冒険にでかけよう!
「殺……え?」
「迷宮都市からの帰りに立ち寄った村が野盗に襲われたのじゃよ。あの近くでは半年ほど前にガルディアス帝国との小競り合いがあったからのう。おそらくはその残党じゃろう」
ガルディアス帝国とセレフォルン王国の間には大きな山脈があって、なかなか攻めては来れない地形になっているというのは散々聞いてきた話だけど、攻めにくいというだけであって絶対に無理ということではないらしい。
建国以来1100年以上もの間ずっと仲の悪い両国は、山脈沿いにいくつもの拠点を構えており、それらの領地同士ではよく衝突しているのだとか。もちろん山を越えなくてはならないため大軍隊で攻め込んでくることは無いとはいえ、まぎれもない戦争だ。
そして戦いの後はどうしても近隣が荒れる。特に撤退するガルディアス軍に合流できずに取り残された兵士は、町に入ることもできず、自力で山を越えられるだけの準備もできず……野盗へと身を落とすという話だ。
「普通の野盗ならば餓獣にでも襲われて勝手にくたばるのじゃが、なまじ軍人というだけあって上手く生き残りよる」
そうして生き延びた残党が村を襲い、居合わせた琴音達が村の防衛に協力することになったらしい。その結果--
「コトネよ、それは気に病むようなことではないであろう? 同じガルディアスの者として恥ずかしいばかりだが、その者達はもはや人に害をなすだけの獣……餓獣よりなおタチの悪いケダモノであるぞ」
「んなことは俺達だって何度も言ってるっつの」
慰めの言葉をかけるロンメルトに、ケイツがお手上げだと言うように肩をすくめてみせた。すると琴音の口がゆっくりと動き出す。
「それだけじゃないよ……。私、最初は殺せなかった。やらなきゃダメってわかってたのに、どうしてもできなくて。そしたら村のオジサンが……私、私がちゃんとしなかったから」
嗚咽を交えながらの言葉は途切れ途切れで不明瞭だが、なんとなく伝わった。確認するようにリリアがその時の状況を語る。それはやっぱり、俺が思い描いた通りのモノだった。
「コトネが見逃した野盗が村の男を殺傷したのじゃよ。それに大きなショックを受けたコトネが魔法を暴走させてのう……野盗は皆殺し。村の者は、その男以外は全員無事じゃったがの」
なんの覚悟も決まってない状態で、感情のままに何人もの人間を殺してしまったのか。
場に沈痛な静けさが広まり、限界だったのか琴音が部屋を飛び出して行ってしまった。だけど誰もそれを追いかけない。追いかけられない。俺も、どういう言葉が正解なのか思い浮かぶ気さえしなかった。
「ううむ、わからん。敵を殺すのは当然であろう? 余も迷宮都市から故郷への道すがら、物盗りをしかけてきたチンピラを何人か仕留めておるぞ?」
「それは手が早すぎる気もするけど……俺達の国じゃ人が人を殺すなんて、頭のおかしいヤツの所業なんだよ。動物ですら殺すなんて有り得ないってくらいな」
「それでは肉が食えんではないか」
「肉は店で買うのが普通で、自分で獲るもんじゃないんだよ。命のやりとりなんて、そこらの民間人じゃ一生縁の無い話。下手すれば一生ケンカすらしたことが無い人間だっているくらい、徹底的に暴力が嫌われてるのが俺達の故郷、日本っていう国なんだ」
まあ俺は遭難した時とか、たまに自分で動物獲って食べてたけどさ。今更だけど、あれってバレたらまずかったんだろうか、法的に。
「なるほどのう。箱入り娘が突然人を殺せば、ああもなるじゃろう」
俺だって、覚悟ができてるかというと……自信無い。動物や、こっちの世界に来てからは餓獣なんかもたくさん殺してきたし、人が殺されるところも見たことがある。でもそれは琴音も同じだ。人を殺したことが無い俺も、琴音と同じようになる可能性は高い。覚悟なんて、実際にその時になってみなければ分からない。
