう」

「うん、泣いてるよ?」


 知らない間に涙が出ていたらしい。ああ痛かった。アドレナリンの偉大さを文字通り痛感したよ。


「お、お兄ちゃん……ありがとう」

「ああ。どういたしまして。もっとスマートに守れれば良かったんだけどな」


 もっと早く気付ていれば魔法で安全に対処できたんだけど、本当にギリギリだった。本当に……あと一瞬気づくのが遅れていればアルスティナは死んでいた。

 その事に気づいた人間が次々と顔を青くし、そして怒りの視線をガルディアス陣営に向ける。


 かくいう俺もまた怒りを抱いていた。だけど抑える。結果的には無事だった、手の傷もすぐに治った。だから我慢しろと自分に言い聞かせる。

 ガルディアス帝国とは、これから和平に向けて歩んでいくんだ。シャロンがそうさせるんだ。今感情のままに暴れれば、その道は完全に途絶えて大勢の死人が出る未来を迎えるだろう。だから、今は耐えるんだ。


「陛下を守れ!!」


 ケイツの言葉にハッとなって、みんなでアルスティナを囲む。飛んでくる矢が1本とは限らない。どこから飛んできても防いでみせる、と周囲を見回し……それを見つけた。


「おい……何してる。何するつもりだ! おいケイツ、やめさせろ!!!」


 ガルディアス陣営に向けて弓を引く1人の兵士。怒りに呑まれたのか、義憤にでも駆られたか。まさか一兵卒が独断でそんな真似をするとは、考えもしなかった。そのことに気づいたケイツも声を張り上げる。


「やめろ、命令だ! 命令だと言っている!!」


 聞こえない、とでもいうかのように兵士の弓を引く手に力がこもる。その矢の先、その照準を定められているのは、まさか--


「やめろおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 もはや誰が叫んでいるかも分からないような絶叫の雨の中、矢を番えていた手が離された。皮肉なほど軽快な音を立て、矢が青空へと吸い込まれていく。


「させんのじゃ!!」


 そこでようやくリリアも兵士に気づき杖を振り上げる。普通なら間に合わない。時間が足りない。だけどリリアは時間を支配する。その魔法により、放たれた矢の時間が止ま……らない。


「なんじゃと……何故じゃ! ワシは、ワシは確かに……!?」


 弧を描く矢を、言葉を失って見送るしかなかった。ただ、ロンメルトだけが悲鳴にも似た声を上げる。


「逃げるのだああああああ!! シャロオオオオオン!!」




「……え?」


 もはや届くはずもない距離を超えて兄の叫びが聞こえたのか、馬に乗っていたシャロンが後ろを振り返った。そしてその胸に、トンッと突き刺さる一本の矢。

 不思議そうにそれを見つめ、そのままシャロンが馬上から崩れ落ちる。


 慌てて駆け寄った従者が必死の様相でなにかを叫び、うなだれ、自害した姿を見て俺達は理解した。


 死んだんだ。シャロンは……さっきまで決意に目を輝かせて、来たときとは別人のように立派になって帰っていったはずの少女は、別れからたったの十数分で死んでしまった。

 死んで……しまった。


「ねえ、シャロンちゃんはどうして動かないの? 馬かた落ちちゃった時にどこかぶつけたのかな?」

「シャロンは……」


 どうしてこうなってしまったんだろう。ほんの少し前まで、ちょっと楽観的だけど希望にあふれた夢を語っていたはずだったのに。それが、こんなにも呆気なく壊れてしまうなんて。

 何が悪かった。誰が悪かった。そんなもの、わかりきっている。


「おお、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 悲痛な雄叫びを上げて、ロンメルトが大剣を掲げて飛びかかった。ああそうだ、ガルディアスの放った一本の矢。それに対する、あの兵士の軽はずみな復讐心がこの悲劇を生んだんだ。

 誰も止めないし、止めさせもしない。法も道理も、肉親を奪われたお前の憎悪を抑えられるものか。仇を討て、ロンメルト!


 地面をも叩き割る大剣の一撃が兵士の体を叩き潰す。


 復讐を果たしたロンメルトが、大剣を放り捨てて座り込んだ。ここからでは見えないけど、きっと泣いているんだろう。復讐でひとまずの怒りが晴れ、そして悲しみだけが残ってしまった。


「気は晴れたかい? さすがのボクもちょっと可哀想かなと思って、命を1つ消費させてあげたんだからさ」


 潰れた兵士を黒いナニカが飲み込み、その黒はそのまま人の形を作り上げた。


「ああ、そうか。そういうことか」


 リリアの魔法で矢が止まらなかったのも、お前なら理解できる。兵士に姿を変えてもぐりこんでいたんだな……テロス・ニヒ。

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