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妹さんをイジメちゃダメだよ

 まさか拒否されるとは夢にも思わなかったんだろう。シャロンが兄に抱き付くポーズのまま固まった。片足になった瞬間で固まってしまったせいで、軸足がプルプルし始めている。


「お、お兄様?」


 足が限界になる前に硬直を解除したシャロンだが、その視線はロンメルトに釘付けにされていた。兄の真意を探るように、じっと見つめている。


「ガルディアス帝国の在り方が間違っていると、そう申したな妹よ」

「え? ええ、そうよ。私はあんなところに居たくないのです」

「余は悲しい。余の妹は、なんとふがいない小娘に育ってしまったのか」

「そん、な……」


 今度こそシャロンの顔色が変わった。

 自分が「兄」というだけで無条件にロンメルトを信頼したように、ロンメルトもまた無条件に「妹」を受け入れると、そんな先入観があったんだろう。まるで長年の信頼を裏切られたかのような表情だ。


「シャロンよ。そなたがガルディアス帝国に生まれ育ちながら、ガルディアスの常識に支配されなかったことに、余は感服した。よくぞ己の正義を見失わなかった。余は誇りに思うぞ」

「なら……!!」


 食い下がろうと詰め寄るシャロンを、ロンメルトが手で制した。その雰囲気は、とても厳しい。


「だがそれに気づいていながら、なぜ正そうとせん! 王女という、何のはばかりも無く直接王に進言できる立場にありながら……反逆者として処刑される心配もなく言える立場でありながら、『居たくない』などという理由でそれを投げ出すと言うのか! 力無き者達がただ一言を王に提言するために命を賭けている中で、何も成そうとしないままそれを投げ出すと言うのか!!」


 シャロンが言葉に詰まった。

 彼女がどうして何もしなかったのか。その理由は俺でも簡単に想像がついた。そんなに難しいことでもない。子供が父親に文句を言うのは、ただそれだけで恐ろしいものだ。自分が正しいと確信していても中々言えるものじゃない。まあ父親の性格にもよるだろうが、聞こえてくる話からしておっかない事は間違いない。


 若干15才。反抗期の感情的な反発ではなく、理性的に反抗しろというのは厳しい。これが普通の家庭の話なら、俺もすぐさま「言い過ぎだ」とロンメルトを止めただろう。

 だけどロンメルトの言葉の通りだ。シャロンは多くの人々が命を捨ててでも言おうとしているただ一言を簡単に言える所にいたのに、何もしないで放棄しようとしている。圧政に苦しんでいる人から見れば、ただの見殺しだ。たとえその立場が、本人が望んで得たものじゃないとしてもだ。


「大衆をまとめ、民意を束ね、臣民を導く。それが王族の務めであろう!! それをこともあろうに、自分1人でさっさと逃げ出すなど言語道断! そなたは残してきた民に「現状を受け入れて死ね」とでも言うつもりか!!」


 あまりといえばあまりに厳しいロンメルトの言葉に、とうとうシャロンが泣き出してしまった。それでもロンメルトは止まらない。それほどまでに、追放されてもなお王であろうとしたロンメルトにとってシャロンの行動は許せないものだったようだ。


「町娘であれば泣いて許されることもあろう。だがそなたは王族。王族の責務には、女の涙など何の役にも立たぬと知れ」


 そうかもしれないけど、俺達日本出身組にとっては効果抜群だよ。さすがにちょっと見ていられないというか、俺が泣かしたわけでもないのに罪悪感が半端ない。

 そしてそう思っていたのは俺だけじゃなかった。


「そもそもであるな……」

「ロン君!」


 ロンメルトの言葉を琴音が遮った。腰に手を当て、私怒ってますのポーズを取った琴音がロンメルトに詰め寄る。


「妹さんをイジメちゃダメだよ」

「よ、余はイジメているわけではない! いくらコトネといえど、この件に関しては--」

「それにロン君、いつもと違うよ? ちょっと落ち着こうよ。ね」


 声色こそ大人し気だが、妙に迫力のある琴音にロンメルトがたじろいだ。

 確かにいつものロンメルトじゃなかったかもしれない。忠告したり注意したりするロンメルトの姿は何度も見てきたし、俺自身も何度いさめられたか分からない。だけどそのどれもが言い聞かせるような感じで、今みたく怒鳴り散らすようなことは一度も無かったと記憶している。


「う、む。そうであるな、今の余は冷静ではなかったようだ。すまぬシャロンよ。余とて、ガルディアス帝国が間違っていると知りながら何もできなかったというのに、偉そうなことを言ってしまった」

「そんなっ!? 違います、お兄様がもし王家を追放されていなければ、きっと帝国は変わっておりました!」

「どうであろうな。だが確かに、皇帝と直接言葉を交わせたならばと思ったことは一度や二度ではない。ゆえに、余はそなたに嫉妬してしまったのであろう。先程の言葉、撤回はせぬが厳しい言い方をしてしまった。許せ……」


