俺達の冒険はここからだ
準備を整えるために、一旦スフィーダの家に戻ってきた。琴音と智世もチェルカの家に向かっている。
「遭難した場合に備えて保存食なんかも持っていった方がいいかな?」
「平気だよアニキ。この辺の山はオレの庭みたいなもんさ!」
へぇ、山の近くに住んでいる子供って本当に山で遊んだりするんだな。近すぎて逆に無関心なイメージがあった。ほら、観光地の地元民はあんまりその観光地には行かないって話を聞いたことがあったから。それとこれとじゃちょっと違うか?
「万が一迷ったとしても、ジルに上空から見て貰えばいいんだし……じゃあいらないな」
上から見れるって便利だ。日本にいた頃にジルを呼び出せていればと思わずにはいられない。
しかしそうなると特に新しく買いそろえる物もないし、装備の確認も済んだ。よし、こんなもんだろ。
準備を整えて家を出ようとした時、トテテッと可愛らしい足音が響いた。やってきたのはスフィータの妹、チッタだった。何度も直した跡のあるお気に入りのポンチョに身を包んだちっちゃなサイドテールを歩く度にぴょこぴょこさせている。
「おにーたん、どーかいくの?」
「おう! にーちゃんはアニキ達と一緒に悪いドラゴンをやっつけに行くんだぜ!」
やっつけるだなんて、とんでもない! 4才の子供に向けた言葉とはいえ、思わず叫んで否定しそうになった。それにドラゴンまだ悪い事してないし。
「おにーたん、えほんのゆーしゃさまみたい!」
勇者か。この世界で勇者といえば「聖剣の勇者」しかいない。ガガンの目標でもあるミスリルでできた最強の剣を持って、凶悪な餓獣をバッタバッタと倒して人々を救うお話だ。当然ドラゴンとも戦っている。
「へっへへ、そうだろ? 兄ちゃんはすごいんだぞ」
君のお兄ちゃんはドラゴンなんて無理ーって俺達に泣きついたんだよ。
「ホントに気をつけるんだよ? 仲間が強いからって自分も強くなった気でいたらすぐ死んじまうよ?」
「わかってるって昨日から言ってるだろ! しつこいな母ちゃんは!!」
「しつこいとはなんだい! アンタはすぐ調子にのるから注意してやってんだろうに!」
「だからぁ--」
見送りにやってきた母親の言葉に噛みつくスフィーダ。まだ反抗期なのか? しばらく続くかな、と思っていた戦いは、チッタの泣き声であっという間に終息した。「けんかしちゃヤー」と言うと途端にわたわたと慰める2人。まさに鶴の一声だ。
「じゃ、じゃあ兄ちゃん行ってくるからな! 帰ったらお話してやるから楽しみにしてろよ! 行こうぜアニキ」
「いってらったーい! アニキお兄たんもがんばれー」
元気よく手を振るチッタちゃんに手を振り返して家を出る。スフィーダがアニキアニキ呼ぶから、すっかり俺の名前が「アニキ」になってしまったな。
待ち合わせ場所である村の入口に行くと、すでに女性陣が準備を整えて待っていた。
「遅いよ、スフィ」
「んだよ。女の準備は時間がかかるからゆっくり来たんじゃんかよ」
「私以外に女の子の友達なんていないくせに」
やめてあげて、お年頃なんだよ! 女ってやつは--って言いたかっただけなんだよ、きっと!
