私の友達を殺したんでしょう
セレフォルン王国王都アセレイ--
大歓声に迎えられながら俺達は入城を果たした。最初の頃は盛大に戦勝パレードなんかもやっていたけど、あんまりにも小規模な戦いが散発的に繰り返されるものだから今はもうやっていない。きりが無いし、お金もかかるからな。
捕虜にしたガルディアス帝国兵は複数に分けて国内にいくつかある収容所に送らせた。普通ならそんな大勢の捕虜なんてとらない。場所も無ければ食べ物も無いからな。処刑するか、身代金を頂いて返還するかだ。そして国の存亡がかかったこの戦いで戦力を帰してやるなんてことはできないから、必然的に処刑となるはずだった。そこに待ったをかけたのが琴音。彼女の魔法により食料問題は解決し、俺の地形操作で不恰好ながら土製の収容所もたくさん作れたのだ。
そういう訳で今ここにはガルディアス兵は一人もいない。
ただし、兵士はいないがお姫様とその従者はいた。
「これがセレフォルン王国の王都……噂に違わぬ美しさだわ!」
「えへへ、綺麗だよねぇ」
「ひぃ!?」
シャロンがガルディアス帝国の姫だと聞いた琴音の反応は初め、芳しくなかった。なにせ琴音が人の生き死にで悩み苦しむ羽目になったのはガルディアス帝国が原因だ。その王族とあれば、心やすやかでなんていられない。
だけどそれも最初だけだ。ロンメルトの妹であり、年齢も近い。話を聞けば本人も自国のはずのガルディアス帝国を嫌っている様子だったこともあり、琴音はすぐにシャロンを受け入れていた。
が、その逆にシャロンは琴音に……というか俺と智世も含むオリジン3人にビビりまくっていた。
彼女らが崇めているのは、あくまでも1200年前のオリジン。そう思っていてもオリジンはオリジンだ。日本の神といえば天照大御神だが、じゃあ無名の神はどうでもいいのかというと、やっぱり神は神。そんなものがいきなり目の前に、それも3人もポポポポーンすれば、さぞ衝撃的なことだろう。
結局、一度は打ち解けそうになった俺までビビられるようになってしまった。
しかしそれらの事情を全く考慮せずに、智世が接近を計った。空気を読まないということに関して彼女の右に出る者はいない。
「そんなに怖がらなくていい。ボクは同好の士にこの闇の力を向けたりなんて、しない」
そりゃ向けられないだろ。そんな力持ってないんだから。
「ア、貴女さっきから何なの!? 私は貴女と同じ趣味を持った覚えなんて無いわよ!」
「またまたぁ、あんな声高に叫んでおいて」
「何の話よぉ!!? 私は殿方同士のごにょごにょ……なんて興味ないわ!!」
妙なのに絡まれたシャロンも心配だが、それ以上に智世の将来が心配になった。厨二病で腐っててオタ入ってるとか、日本の帰らせない方がいいような気がしてきた。結婚できない予感がひしひしと……。オリジンに変化する時に病気は全部治るはずなのに、こんな重病がまるまる残ってしまっているなんてっ。さすが不治の病といわれるだけのことはある。
「その辺にしとけ、着いたぞ」
大きな扉が、その両脇に控えていた兵士の手によって開かれる。
真紅のカーペットが真っ直ぐに伸び、その先には幾人かの貴族が肩を並べて、警護の騎士がズラリと整列していた。
そして正面には玉座が鎮座していて、チョコンと座った真っ白な女王。先日14才になったとは思えないくらい幼げで、可愛らしいピンクのドレスがよく似合っていた。その隣には女王を支えるメイドのアンナさんが立ち、玉座の左にはセレフォルン王国軍元帥、千戦のケイツ。右には1200年近く生きる第1期魔法士、時流の魔女リリア。
カーペット沿いに整列した騎士の端までが進んでいいラインだと最近学んだので、そこまで進む。するとシャロンが頭を下げた。
同じ王族なのに頭を下げるのか。シャロンは王女……王位継承権を持っているだけで、一方のアルスティナは正真正銘の女王だから、なのかな? 跪くまでいかないのは王族同士だからだろう。礼儀はあっても、へりくだりはしないと。ちなみに従者のおじいさんはこれでもかというくらい低姿勢になっている。
「えと……面を上げてください?」
アルスティナが隣にいるアンナさんを窺いながら言った。まるで授業中に先生に当てられて恐る恐る答える生徒のようだ。怖がられてますよ、アンナさん。
「お目通りが叶い、光栄ですわ。アルスティナ陛下」
「す、すごいよアンナ! ですわって、ですわって言ったよ!」
「失礼にもほどがありますよ陛下」
きっと目下の立場になんてほとんど立ったことのない大国のお姫様が頑張った結果がこれか。いや、アルスティナに悪意はないんだろうけど、無邪気すぎるというのも罪だな。
「事情は既に聞いておる。そこにいる兄に会うために軍に入ってセレフォルンに来たのじゃったな」
「? なぜこのような場に子供がいるの?」
まあ普通そうなるよな。玉座の近くにいる人間の半分が幼女って、どんな国だよ。
「かかか、ワシはお主の100倍近く生きとるよ」
「ひゃ……ま、まさか時流の魔女? 伝説の? あ、後で握手していただいてよろしいかしら!?」
「おお、おお。こんなババアの手で良ければ、いくらでも握りゃあええ」
ババアだけど手はプニプニの幼女じゃん。世界はいつからこんなにも複雑怪奇になってしまったのか。sれにシャロンが感激しているのもよくわからないな、ただのイタズラババアだぞ?
