影話・生き別れの
「どうしてララちゃんと話してはいけないの?」
それは貴女様が高貴なる者だからです。市井の者と関わり合ってはなりません。
「どうしてルディちゃんと遊んではいけないの?」
それは貴女様が偉大なるオリジンの血を色濃く受け継いでおられるからです。あのようなノーナンバー、同じ空気を吸う事さえ汚らわしい。
「どうしてミレイアさんに会ってはいけないの?」
それはあの者がロクな魔法も使えない下級兵の妻となったからです。そんな愚かな考えを持つ者が貴女様に近づくなど言語道断でございます。
「どうして--」
それは--
……
「どうしてお兄様に会いに行ってはいけないの!?」
「何度でも言いましょう! それは今が戦時であり、あの男がいるのがその戦争の相手、セレフォルン王国だからです!! それにあの男はノーナン……」
「このガルディアス帝国の王子を『あの男』とは何事よ!!」
長い真紅の髪を振り乱しながら、ガルディアス帝国の王城その一室で彼女は長年の従者と言い争っていた。
純白のきらびやかなドレスが崩れることも気にせず食って掛かる少女に、従者の老人はタジタジだ。
「ぐ……ロンメルト王子はノーナンバーでございます。それゆえ、あの反逆者マクリルが連れ去った折に王位継承権も剥奪されております。あの者はもはや王族ではございません」
「ノーナンバーであろうと、追放されていようと、兄よ! 妹が兄に会いたいと思う事の何がおかしいというの!?」
「しかしですなぁ……」
従者は困り果てていた。どうしてこんなことになってしまったのか。
真紅の髪の少女……ガルディアス帝国第1王女、シャロン・F・ガルディアスは今年で15になり、無事成人を果たした。その美貌に加え、彼女の夫となる者が次のガルディアス王ということもあり、成人前から求婚する者が後を絶たない、まごう事なきお姫様だ。
子供の頃からわがままらしいわがままも言わない、よくできた子だと評判だった。そんな彼女がわがままを通り越した無茶を言っている理由は、先日とある貴族からの報告の中にあった。
セレフォルン軍の中にロンメルト王子の姿あり。
世間にはガルディアス王には娘が1人いるだけ、と伝えられている。本当は男児がいた、というのは20年前に王城で働いていた者達だけが知る秘密であり、王女であるシャロンさえも知らされていなかった。
「私にお兄様がいたなんて……」
会いたい。会って話をしたい。
そんなシャロンの要望はしかし、従者によって今も阻まれている。
「戦争真っ只中の敵国に王女がのこのこ出向いてはどんな目に遭わされることか、考えてごらんなさい!」
「話せばわかってくれるはずよ。こんな野蛮な国とは違ってね」
「なっ……何という事を!? シャロン王女といえど今の発言は許されませんぞ! いや、王女だからこそ許されません!!」
それがどうした、とシャロンは鼻で笑った。
ずっと言いなりだった。遊ぶなと言われれば遊ばなかったし、会うなと言われれば会わなかった。何人もの友達を裏切っては、素直ないい子のお姫様を演じてきた。
それはひとえに自分を守ってくれる人がいなかったからだ。ガルディアス帝国……その頭である父親。それに逆らえば自分の居場所がなくなることを本能的に感じていたからだ。
だけど自分には兄がいた。守ってくれるかもしれない人がいた。それを確かめるためにも、シャロンはロンメルトに会わなければならなかった。そして守ってくれるのなら、こんな国を出たいと願っていた。
シャロンはガルディアス帝国という国が嫌いだった。
「そんなに兄に会いたいか?」
「か、は……皇帝陛下」
突然現れた巨大な存在感に、従者の体が崩れ落ちそうになる。
これ以上ロンメルトの話が広まるまいと個室の扉を閉めて話していたのだが、その扉の向こう側にどうやらガルディアス王ウルスラグナがいるようだった。壁越しに立っているだけだというのに跪きそうになる足を叩きながら、従者の老人は言葉を選ぶ。
「もうしわけございません、皇帝陛下。私めが必ず説得いたしますので……」
「よい」
「は? と、言いますと」
「明日出る軍に組み込んでおこう。その娘も我がガルディアスの血族ならば、そろそろ戦場を経験しておくべきであろう。行ってまいれ」
シャロンは叫ぼうとした。違う、戦争に行きたいんじゃない。ただ兄に会いに行きたいだけだ、と。だがその有無も言わさぬ雰囲気によって、無理矢理その言葉を飲み込むことになった。
だが、とシャロンは思う。少なくともこれでセレフォルン王国に入ることはできるのだ。あとは何とかなるんじゃないか、と安易な計画を頭の中で立て始めた。
「な、ならばせめて鐵のオリジン様の同行を! 勇猛なるガルディアス軍が負けるなどとは夢にも思っておりませんが、万が一のことがあっては--」
「ヤツは動かん。まだ食い頃ではないのだそうだ」
鐵のオリジン、ゲンサイ。
開戦を扇動しておきながら、3ヶ月の間まったく戦場に行こうとしない。そのおかげでガルディアス軍には少なくない被害が出ており、民衆の不満は溜まる一方だった。もっとも、偉大なる魔導師に文句を言おうなどという無謀な人間は一人もいないが。
「しかし--」
「ワシは『行け』と言ったのだ」
プレッシャーが増し、もう老骨の従者は気を失って床に倒れた。直接向けられたわけでもないシャロンもまた、冷や汗を流して扉を見つめる。
時に討伐者として、時に一軍の将として常に最前線で戦いつづけた戦王は、老いてもなおゲンサイを除けばガルディアス帝国最強の戦士だ。その威圧は生半可の者では意識を保つことさえ難しい。
当然逆らうことなどできず、そもそも逆らう気もなく、シャロンはセレフォルン王国へと向けて4000の兵と共に浮遊船へと乗り込んだ。
そして数日後。
ガルディアス軍はセレフォルン軍の前に惨敗した。
インフルエンザにかかったかも・・・