おかえりなさいませ、ユート様
城砦都市フォルトから王都アセレイまでは、あっという間の道のりだった。本来の予定ではカケドリに乗った状態で2、3日のところを、5日かけてゆっくりと向かった、にも関わらずあっという間としか感じられなかった理由は分かっている。
だってこれでスフィーダとチェルカとは別れることになるんだから。
二人は王都の北にあるホクムという名前の村出身らしく、王都に着いたその足で、そのまま北に向かうらしい。一泊くらいして行けばいいのにと言ってみたけど、王都は宿代が高いとチェルカが言った以上スフィーダに逆らう権限は無い。いち討伐者をホイホイと城に招くわけにもいかないしな。
そういう訳で少し時間をかけて師匠によるスフィーダの修行を行いつつ旅をした5日目の昼、とうとう王都へと到着した。
別れの時間だ。
だけど王都の北にはあまり大きな町は無いし、討伐者として本格的に活動するなら王都に来ることになる。そんな大層な別れにはならないだろう。
「じゃあ元気でな。王都に来たら顔見せに来いよ? まあドラゴン探しに行ってていないかもしれないけどさ」
「アニキも師匠も、またな!」
「おい、ボクを忘れるな」
「またご飯食べに行きましょうね」
「ふっははは。……今度は余が店を選ぶ。良いな? 絶対であるぞ?」
「鍛錬を欠かすでないぞぉーーーーーー!!」
「いや、もう聞こえないだろ」
見えなくなるまで手を振り続けていたスフィーダとチェルカを見送り、俺達もカケドリを騎獣屋に返却して王都への門をくぐる。結構久しぶりだったけど、顔パスで入れた。
「うぐぐ、すごい人……」
「まあ王都だからなぁ。後で案内してやるから、とりあえず先にお城に行くぞ?」
特に寄り道をすることもなく、真っ直ぐ王城を目指す。他国の王族がいるんだけど、マズイかな?
城門までくると門番の兵が俺達の前に進み出てきたが、俺の顔を見た途端にバッと道を開けて頭を下げてきた。
「こ、これはオリジン・ユート!? お待ちしておりました。すでにコトネ様がお着きになっております。どうぞお入りください」
「あー……なんて説明したらいいんだ?」
「今も未来もセレフォルン王国に害する気など無いのだ。ここでゴタつくこともあるまい」
それもそうか。女王様や元帥に紹介する時にでも言おう。
勝手知ったる城の中。半月以上も自分の家のように過ごしていたんだ、今更迷うことも無い。とはいえ当ても無くさまようのも何なので、文官らしい風貌の男性にアルスティナ女王の場所を聞いてみたところ、今の時間は執務室で仕事をしているだろうとの事だった。
ノックをすると、すぐに入室を促す声が返ってきた。この声は……アンナさんか。
「ただいまー」
「っ! おかえりなさいませ、ユート様」
驚いたような顔を一瞬で消し去り、メイドのアンナさんが完璧すぎるお辞儀を披露してくれた。その隣には二ヶ月以上ぶりに見るアルスティナ女王の姿が。久しぶりだからか、すこし大人びたような気がしないでもない。
「あ! 青いお兄ちゃんだ!!」
そうでもなかった。
「陛下、言葉遣いにはお気を付けください。もっと威厳を込めて、はい!」
「あう……ひ、久しいな、青いの」
「やりすぎです。確かに青いですが、オリジンです。そうですね、もう普通の敬語でよろしいでしょう。コトネ様の時に教えたように、はい!」
「ぇぇ……久しぶりですね、深蒼のオリジン様。無事のご帰還、うれしゅうです?」
「……ま、いいでしょう。いいですか?」
「いいよ」
これもう傀儡政権を疑われても否定できないな。まあアンナさんはそんな事する人じゃないけど。
「アンナ。元帥とババさ……魔女様。そしてコトネ様を呼んできてくなさい」
「惜しかったですよ陛下。あと一歩です。それでは呼んで参ります」
小さなガッツポーズで幼女王様を励まして、アンナさんが部屋を出た。スパルタ先生がいなくなったことで安心したのか、明らかにアルスティナの肩から力が抜けた。大変そうだな。
「元気にしてたか?」
「うん! お兄ちゃんは--」
「陛下。言葉遣いを」
「うみゃっ!?」
は、早い。もう呼んできたのか!? 20秒と経ってないんだが? でもアンナさんはスススっと定位置のようにアルスティナの隣を陣取っていて、再び出て行く気配は無い。相変わらずメイドのスペックを超越している。
「ボクの知ってるメイドと違う」
「余の知っておるメイドとも違う」
良かった。メイドはこれが標準では無かったみたいだ。メイドなら当たり前、みたいな顔をしているからちょっと不安だったんだ。
数分遅れてケイツ元帥がやってきた。別にすぐ近くの部屋にいたわけではないらしい。不思議だ、アンナさんは時属性じゃないはずなのに。
そして更に数分後、リリアと琴音がやってきた。ユリウスは? と思ったけど、それを聞く気にはなれなかった。琴音の様子がおかしいのだ。いつもの能天気な笑顔が消えていた。それは自分を庇って兵士が亡くなった時のよう……いや、もっとひどい。
「琴音?」
「悠斗くん……帰ってきたんだね」
「あ、ああ」
「コトネのことは後で話すのじゃ。久しいのう小僧。無事でなによりじゃ」
意気消沈した琴音を案じるようにリリアが割って入ってきた。ただごとじゃ無さそうだけど、ここ素直にリリアに従っておこう。
「んー? 知らねー顔がいるな?」
「男の方は小僧達と迷宮に挑んでおった仲間じゃよ。そういえば何故ここにおるのじゃ? ガルディアス帝国の故郷に帰ったのではなかったかの?」
「うむ。余はロンメルト・アレクサンドル=F=ガルディアス。縁こそ切られておるが、現ガルディアス王ウルスラグナ・F=ガルディアスが長子である! ユートが余の故郷にて再会したのでな、故会って同道した!!」
ドンッ! という効果音が聞こえてきそうな堂々たる態度だった。ここ敵国の首都だよ?