 シャロンはコクコクと涙ながらに頷いた後、決心を固めたような顔つきでアルスティナ女王を見た。完全に蚊帳の外だったアルスティナの興味は既に窓の外の小鳥に向かっていたが、アンナさんが前を向かせる。


「私、ガルディアス帝国に帰りますわ。停戦を呼びかけるために、そして帝国を変えるために」


 よくわかっていないアルスティナが首を傾げた。あの子が今なにを考えているのか当ててやろう。「もう帰るの?」だ。全然話聞いてなかった顔だ、あれ。

 仕方なくアンナさんがゴホン、と一呼吸置いて口を開いた。普通だったら何でメイドが勝手に返事してんだ、ってなるんだろうけど、誰も口を挟まない。1200歳のババアはもうちょっと頑張れ。


「ではガルディアス帝国にシャロン殿下の無事をお伝えしましょう。ただし、もちろん無償ではお返しできませんが」

「ええ、構わなくってよ。しばらく動けなくなるくらい搾り取っておしまいなさい。これでも王女、それなりの価値はあるはずだもの」


 国境が山である以上、領土を寄越せと言っても意味が無いし、セレフォルン側に造られつつある拠点を放棄させるにしてもまだ未完成だから大して痛くも無い。アンナさんのことだ、きっと目玉が飛び出すような金額を請求することだろう。


 戦争はお金がかかる。この数か月でそのことがよーくわかった。琴音のおかげで食料が確保され、智世によって薬などにもそこまでお金をかけなくてもいいセレフォルン王国はかなりのコストカットに成功しているけど、それでもお金が減るわ減るわ。予算の資料をケイツに見せられた時は唖然とさせられたものだ。

 資源が豊富かつ、便利なオリジンが2人もいるセレフォルン王国でこれだ。ガルディアス帝国はそれはもう桁違いのお金が動いているに違いない。そんな時に多額の身代金を払えば、戦況にも大きな影響がでることだろう。その間にシャロンが少しでも改善を図るということか。


「よくぞ言った妹よ。余は余なりに王であろうとしてきたが、そなたが皇帝となったあかつきには、この剣をそなたに捧げても良い。我ら兄妹で祖国を立て直そうではないか! ふははははは!!」


 なんだかんだ言って、妹が可愛いと見える。物心ついた頃から目指していた「王」を、任せられるって言うくらいなんだからな。この2人がガルディアス帝国の王位についたなら、きっとセレフォルン王国とも仲良くできる。1000年続く不和が、ついに解消される日が来るのかもしれない。 


「お兄様ぁー!」

「妹よぉー!!」


 ガシィッ! と2人が熱い抱擁を交わす。ついさっきまで微妙に険悪な雰囲気だったのに、切り替え早いなオイ。母親は別人のはずけど結構似てるぞ、この兄妹。

 その光景を眺めながらうんうんと満足げに頷く琴音の目尻には涙。泣くほどのシーンか? 最後の抱擁はちょっとコントみたいだったぞ。


「ふふ……ということであれば、人質ではなく大切なご客人としてお迎えしなければいけませんね。誰か、シャロン王女殿下と従者の方にお部屋を用意してください」

「はっ」


 たまたまアンナさんの視線の先にいた貴族が軽快な足取りで謁見の間を飛び出していく。きっと部屋の用意をしに行ったんだろう。

 だけどちょっと待ってほしい。おかしいだろ。おかしいよな? 具体的に言うと、逆だよな? なんでメイドが貴族に命令してんの? 仕事内容もまさにメイドの仕事なのにさ。もうセリフだけ聞いたらアンナさんが女王だよ。すり替わってるよ。いつの間にか下剋上が成し遂げられてるよ。


 おかしいなぁ。俺の中で貴族とメイドの関係といえば、言いがかりのようなミスを見つけた貴族が「お仕置き」と称してえっちい命令をメイドにし、大人しいメイドさんが逆らえずに部屋に連れ込まれそして--ゴホン、まあそんな感じなのにさ。


 一抹の淋しさを感じていると、琴音が嬉しそうに手を叩いた。


「じゃあ今夜はパーティだねぇ! 待ってて、おいしい野菜をいっぱい育ててくるから!」


 今からかよ! という至極当然のツッコミが琴音には使えないんだよな。今から、一から、夕飯までに完璧に仕上げてくるのだ。城も今はパーティなんてやってる余裕は無いから助かるけどね。




 それから数時間後、色とりどりの野菜や果物が盛大に振る舞われ、きっと世界で一番ヘルシーなパーティが開催された。


 久しぶりに楽しく、穏やかな時間が流れる。余興で動き出した野菜達がプチサーカスを始めるまではな。食べづらくなるからやめろってばぁぁぁぁぁ!!

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