私は、やるよ
「おっどれーただぁよ! いきなぁ暗ぅなっと思っと上さ見上げとーでっげぇ魚だぁオラのてっぺん泳いどーよ!!」
何語だ。
この村特有の方言、じゃない。その証拠にチェルカとスフィーダはもちろん、昨日泊めてもらった彼の家の人--御両親と4才ほどの妹さん--は全く普通の話し方だった。おかしいのはこの人だけだ。
「おめーさんら強ぇーんだって? ほんに頼むよぉ。オラ、おっとろしゅうて山ー行けんでよぉ」
「わ、わかりました。しっかり調べてきますし、本当に危険な生物がいるようなら倒してきますから」
「頼んだどー!」
ぶんぶん手を振りまわす目撃者のオジサンに見送られる。
声が届かない距離まで離れた所で、隣にいた智世がポツリと呟いた。
「どこの方言」
「どこだろうな。日本の方言でいうと……かなり無茶苦茶だったし」
日本にいた頃からドラゴンを探して山奥に入り込んでいた俺は、必然的に田舎に行くことが多く、方言を聞く機会も多かったけど……あのオジサンの話し方はやっぱり無茶苦茶だ。というか滑舌が悪いだけなんじゃないだろうか?
「あはは……すみません。ジェームズさんってば昔からあんな感じでして。生まれも育ちもホクム村のはずなんですけど」
まさかのオリジナルだった。
「いや、気にしてないよ。むしろ好感を持てるくらいだな。村ってのは排他的になりやすいのに、その中であれだけ人懐っこい笑顔になれるんだからな。それを考えれば話し方なんて問題にならないよ」
長時間話そうとは思わないけどな。耳に全神経を集中させるように聞いていたからか、妙に疲れた。
「けど。あれじゃ細かい場所まではわっかんねーよな」
難しい顔をしてスフィーダが唸った。
木こりのジェームズさん(38歳独身、彼女募集中)の話はこうだ。
とても天気のいい日のこと、いつものように木を切っていたら急に周りが暗くなり、何事かと空を見上げてみると、ちょっとした丘が覆い隠されてしまいそうなくらい大きい、魚のような形の影が上空を飛んでいたのだとか。
「目撃した場所が『空』ではな」
一応、山脈のどの辺りで見たのかという情報は聞いておいたけれど、空を飛んで移動している最中を目撃したんだから、当然とっくにどこかへ飛んで行ってしまっている。
せめてどっちの方角に飛んで行っただとか、あわよくば降りて行く所を見ていてくれれば探しようもあったんだけど、本人曰く「〇玉が縮み上がるくらいおったまげて逃げてしまったため何も分からない」とのことだった。
「我が闇の力で山ごと焼き払えば済む」
「ならアカシックレコードとやらでドラゴンに居場所を探してくれた方がたすかるんだけどなぁ」
「……むぐぅ」
バカは黙らせた。が、そのバカの意見もあながち間違いでもない。細かい場所が分からないなら全部。やってやろうじゃないか。
「よし、しらみつぶしのローラー作戦だな!」
明らかに全員が嫌そうな顔をした。智世、ちょっとずつ離れていっても逃がさないぞ。しかし確かに大変な作業だけど、ここまで引かれるとは思わなかった。
「おいおい、俺が日本でドラゴンを探していた時なんて、いるかどうかも分からない……っていうか十中八九いないのが分かりきってる状態で何日も探しまわってたんだぞ? その時と比べれば、いるかもしれないってだけで全然気楽じゃないか」
思い出す、苦労の連続。
足の裏が痛くて、ヒザも悲鳴を上げて、それでも草木を掻き分けてゴールの無い道なき道を歩き続け…………草むらをのぞき込むたびにドキドキして、洞窟を見つけた日には飛び跳ねそうになるくらいテンションが上がったものだ。
あれ? 思ったよりエンジョイしてた?
「やろうよ」
全員がバッと振り返った。
「村の人が怖がってるんだよね? 私は、やるよ」
琴音だった。元気を取り戻した--って雰囲気ではないけれど、ずっと下を向いたままだった顔を上げていた。
そうだ。琴音は以前、自分を庇って亡くなった兵士が守りたかったであろう人々を代わりに守るのだと戦争に参加えおりことも辞さない決意を見せた。セレフォルン王国の国民であり、かつ見殺しにしてしまった人と同じ「村人」が困っていると知って黙っていられなかったのだろう。
「ふ……ふははははははははは!!! コトネはやる気ならば、余が手を貸さぬわけにもいくまい! この程度の山の1つや2つまたたく間に走り抜け、山の向こう側まで探し尽くしてくれるわ!!」
すごい気合だ。勢い余って帰国しそうになっている。
ちなみにこの山脈、標高は4000メートルで、1700キロメートルに渡ってガルディアス帝国とセレフォルン王国を分断している超絶巨大山脈だ。最短距離で縦断しても、反対側のガルディアス帝国まではおよそ200キロメートルはある。
まあ本人がやると言っているんだから期待させてもらおう。
「…………」
ユリウスが『友達』を呼んで手伝わせる、とEXアーツの本を掲げて意思表示した。元々野山を駆け巡って生活していた奴らだ。おおいに活躍してくれることは間違いない。
「オ、オレだってやるさ! オレ達の村の問題なんだしな!」
「そうよね。村を助けるために帰ってきたんだもん……報酬は出ないけど」
この2人は最初からやるしかない組だ。でなければ村人からの冷ややかな視線が約束されている。え? 討伐者になったんだよね? なにしに帰ってきたの? ってな風にな。口には出さないだろうけど、微妙な空気になりそうだ。
「ふっふっふ。ボクは--」
「みんなの邪魔はするなよ?」
「待遇の改善を要求する」
だってお前、体力無いじゃん。こんな大きな山を何日も歩けるビジョンがまるで見えない。ツヴァイリングヴォルフ辺りの背中にでも乗っけておくから、そこで大人しくしていてくれればいいよ。
「ボクをしゃべる回復薬みたく扱うのはよした方がいい。この右腕の封印を解き放てばどうなるか……わかるだろう?」
「包帯で蒸れてスゴイ臭いがするんだろ?」
「キィェーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
止めろ! 生卵を投げてくるな!?
サル化した智世が次から次へとEXアーツの卵を連射してくる。それを止めたのは意外にも琴音だった。
「今までちゃんと話せなくて、ごめんなさい。10年前、あそこに私達と一緒にいた子だよね?」
「……覚えている。変わっていない。あの頃もアナタは、とても大人しかった」
「智世ちゃんはすごく変わったね。すごく元気で……ごめんね、私ももう少しで元気出すから」
「そう」
琴音がこんなに話したのは、再会してからの一週間で初めてのことだ。
声にも少し力が戻っていて、辛い事件や罪悪感などを引きずりながらも、なんとか前に進もうとしていることが分かる。
いい傾向だと思う。少なくとも、引きこもってうつむいているより、ずっといい。
顔を上げて、できることを頑張っていけば、きっといつか答えも見つかるかもしれない。
「じゃあとにかく山に行ってみるか。ここでいつまでも話してたってドラゴンは見つからないんだからな」
無理に急ぐ必要なんて無いんだ。ゆっくり探していこう。