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ええ、約束ですわ

 もの凄い作品だった。何が凄いって、題材にした本人のお膝元である王都で、こんな事実無根荒唐無稽な演劇をやって見せた度胸が凄い。


「青いお兄ちゃん、死んじゃった……?」

「いや生きてるから。すぐ横にいるから」


 まずタイトルで俺が死ぬことになってる時点で嫌な予感はしていたけど、いざ見てみると完全に赤の他人のお話だった。アガレスロックを倒す辺りは、まあ目撃談もたくさんあったろうから間違いも少なかったけど、それ以外は何で劇にしようと思った? って聞きたいくらい完全なるフィクション。


 唐突にどこやってか異世界の危機を察知してやってくる俺(何故か琴音はいなかった)。颯爽と暗殺者の手からお姫様を守る俺。迷宮塔を普通に攻略しないで階層をぶち破っていく俺。迷宮都市の宿の娘と身分違いの恋(オバサンしかいなかっったぞ、あの宿)。

 そこから先は日本やガルディアス帝国に居たせいで足取りが途絶えていたからか、適当に王国を巡って餓獣を倒したり悪い貴族を懲らしめたりする身に覚えのない展開に。そして最後にホクム村の惨劇に怒り、ガルディアス帝国に突撃して鐵のオリジンと相討ちになって終わった。


「なかなか鐵のオリジンが現れんから、小僧が既に倒したとでも思ったんじゃろうな」

「想像9割で人の半生を勝手に描くなよな……」


 しかも単独で鐵のオリジンに対決を挑んだせいで、俺が死んでも悲しむ人が近くに誰もいなかったんだぞ。そのまま誰も悲しまないままエンディングを迎えるし……身分違いの恋の相手はどうした。

 なにより一番許せなかったことは、その劇が観客に大ウケだったことだ。感動して泣いてる奴、一体どこに感動したのか原稿用紙4枚以内で感想文を提出しろ。


 間違っても変装がバレないよう、そそくさと後にした劇場を振り返ると、余韻に浸っている観客達がそれぞれ楽しそうに感想を言い合っていた。その中に否定的な意見が一つもない。この世界は一体全体どうなっているんだ。

 文句を言いに行きたいけど、そうすると俺がいることがバレてこの観客が押し寄せて来るかと思うと、とても実行に移す気にはなれなかった。いや、確かに琴音や智世に人気で負けていたことに一抹の悔しさは感じていなくもなかったけどさ、こんなのあんまりだ。


 帰ろう。公演期間が終わるまでは、ちょっと町に出る気分じゃないや。




 しつこくからかってくるリリアに辟易しながらお城に戻ると、メイドさんが1人ポツンと裏口に立っていた。アンナさんではない、超人でもない、ごく普通のメイドさんだ。暗殺術を身に着けていたり、政治を操作したりしない、お掃除や接客が得意な普通のメイドさんだ。


「お待ちしておりました。ガルディアス帝国に遣わせておりました使者の方が戻られましたので、謁見の準備をさせていただきます」


 シャロンがゴクリと喉を鳴らす。

 そうか、もう帰ってきたのか。片道だけでも半月はかかる道のりだから、ほとんどとんぼ返りだ。アンナさんの予想では交渉が難航して2ヶ月ほどかかるだろうっていう話だったのにな。


 まあ早いに越したことはないか。ぱぱっと着替えて話を聞きに行こう。



     ☯


 報告を終えた使者の男が、肩の荷が下りたといった様子で退室する。ガルディアス帝国の性質を考えると、問答無用で使者を切り捨てる可能性も全くゼロとも言い切れなかったのだから、そりゃあ安心もするだろうな。お疲れ様です。


 ガルディアス帝国は、当然といえば当然のことなんだが、王女シャロンの返還を希望して来たらしい。

 元々そのために使者を送ったのだから、ここまでは予定通り。そしてその返還に対する対価……つまりは身代金だが、それを決めるに当たって相当時間がかかるだろうというのがアンナさんの予想だった。

 使者には女王の代弁者として直接交渉する権限が与えられていたのだけど、それでも場合によっては何度もセレフォルン王国に話を持ち帰ったりと何往復もして、最長で半年かかってもおかしくないと思っていたんだとか。


 それが何故、こんなにも早くに帰って来れたのかというと、それは至極単純に交渉が呆気なく完了したからに他ならない。


「不気味なほどすんなりと条件が通ったのが少し不安ですね」


 と言ったのはアンナさんだった。駆け引きの基本として、最初は盛りに盛ってバカみたいな金額を要求したらしいのだが、なんとそれが呆気なく通ってしまったらしい。

 シャロンはそれだけ父親が自分を大事に思っているんだと喜んでいたけど……多分違うと思う。ロンメルトやマクリル先生から聞いた話からの想像にすぎないけど、そんな甘い人物とは思えないんだよな。まさか娘には激アマとか?


「10日後に旧ホクム村跡地にて引き渡しになります。5日後には出立していただきますので、ご準備を」


 嫌な思い出がよみがえるから、もうあんまり行きたくない場所だな。と言ってもお互いの王都からの直線距離では、あそこが一番近くて楽なのだから仕方がない。あの浮遊船があるガルディアス帝国側がヴァーリデル山脈を越えて来てくれる分、楽が出来ると喜んでおくことにしよう。


「そう……。今日までお世話になりました」


 粛々と頭を下げるシャロン。それを見つめるアルスティナは寂しそうだ。お互い、初めての気兼ねなく接することができる同年代の友達になれたということもあってか、この1ヶ月でずいぶん仲良くなっていたからな。


「そんな顔をしないでくださいまし。戦争を止めて、きっとまた遊びに来ますわ。いいえ、今度は私がガルディアスの帝都にお招きしようかしら?」

「うん。約束だよ! 絶対呼んでね!」

「ええ、約束ですわ」


 しかし5日後か。これはまた、名残惜しんで少しでも一緒にいようとするアルスティナが政務から逃げだしそうだな。ごめん、アンナさん。捕まえるの手伝おうかと思っていたけど、理由を鑑みると気が引けるというか……頑張ってください。

 アンナさんの視線が厳しくなったような気がする。メイドの技能の中に読心術も入っているんじゃなかろうか?






 それから5日間、案の定アルスティナは逃げに逃げた。が、アンナさんからは逃げられない。そしてシャロンもまた寂しそうなアルスティナの涙目から逃げられず、一緒に執務室に閉じ込められていた。機密とかどうなっているんだろう。

 閉じ込められてしまった姫様の分までしっかり荷造りを整えていた従者さんも、セレフォルン王国での暮らしに馴染んでき始めていたのか、どこか淋しげだった……気がする。



 そして1000人もの護衛を引き連れ、俺達は王都を出立した。


 なんと今回はアルスティナも同道していた。なにがなんでも見送りに行くのだと言って聞かないアルスティナは、説得するアンナさんに強権を発動。今の今まで興味すら無かったのに、とうとう「女王の命令」を使う事を覚えたらしい。

 危ないという以外、絶対に行かせるわけにはいかない理由が無かったためにアンナさんもこの「命令」を拒否できず、その代わりとばかりに元帥のケイツとその配下の精鋭1000人に、俺達オリジン3人を付け。さらにリリア、ロンメルト、ユリウスもついてくるというセレフォルン王国最強の布陣が完成した。

 ガルディアス帝国も護衛に鐵のオリジンを出してくる可能性がある以上、これくらいでなければ確かに安心できない。



 到着したホクム村の跡地。

 瓦礫と、即席の慰霊碑だけが存在する死んだ村で俺達は空を見上げる。


 そして、ゆっくりと船が空から降りてきた。

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