俺はもう躊躇なんかしない
「な、なんだこの男!?」
「飛んできた!?」
浮遊船の上に降り立った俺に、乗組員でもあるガルディアス兵が驚き、それでもすぐさま取り囲むために動き出した。よく訓練されていることが見てとれる。その訓練の成果がこの地獄というわけか。
「これだけのことをしたんだ、覚悟はできているんだろうな……」
「ふん、セレフォルンの者か。たった1人で乗り込んでよく吼えた。やれ!」
取り囲んだ兵士達は二列に並んでいて、手前の列の兵が剣を抜き、後ろの列の兵がEXアーツを輝かせる。そして号令と共にいくつもの魔法が発射された。それが俺に力を与えるとも知らずに。
「理を喰らう鳥!!」
左手をかざすと、俺の前にジルが飛び出し全ての魔法を喰らい尽くす。同時に魔法を失った後列の魔法兵が力なく崩れ落ちた。初めてかつ不意打ちで力を奪われるのはかなり堪えるらしい。
「魔法が……!? なんだコイツ、なんの属性だ!」
そんなことを悠長に考えていられるとでも思っているのか?
「返してやれ、ジル」
ピイ、と一声鳴き、ジルが今食べた魔法を全て吐き出す。それらは時間を巻き戻すように元の持ち主に向かって飛んで行った。炎を飛ばしたヤツには炎を、雷を飛ばしたヤツには雷を。ろくな魔法も使えない前列の兵士に防ぐことができるはずもなく、急激な虚無感に襲われて座り込んでいた魔法兵達は自分の魔法を受けて吹き飛んだ。
「バ、バカな……。空間属性? いや、しかしあんなEXアーツは聞いたことが無い。まさか!!?」
指揮を執っていた兵士が信じられないモノを見るような目で俺を見る。そして不敵な笑みを浮かべた。
「そうか、お前が……お前が深蒼のオリジンか。くく、いいのか? 今までセレフォルン王国はお前達とは無関係だと言っていたというのに、ここで我々と敵対すれば……」
「それがどうした」
船の下を見る。火は消えたが煙がまだ燻っているし、智世が頑張っているはずなのに倒れたままの人間はかなり多い。この光景を、俺は一生忘れないだろう。
「こんなもんを見過ごすくらいなら、戦争でも何でもやってやる!!」
「鐵のオリジンの言葉を思い出せ! オリジンなど魔力が多い以外は普通の人間だ、潰せぇっ!!!」
剣を構えた兵士が船から落下する危険もいとわず俺の後ろに回り込んだ。360度を敵に囲まれ、四方八方から攻撃が飛んでくる。
俺が攻撃を防ぐにはEXアーツであるジルが必要だと思っているんだろう。だけど根本的に間違っている。防ぐ必要なんて、無い。
「世界が命じる、風! 吹き飛べ!!」
俺を中心に突風が吹き荒れ、取り囲んでいた兵士達が無様に翻弄されて宙に投げ出される。ほとんどの兵士が船の手すりやマストに叩き付けられて気絶していく中、1人の兵士が船の外に放り出された。
(あ……)
なんの罪も無い村人を一方的に虐殺した兵士だ。死ね、死んでしまえばいい。当然の報いだ。どうせこの船はこれから叩き落す。乗組員はもちろん全員死ぬ。1人だって許してやる気なんか無い。
そんな怨嗟の声を頭の中に響かせながら戦っていた筈なのに、泣きそうな顔でどこにも届かない手を空中に伸ばすガルディアス兵から目が離せなかった。それどころかその手を掴もうと腕を動かしてしまい……。
「死ねええええええええええええええええ!!」
「しまっ!?」
俺はバカか! 殺し合いの最中に、殺すべき敵を気にかけて隙を作るなんて!
声に振り返ると、剣を握った指揮官がその切っ先を俺の背中に向けて突貫してくるところだった。その距離はもうほんの数歩分しかない。剣の達人でもなんでもない俺には、この距離からの回避も防御も間に合わない。
ダメだ、どうにもならない。……死ぬ?
「みぎゃあっ!!」
ギンッと鈍い音が響き、砂色の小さな体が宙を舞う。
「オル君!!!」
俺を庇ったのか!?