「不躾な質問で恐縮ですが……縁を切られている、と申されますと? 確かガルディアス王には娘が1人いるだけだったと記憶しておりますが?」
「うむ! 余はノーナンバーであるからな!!」
王族とは、誰よりもオリジンの血が濃い者である必要がある。民衆は王の政治手腕やカリスマに従っているのではなく、偉大な祖先の影に従っているのだから。地球の考古学者がこっちの世界の歴史を見れば、きっと反乱や下剋上のような事件の少なさに驚くことになるだろう。それほどまでに魔導師の血というものは神聖視されている。
だからといって親子の縁まで切るのはどうかと思うけどな。
「かかか、ガルディアス帝国の人間じゃが、ワシはそれなりに認めておるぞ。フルフシエルとの戦いでは、勇壮な姿を見せてもろうたわい」
「婆さんがそこまで言う男か」
「ケイツ元帥、先程からお言葉が悪いですよ」
「……もういいじゃねぇかよ。公の場でちゃんとやればよ」
このケツアゴ、会うたびに雑になっていやがる。
「オリジン・ユートと魔女様がお認めになった方ならば安心です。滞在中はどうぞ城の一室をお使いください。もちろん、どこでも自由にという訳には参りませんが。それでよろしいですか、陛下?」
「え? ……あ、うん!」
聞いてなかったな。授業中、教科書に落書きしている時に突然指名された子供みたいな反応だった。
「んじゃ次だ次! そっちのド派手な恰好の女の子! おー名前はぁー?」
「変態っぽいぞ、ケツアゴ」
「はい、ユート様。変態です。そしてケツアゴです」
「うるせえ! このアゴは竜の舌って言われててだなぁ!!」
そんな与太話を未だに信じてるのは、この城ではお前だけだよ。
竜の舌のなんたるかを語ろうとする元帥を遮り、智世が前に出た。わざわざ手でコートをバサァッとはためかせ、何故かムーンウォークしているジャクソンのようなポーズをキメている。
「ボクの名は赤巻智世、世界を智るアカシックレコードの管理者にして『鮮血』の名を持つ者……」
「その髪の色! この娘、もしやオリジンかえ!?」
「ああ、俺が日本に飛ばされたのは知ってるんだろ? そこで死にかけてたから助けるために連れてきたんだ」
「人はボクを鮮血のオリジン。あるいはアカシックレコード、あるいはレッドスパイラル、あるいは……」
「属性は『命』で、ケガなんかを治せる魔法だ」
「マジか! そりゃあスゲェ!!」
「……ボクの声、聞こえてる? ハッ、そうか、位相がズレてしまったようだ。力が強すぎたか」
「治癒の魔法は、魔法が使える全ての者が一度は思い描く夢。その属性がついに世界に生まれたのですね」
「すごーい! ティナが転んでも平気なの!?」
智世がもしかして本当に見えてないのかと悩み始めた。そして実験なのか、俺の顔の前であっちょんぶりけ。
「見えてるから変顔やめろ」
「元の位相に帰ってこれた」
ちょっと本気で安心した様子だった。
「まだ経験不足だから、どこまでのケガが治せるのか試してないんだけどな。とりあえず千切れた腕をくっつけて、腹に空いた穴をふさぐことができるのは確認済みだ」
「……誰の腕が千切れて、腹に穴が空いたのじゃ?」
俺は日本から異世界に戻ってからのことをざっくりと話した。ドラゴンに襲われたせいか、全然違う場所に出たこと。そこでロンメルトの父親の世話になったこと。ロンメルトと合流してセレフォルン行きの船に乗った事。そして復活した海王フォカロルマーレと戦ったこと。
そのフォカロルマーレがロンメルトの父親だということは、言わなかった。
「ひゃぁ……」
「ユート様、陛下の前でグロ禁止でございます。教育に良くありません」
「無理強いはできねぇが、強力してもらえるなら頼もしい限りだぜ。使いようによっちゃ最強の魔法だ」
ケイツが興奮するのも無理はないな。軍を小分けして、負傷したら交代。後方で智世が治療すればすぐに復活して半永久的に兵を投入できる。不死身の軍隊のできあがりだ。もちろん智世が協力しないというなら、俺もセレフォルン王国も強制はしないが、普通ならとっ捕まえて無理矢理にでも協力させる。それだけの価値がある力だ。
「じゃが、心の傷は治せんのじゃろうな」
「それは、さすがに無理だろ」
リリアが残念そうに琴音を見た。そういえばここまで一切口を挟んできていない。まるで消え去ってしまいそうな希薄さだ。
「琴音のいない場所でこっそりと話すのも、少し違うじゃろう。心して聞くのじゃ小僧」
そう言ったリリアを、琴音が悲しそうに見た。話さないで欲しい、と訴えるような目だったけど止めようと言う動きは無い。黙ったいて解決する問題じゃないということか?
そして次の言葉に、俺は声を失った。
「琴音がのぅ……人を殺してしもうたのじゃ」