その見事な赤髪に凛々しいお顔
インフルエンザでした。
今年も奴らが暴れ始めたようです。みなさんもお気をつけて
ガルディアス軍のお偉いさんの捕獲に失敗した、と思ったら、想像を遥かに上回る高貴な人間を捕まえてしまった。
「お兄様ぁ!! お兄様はどこ!!? お兄様ぁぁーーーー!!」
投降したガルディアス軍のちょうど真ん中あたりの馬車から発見された赤い髪の少女が叫んだ。その隣ではセバスチャンとでも呼びたくなるような老人の従者がおろおろしている。
お兄様って誰だ? と周囲の兵士達が反応に困っているが、俺はすぐに察した。あんないかにもお姫様なドレスを着て、しかも見覚えのある赤い髪。顔だちもどこか面影がある。
「おい、呼んでるぞ? お に い さ ま」
「う、ううむ……」
さすがに不意打ちで現れた妹の存在にロンメルトも狼狽えていた。
そうだろうな。俺もまさかこんな最前線の、しかも特別に大軍勢というわけでもない軍の中からポコリとお姫様が出現するなんて夢にも思わなかった。それが実の妹ともなれば、そりゃ反応にも困るだろう。
これは一応、作戦成功ってことでいいんだろうか?
「はっ! その見事な赤髪に凛々しいお顔、まさか貴方が私のお兄様!?」
「え? い、いや? え?」
まったく関係の無い兵士が、たまたま髪が赤かったばかりに捕まってしまった。ガルディアス王家ってのはみんな髪が赤いのか?
ともあれ早く誤解を解いてやらないと、その兵士がなまじイケメンなもんだから妹さんがどんどん勝手に盛り上がってしまっている。兵士は兵士で突然の出来事にうろたえて冷静の否定できていないし……それどころか、ひょっとすると自分には生き別れの妹がいたんじゃないかと思い始めている。もっと自分の記憶に自信を持て!
「ほら、行ってやれよ。でないとこの辺りにいる赤髪が全員『お兄様』にされるぞ」
「やむをえん」
意を決したロンメルトがズイと進み出た。
「シャロンよ。そなたの兄はこちらであるぞ!」
その声にお姫様が振り返った。ロンメルトの顔をじっと見つめ、それから隣にいた従者のお爺さんを見る。その従者はロンメルトを知っているのか無言で頷くと、お姫様の目にみるみる涙が溜まっていった。
「お兄様……会いたかった。ああ、なんて凛々しいお顔。間違いない、私のお兄様!」
お前その辺の兵士にも同じこと言ってただろ、と多分この場にいた全員が思っただろうが、つっこむヤツは1人もいなかった。セレフォルン軍は空気の読める兵士で構成されているようだ。
「妹よ、大きくなったな」
「お兄様は私を知っていたのですか? 私はつい先日聞かされたばかりなのに」
「そなたのお披露目の祝祭にこっそり行っておったのだ。やはり気になったのでな。もっとも、まだろくに歩けもしない幼いそなたを見ると同時に、衛兵に見つかって帝都から放り出されてしまったがな」
その言葉にお姫様がキッっと従者を睨みつけた。従者の「私のせいじゃない!」という心の声が聞こえてくるような気がした。
このお姫様は見た感じ15才くらいだから、当時のロンメルトはおよそ5、6才。きっとマクリル先生が妹を見せてあげようと連れて行ったんだろうな。
「でもやっと会えましたお兄様。さぁシャロンを抱きしめてくださいまし……ハッ! その前に先ほどお兄様に成りすまそうとした不届き者に罰を与えなければ!」
「おいおい待て待て! お前が勝手に勘違いしたんだろうが!」
打って変わったすごい形相でさっきの兵士を探そうとするものだから、慌てて止めに入ってしまった。
「お、お前!? ガルディアス帝国が第一王女である私を『お前』だなんて--ぎょわあああーーーーーーーーーー!!?」
言葉遣いに激怒したかと思ったら、振り返って俺の顔を見た途端にお姫様がお姫様らしからぬ悲鳴を上げた。え? 俺の顔なにか付いてる?