障害物によってズレた切っ先は俺の脇腹辺りをかすめ、空を切った。
腰の剣を抜き、下から指揮官の剣を弾き飛ばす。振り上げた剣をそのまま振り下ろせば、この指揮官は呆気なくその命を散らすだろう。剣を握る手に力が入る。
「そんな顔をしても、俺はもう躊躇なんかしない」
まっすぐ剣を振り下ろす。
肉の感触は本当に切れたのか疑うほどに軽く、骨は思った以上に固かった。一瞬だけそんな感想が浮かび、そしてそれ以上考えることをやめた。
「……オル君は」
転がっていった方向の甲板を探すと、その姿は直ぐに見つかった。
「は、はは。そういえばリリアが言ってたっけ」
オル君は剣が当たった辺りの鱗をしきりに気にしながら、甲板の上でコロコロ転がっていた。どうやら自分の背中を見ようとして苦労しているみたいだ。
「オル君が俺の魔力の影響を強く受けてるって話だったな」
オル君の鱗に剣を弾き飛ばすような防御力はもちろん無い。だけど剣が当たっただろうオル君の背中には、うっすらと傷のようなものが見えないでもない程度にしか傷ついていなかった。
迷宮都市にいた時、体調の悪いオル君を見てリリアが言った。魔力が無い世界から来た生物が魔導師と一緒にいるせいで魔力に当てられているのだと。そのうち馴染むだろう、と。
そもそもどうして気づかなかったのか。オリジン以外は渡れないはずの異世界に、オル君がこうして来ているという事に。いつの間にか、俺達は本当に一心同体のようになっていたんだな。
どうやらオル君はとんでもない防御力を手に入れたようだ。どこまでも自衛優先なのが実にオル君らしい。アーマーを手に入れたということは、あとは「サンド」を手に入れればサンドアーマードラゴンの完成だ。ウソが本当になる時は近いかもしれない。
「みぎゃ?」
「ありがとうな、オル君。また命を救われたよ」
なにより生きていてくれて本当に良かった。オル君が死んでいたらと思うと背筋が寒くなる。敵を気にして大事な相棒を失った日には、きっと琴音以上の絶望に叩き落されていたことだろう。
それに、おかげで覚悟も決まった。
俺の力はこの世界の人間とは隔絶している。生かすも殺すも自由、といっても過言じゃない。これからも何度も選択を求められるだろう。その時、生かすことを選ぶにも、殺すことを選ぶにも、俺はもう躊躇しない。
「帰ろうか」
「ぎゃう」
一応船の中を見て回ったが、もう特に用は無い。
オル君を頭に乗せ、風を纏って船から飛び降りる。
背後ではジルの放った電撃によって浮遊船が砕け散り、炎上しながら墜落していく。意識の残っていた人間や操縦するために戦闘に参加していなかった乗組員の悲鳴が響いた。
「おおお……なんという、この悪魔め」
そう言ったのは俺の右手に首根っこを掴まれている豪華な服装の男。
皆殺しにしてしまうと話が聞けないので適当に誰か捕まえようと思った時に、やけに偉そうな恰好の男が飛び出してきたのでお持ち帰りすることにしたのだ。
2人も3人も要らない。ただでさえ村があんな状態で大変なのに、その元凶を何人も連れて行く気は無いのだ。戦争の先駆けのような真似をしておいて何も知らない乗組員なんているはずがないのだから、事情聴取にはこの偉そうなの1人で十分だろう。
風のクッションを受けながら地上に着地する。ほとんど同時に浮遊船は山にぶつかり、バラバラになって燃え落ちた。
「悠斗くん……」
「琴音。お前の気持ち、ちょっと分かったよ」
出迎えてくれた琴音は、悲しそうな顔で俺を見た。激情に駆られて人を殺した俺が自分と同じようになることを危惧しているのか。
だけどその心配は無用だ。むしろ心配なのは琴音の方。
「その上で言うよ。迷いがあるなら戦場になんか出るな。また悲しい思いをするだけだ」
時間をかけて答えを見つければいいと思っていた。でももうその時間は無い。ガルディアス帝国は容赦無く攻めて来るんだ。そこで流されて何も定まらないまま戦場に向かえば、きっと琴音はまた苦しむ。
だからといって、出るなと言って納得する琴音ではないし、きっと戦いの中で琴音の力が必要になる時がくる。琴音を温存することで助かる命が助からないという場面は必ず出て来るはずだ。
「俺は決めたぞ。もしこの国の人を守るために戦うのなら、お前も早く決めろ」
答えを、覚悟を。
琴音が俺から目を外し、煙の燻る真っ黒に燃えてしまった村を見た。琴音が考えていることは何となくわかる。戦わなければこんな虐殺が繰り返されると思っているんだろう。
リリアの未来視で、俺達は「鐵のオリジン」に敗北するとされている。その未来が変わるかどうかはまだ分からないけど、俺達が抜ければ敗北の未来はより確定したものになる。それはつまり、この村の惨状がそのままセレフォルン王国に降りかかるということだ。
「まだ、わからないよ……。私は悠斗君みたいに割り切れない。でも、戦うよ。苦しくても、私は戦う」
そうか、琴音と俺とじゃ戦う理由が違ったんだな。
琴音は恩と義理と責任からセレフォルン王国の人々を守るために戦うんだ。そして俺は、理不尽な暴力への怒りで戦う。最初はアルスティナやケイツ、アンナさん、リリアを見捨てるなんてできないなんて理由だったけど、今はもう誰かの為だけじゃない。俺は俺の意志で、この理不尽を許せない。
空を見上げる。
そこには新たに山を越えて現れた3隻の浮遊船が浮かんでいた。
そうだよな、敵国に攻め込むのに1隻だけの訳がないよな。いいだろう、何隻でも来い。1つ残らず叩き落してやる。
隣を見れば琴音も自分のEXアーツを取り出して浮遊船を睨みつけていた。
仲間達が俺達のもとに駆け寄ってくる。
ロンメルトが苦々しい表情で母国の船を見上げながら大剣の柄を握り、ユリウスは空を飛べる餓獣を呼び出す。全員の治療を終えたのか智世もやって来た。
更に二隻増えた浮遊船を見上げる。
絶望なんて、してやるものか。
第一部、完