「見殺しにしてしまった、という点も大きいのでしょう。これで一人の犠牲者もいないのであれば、まだ救いもあったのでしょうに」
「葉っぱのお姉ちゃん、苦しそう……」
そうだな。それならかける言葉もあった。琴音が殺さなければ、村人が死んでいたんだと。琴音は村を守った、良い事をしたんだと。けど実際は1人死なせている。それも琴音自身のミスで。
色んな気持ちでグチャグチャになっていそうだ。殺してしまった、見殺しにしてしまった罪悪感とか、後悔とか反省とか……。
どっちも経験したことのない俺には、慰める言葉が出てこない。出たとしても、きっとそれは薄っぺらだ。逆にケイツやロンメルト、リリアなどは達観しすぎていてダメだ。というか価値観が違いすぎる。敵は死ねって考え方だからな。
俺か智世、同じ日本人でなければ、琴音と同じ視線には立てないんだ。
「智世は……」
「無理」
「だよなぁ」
コイツは違う意味で命に関して達観してて価値観違うし、そもそも初対面の人間のメンタルケアしろっていうのも無茶ぶりだ。
「結局、自分で心の整理がつけられるまでそっとしておくしかないのか?」
「そうじゃのう。じゃが部屋に籠もっておっても思考が堂々巡りするだけじゃろうて。何か気分転換をさせてやりたいのじゃが」
気分転換か。琴音は植物が好きだし、そういうのが多い場所にでも……ってこの世界どこに行っても植物まみれだな。特にセレフォルンは。
「おお、それなら北に行ってみたらどうだ?」
ケイツが妙案だ、とばかりに手を叩いて提案してきた。
「何かあるのか?」
「少し前に報告が上がってきてたんだがな、王都を真っ直ぐ北に向かった辺りの村の奴が、ドラゴンを見たって騒いでたらしくてな」
「ドラゴン!!?」
「いや、それがな? ドラゴンってのは基本的にナワバリから動かないし、あの辺りには餓獣も原種もドラゴンは住んじゃいない筈なんだ。だから多分見間違いだろうが……調査がてら行ってみねーか?」
おおおおお!
見間違いかもって言うけど、仮にも元帥の所まで話が来てるってことは相当必死に訴えたってことだろう。よほどの自信がなければそこまでしないはずだ。
そして餓獣のドラゴンは軒並み怪物だ。最弱でもBランク以上……ナワバリ周辺には国の見張りがついているし、強力な餓獣の情報はたとえ敵国だろうと伝えなければならない。これは人類の存亡に関わることから3国の絶対ルールだ。つまりケイツが知らないということは、餓獣ドラゴンじゃない。
「原種か!」
「本当にドラゴンなら、な」
餓獣のドラゴンなんて、本物のドラゴンじゃない。俺は認めない。ドラゴンってのは偉大で雄大でなければならない。あんなヨダレだらっだらで本能のままに行動しているトカゲなんてドラゴンじゃない。いうなればドラゴンの形をした餓獣だ。
「よし! 琴音の気分転換がてら、冒険に出かけよう!!」
「コトネの気晴らしが目的じゃぞ? わかっとるのか小僧?」
「日本には一石二鳥という素晴らしい言葉があるんだよ!」
それに場合によってはドラゴンに怯える村を救うことになる。守るために敵を倒す。そういった戦いを何度も経験することで、琴音の気持ちも少しは落ち着くかもしれない。
誰もが救われる、いい冒険になりそうだ。
「というかケイツ元帥。これは軍の仕事でしょう?」
「い、いいじゃねーかよ。確認してもらうだけだぜ?」
慌てて言い訳をするケイツに、アンナさんがハァとため息を吐いた。
「まあユート様が楽しそうですので、お止めする気はございませんが……あなたの評価は下がりました。陛下、あのオシリの給料は下げてしまいましょう」
「おいいいいいいいい! 俺には24人の子供達を食わせる責任があるんだぞ!?」
1人増えてる!?
「なまじ面倒を見ているせいで、無責任と罵ることができぬ……ややこしいヤツじゃのう」