「助けて、お兄様!! 私見ましたの! この男は何百人というガルディアス兵を無情にも地の底に引きずり込んだ悪魔よ!!」
「いや、あいつらバッタみたいにぴょんぴょん出てきたから大体無事だけど?」
「お黙りなさい! さあお兄様、その太くてたくましい剣であの男を貫いて!!」
「お前その言い方二度とするなよ」
気づかないのかお姫様。自分が今なにを言ってしまったのか。この場の空気が一瞬にして薄ら寒いものに変わり、後ろで治療をしていた智世の目が純粋無垢な子供のようにキラキラ輝いている原因が何なのかを。
お姫様は小首を傾げていた。ダメだ、まるでわかっちゃいない。
「シャロン王女、姫様、どうか……このジイに免じてどうか大人しくしてくださいませ」
「何を言うの! あの男はガルディアスの兵士達を虐殺した上に、私に無礼な口をきいたのよ!?」
「なればこそ、不興を買ってはいけないとご理解くださいませ。それにあの人物が姫様にどんな言葉を投げかけようと、それは無礼には当たりません」
ようやく自分が危険物に触れていたことに気づいたお姫様が、森でクマさんと目が合ったかのようにジリジリと後ずさってロンメルトの後ろに隠れた。そこまで怖がられるとむしろ傷つくぞ。
そしてちょっと嫌な予感がしたのか、おそるおそる従者にたずねた。
「それは、どうしてかしら?」
「敵国の将に敬称をつけることは不自然なことですが、この場合は仕方ありますまい。間違いございません、この御方こそは偉大なる魔導師が1人、深蒼のオリジン様でございましょう」
「うむ、相違ない。紹介しよう、我が友でありセレフォルン王国のオリジン……ユートである」
「どうもよろしく」
一応挨拶して手を振ってみたけど、返っては来なかった。どうもそれどころではないらしい。
「ジイ、どうしよう。私とんでもない暴言を吐いたような気がするわ……」
「はい、それはもう。最大の暴言は姫様の理解できない部分でございましたが」
「別にいいよ? 口の利き方なんてなんでも」
俺の発言内容に驚いたのか、それとも会話を聞かれていたことに驚いたのか、姫と従者がビックリしてこっちを見た。
「昔のオリジンが偉いのは、餓獣を撃退して人類を救ったからだろ? 俺は別に人類を救ってないんだから、魔力が多いだけの一般人だよ」
「餓獣王をことごとく撃破した一般人であるがな」
いやいや、世界を救った方々に比べれば小さい小さい。唯一英雄譚として語れそうなのはアガレスロックの撃退だけど、あの時は意識が無かったから全然誇れないんだよな。今でも王都の大通りなんかを歩いていると感謝されたりするんだけど、他人の手柄を横取りしたような気分になるんだ。
天帝フルフシエルは、まあ放っておいても迷宮塔からは出てこれなかっただろうし、海王フォカロルマーレは弱体化してたし。ほら、大して誰も救ってない。
「そう、そうよね。私達が崇めているのはあくまで1200年前のオリジンだものね」
「姫様、本人の許しがあるとはいえ、ほどほどに」
「わかっているわ。じゃあ、ええと……ユート、様? 1つお聞きになってよろしいかしら?」
一回呼び捨てにしようとしてビビったな。おどおどしながらもお姫様であろうと努めるシャロンは、おそるおそる俺の後ろを指差した。
「あの森は何かしら? 先程からお話している間にも少しずつ木が増えて……あっという間に立派な森になってしまったのだけれど」
「あ? ああ、あれか。ほら、戦場になったせいで元々あった森が無くなっちゃっただろ? それを直すついでに木の実で捕虜の分の食料確保をと思って頼んだんだ」
「いえ、理由を聞いたのではなく、手段を聞いたのだけれど。えぇ……できて当たり前なの? 私が間違っているの?」
ああ、そっち。そりゃ驚くよな。荒地が見る見る内に森に変わってしまったんだから。
するとその問題の森から琴音がやってきた。その手にはたくさんの果物が抱えられている。うまく育ったみたいだな。
「やったよ悠斗くん。豊作だよぉ!」
数か月前がウソのように元気を取り戻した琴音が駆け寄ってきた。その手にあった果物を近くにいたセレフォルン兵に渡すと、兵士達はぞろぞろと森へと向かって行った。収穫、がんばってください。
「頼んだって……まさか、あの子が? そ、そういえばさっきの戦でも何か大きな木が動いていたような……」
「うむ。余の恩人でもある常緑のオリジン、コトネである」
伝説の魔導師の二人目がごく普通に登場したことに驚いたのか、シャロンは慌てて琴音とも距離を取ろうとして……転んでしまった。
「イタッ!? あ、ああ、血が。手から血が……痛い、痛いよぅ」
も、もしかしてケガをするの初めて? いや、さすがにそれは無いよな。いくら箱入りのお姫様だとしても、家の中でだってケガくらいはするだろ。……でもものすごく久しぶりなのか、ちょっと擦りむいたくらいなのに見てるこっちがビックリするくらいショックを受けている。
「お、おい智世! こっち来てくれ!」
本当にツバをつけてれば治るってくらいの掠り傷だけど、さめざめと泣く女の子に焦ってしまった。俺がケガさせた訳でもないのにこの罪悪感はなんなんだ。もうさっさと治してしまってくれ。
「生の卵」
さすがの智世も泣きじゃくる少女の手に生卵を叩き付けることはできなかったようだ。いや、やらなくて本当に良かったよ。最近慣れてきてしまってるけど、初めてだと普通に衝撃的だからな、傷口に生卵。
っていうか智世のEXアーツってそんな名前だったっけな。ずっと生卵生卵言ってたから完全に忘れてたや。
「ケ、ケガが治った? こんな魔法聞いたことがないわ。貴女いったい……」
「ボクの名を聞くか。いいだろう、君とはいい酒が飲めそうだし教えてあげる」
いや飲むな未成年。
「ボクの名は赤巻 智世。世界を智る者にして、生命を支配する者。鮮血のオリジンとはボクの事だ」
「…………きゅぅ」
あ、気絶した。ロンメルトがすばやく受け止めて従者に引き渡す。自分で抱えてやれよ、お前の妹だろ。
しかし人間って本当にショックで気絶するんだな。
「とりあえず……城に連れていくか」
捕虜としてだけど。作戦は成功ってことにしておこう。