「ふはははは、正直に申せばよいであろう。母上と言い争っていたとな!」
「兄ちゃん!?」
「ああ、また? オバサンこの間ぼやいてたよ、アイツの反抗期長いって」
「う、うっさいな! ほっとけよ!!」
スフィーダぼっこぼこだな。女の子の方が早熟だというし、一足早く大人になった分、男の子はアホに見えるんだろうな。まあ中にはいつまでも厨二病をこじらせている奴もいるけど。……もしかして俺も周りからアホだと思われてたりするんだろうか? いや、俺はドラゴンが好きなだけの普通の高校生だよな、最近学校行ってないけど。
「こんなヤツ放っておいて行きましょう。早く行って早く帰らないと、夜の山は危険ですから」
だな。夜行性の獣はもちろん、目の前に崖があっても暗闇の中では気づかない可能性がある。過剰なくらい早く帰るのが安全だ。
「この範囲だ、全員固まって行動してたんじゃいつまで経っても終わらない。チーム分けをしよう」
「え!? でもお兄さん、それは危なくないですか? 野犬もいますし、奥に行けば餓獣もいるんですよ?」
「国の見張りがいないってことは、Sランクはいないんだろ? ドラゴンに遭遇したとしても時間稼ぎができるくらいの戦力分けはするから大丈夫だよ。各チーム、一定距離で並んでまっすぐ山を進む。何かあったら合図を出して、すぐに集合だ。とりあえずは村から日帰りで行ける範囲をくまなく探していこう」
そしてチームはロンメルト達とも相談して3つに分けられた。ロンメルト、チェルカ、スフィーダの「師弟」チーム。琴音、智世、ユリウスの「女子高生とそのペット」チーム……それでいいのかユリウス。そして最後に俺、ジル、オル君の「ユートと愉快な仲間達」チーム。
「全部3人ずつと見せかけて俺だけボッチじゃん」
「相棒なのであろう?」
そうだけど! そうだけど楽しいおしゃべりとかはできないんだよ! くそぉ、これじゃ日本にいた時と大して変わらないじゃないか。小鳥が一匹増えただけだよ。長年の夢『友達とドラゴン探索』が叶うかと思ったのに。
「じゃあ私がお兄さんのチームに入りましょうか?」
「そうはいかんのだ。仮にドラゴンと遭遇したとして、余が抑えている間に他の餓獣に襲われた場合、お主らのどちらか1人だけで対処できる保証が無いであろう?」
残念ながらロンメルトの言う通りだ。不測の事態なども考慮して、これがベスト。女子高生とそのペットチームもドラゴンはユリウスか琴音のどちらかが抑えて、どちらかが他の危険に備える形になる。そして俺は1人でも問題ない。
仕方ないな。すぐ近くで一緒に探索しているんだということで納得しておこう。
「ちょっと待ってくれよ。しれっと師匠が戦える前提になってるけど、大丈夫なのかよ?」
「ふはははは、そういえばまだ言っておらんかったな。鎧の修理が終わったからには以前のような醜態は晒さん! 大船に乗ったつもりでついてまいれ! もっとも余は超船であるがな!! ふははははは!!」
アシストアーマが直った時のテンションがまだ残っていたのか。ブウンと大剣を抜き放ち、凄まじい膂力で近くに生えていた人間4人分の太さの木の叩き折った。どうだ! とばかりの顔をしたロンメルトにチェルカと琴音の鋭い視線が刺さる。
「村の大事な資源を無意味に壊さないでください。その木、ちゃんと持って帰ってもらいますからね?」
「ロン君、植物をいじめないで」
チェルカはもちろん、欝々とした状態からの琴音の言葉は、普段の彼女からは想像もできないくらい剣呑としていて、ロンメルトは震えあがってコクコクと頷いた。ただでさえロンメルトは琴音に頭が上がらないからなぁ。
「じゃあルートを決めよう。琴音、上から見たいんだけど頼めるか?」
「え? アニキ、地図は俺が持ってるんだぜ?」
「いや、肉眼で見たほうが早いだろ?」
首を傾げるスフィーダをしり目に、琴音が俺達の足下に種を植えて水を撒く。するとメキメキと急成長し、俺達を乗せてぐんぐん上へと伸びていった。
「す、すげええええええええええええええええええ!!!」
スフィーダが興奮し、チェルカが呆然と眼下の森を見下ろす。
さっきロンメルトが斬った木に怒ったように、植物は村の生命線だ。家を建てるのにも、火を起こすにも木が必要で、食べるためにも税を払うためにも畑は命同然。それをかんがみれば言葉を失うのも無理は無い。
「こんな魔法があるなんて……」
俺の魔法は戦うだけしか能が無い。逆に琴音の魔法は戦闘ではイマイチでも日常生活においては最強だ。王都ではその魔法で食料問題解決に貢献し、深蒼のオリジンは知らなくても常緑のオリジンは知っているって人の方が多いくらいだ。迷宮都市では俺の方が有名なんだけどな。
最近は智世もいろんな人のケガを治したことで評価が上がっているし、実は王都では俺って微妙なんだよなぁ。
それはさておき、これで森全体を上から見れる。
「そうだな、あそこの森から突き出た岩で一度集合しようか」
「うむ。そこから全員で別ルートを探索しながら戻れば、良い時間に村へと戻れそうであるな」
そのまま3チームのルートを決めて、木を降りる。登る時は上に乗っていけるから楽なんだけど、降りる時は普通に木をよじよじ伝って行くか、ふわふわ植物を下に植えて飛び降りるか。チェルカとスフィーダはよじよじを選んだ。
さあ、行くか。俺達の冒険はここからだ。