「で、さっきの話じゃが」
「はい! お兄様に会うためにやってまいりましたの!!」
「それはまた、どうしてじゃ? 今の状況で敵国に来るということがどういう意味か、分からぬほど愚かには見えんがのう?」
そうかな? 俺には結構アホに見えてるんだけど、老眼で見ると何か見え方でも違うのかな?眼球も幼女のそれだから、経験則とかそんなのだろうけど。
「だって、お兄様も戦場に出ていると言うではありまんか。戦争が終わった時、お兄様が無事である保証がどこにあるというのです?」
「……確かにのう」
リリアはそれ以上何も言わなかった。思い切り衝動的な行動のようだけど、なぜか納得したようにうんうん頷いている。なにか感じ入るものでもあるんだろうか?
だが納得のいかなかったアンナさんがシャロンに噛みつく。気を付けろ、その人は凶暴だぞ! ひ!? 声に出してないのに睨まれた!?
「ですが一国の王女としてはあまりにも軽率ではありませんか? 貴女様は今こうしてセレフォルン王国の手に落ち、人質ともなればガルディアス帝国は大きな不利益を被ることになります。場合によっては処刑、ということも考えられるでしょう。なにせ我々はそちらの刺客によって先代国王陛下と王妃殿下を暗殺されているのですから。ましてや軍人として、侵略行為で国境を越えてきたのですから、貴女は『敵』として認識されてしかるべきなのですよ?」
お、おおう。まったくその通りだけど、それを何の躊躇もなく言えるのがすごい。だってあの人メイドだよ? 一国の姫に「お前らのせいでこの子の親殺されてんだよ。人質にして徹底的に絞りとってやるから覚悟しろよ。なんならぶっ殺してやろうか? あ?」みたいなことを言うメイドが果たして歴史上にいただろうか。いてたまるか。
アンナさんがこの城でもポジションが未だにわからない。見ろよ、味方のはずの貴族や騎士、元帥までもが震えあがっていやがるんだ。
だが驚くことに、シャロンは魔神の迫力に負けていなかった。
「あんな国、どうなったって構わないわ!」
「ひ、姫様!? なんということを!」
「三国で最もノーナンバーが多い国のくせに魔力が少ない人を迫害して! 私と仲良くしてくれた子の魔力が少ないと、みんなして引き離そうとして。その後いくら探しても、誰も見つけられなかったのは何故? ジイ、私知ってるのよ? こっそり町に出て聞いたんだから。貴方達、私の友達を殺したんでしょう!?」
「お、お、お戯れを。け、決してそのようなことは……」
めちゃくちゃ動揺してんじゃん。
ってことはマジの話なのか? にわかには信じられない話だ。周りを見てみると、みんな唖然としている。
「会えないようにするだけなら、追放するだけでも良かったはずよ! それだって許せないけれど、殺すことなんて無かった。どうしてか、言えないならば言ってあげるわ! 面倒だったんでしょう!? 弱者のために手を回すことが! 殺してしまった方が楽だったんでしょう! 弱い人間がいくら死んでも気にもしない場所だものね!!」
ガルディアス帝国のノーナンバー……いや、魔力の少ない者への扱いの酷さは聞いてはいたけど、そこまで酷い状態なのか。ガルディアス軍は前列に武器を持たせたノーナンバーを配置することが多いけど、確かにあれはほとんど捨て駒同然の扱いだったな。
「そんな時に、別の国にお兄様がいるなどという話を聞けば……行くでしょう? そこに居場所を求めるでしょう? お兄様、どうか……どうかシャロンを受け止めてくださいまし」
全員の視線がロンメルトに集まった。
腕組みをし、少し唸ったあと、ロンメルトが顔を上げる。
「それは、ならん!」