ふふん、珍しかろう
本日も晴天なり。
青空の下、のどかな草原に伸びる、土を踏み固めただけの道を、俺と琴音は歩いていた。
横を見れば緑。ようやく抜け出せた、俺達が丸一日以上彷徨っていた森は、抜け出した後も延々と視界のどこかしらに映ってくる。馬車の跡が無く、適当な方角に進んでいたりしたら数日は脱出できなかったかもしれない。
だが道に出た以上、その先には必ず人の暮らしがある。そう考えられるだけで足取りも軽くなるってものだ。そう考えているのは俺だけでは…………俺だけだった。
「ある、歩く、歩こう……私は、元気……」
琴音がぶつぶつ言ってて怖い。
「歩くの大好き、どんどん行こう……」
そうとう疲れてるなぁ。自己暗示しながら歩いているが、目が死んでる。それも仕方ないかもしれない。
この道に出て、もう二日も歩いてるのだから。
俺は慣れてるから平気だけど、体力的にも精神的にも琴音にはキツイだろう。終わりが見えないのが最大の原因だから、休憩してどうにかなる問題でもないし。もうしばらく頑張ってもらうしかないかな。
!! あれは!
「琴音っ、静かに!」
「え……むぐ!?」
琴音の口をふさいで草陰に飛び込む。そしてこっそりと顔を出して、ソレを確認した。
「ど、どうしたの?」
「人がいる」
「……悪い人かな」
それは見た目じゃ判らないだろ。
距離は大体300M。道から逸れた所で、休憩中なのか小さな焚火で魚を焼いていた。その奥の方に小さな川が見えるから、そこで獲ったんだろう。俺も後で獲りに行こう。
「うーん……全体的に黒っぽい恰好してるけど、遠すぎてよく判らないなあ」
「そうだね。漫画なんかだと、黒は悪役が多いけど」
さすがにその理由で悪人認定はしないけどさ。
別に接触する必要は無いんだよな。このまま歩いてても人には会えるだろうし、常に近くに森があるから食料も問題ないし。
でも、できれば人里に着く前に情報は欲しい。不審者と思われない程度には常識を聞いておければ最高だ。
「俺は少し話してみたいと思うんだけど、どうかな」
「うん、悪い人だったら結局悠斗君任せになっちゃうし、わたしはなるべく邪魔にならないようにするから」
そうと決まれば……。
「そうと決まったなら、こっちに来るといい。魚なら分けてやれる」
「なっ!!?」
さっきまで向こうにいた筈の男が、いつの間にか俺達が隠れている草むらの前に立っていた。とっくに気付れてたのか? 300Mも離れていたのに。
「旅をしていると、嫌でも自分に向けられる視線には敏感になるものだ」
何てことないように言っているが、そんな忍者や侍みたいな真似できる訳ないだろ。
そう思いながら、観念して草むらを出る。そしてお互いの姿がよく見えるようになって、考えが変わった。
できるよ、この人なら。だって侍だもん。
「っていうか和服!? なんで!!」
男の格好は異様だった。地球でも変だが、異世界でもさすがに変だろと思うくらいには。
着崩した黒い着物とテキトーに結んでるとしか思えない赤い帯。作務衣みたいな黒いズボンに、草履。波の模様の黒い羽織を肩にかけ、腰には一本のやたらとデカい刀を帯びている。
雑に後ろで縛られた本人の髪も黒いものだから、まさに全身黒づくめ。
年齢は40歳くらいかな。右目を赤い包帯で覆っているけど、もう片方の目は鋭く、はだけた着物から見える肉体は恐ろしいほどに鍛え上げられていて、見るからに強そうだ。
「ふふん、珍しかろう? ガルディアス帝国一の老舗で仕立てさせたのだ。特にこの江戸小紋の波文様は特注でな、素晴らしいと思わんか?」
「あ、はい。最高に粋っす」
とりあえず逆らわないことに決めた。どう考えても戦いになったら魔法より刀使ってきそうだし。
俺の魔法「理を喰らう鳥」は、相手が魔法を使ってくれないと無力だ。侍に素手で立ち向かう度胸は俺には無い。それに着物を自慢する姿は、悪い人には見えなかった。
「まあ、魚でも食え。先ほど獲ったばかりだ、うまいぞ」
「あ、じゃあ私達が採った果物も出そうよ」
「そうだな」
バッグからあの青い木の実の熟してるバージョン「黄色い木の実」を取り出し、それぞれに手渡す。見た目は黄色いリンゴ。レモンのイメージからすっぱそうだが、なかなか甘くておいしいのだ。まあ、そうは言っても自然に生えてたものだから、現代の品種改良された物には敵わないが。
「ほう、ポアルか。うまそうだな、いただこう」
そういう名前なのか。そういえば日本人にしか見えない見た目であっさり馴染んでたけど、自己紹介がまだだったな。
「そうだ、おれは悠斗って言います。こっちは琴音」
「うむ、ゲンサイと申す。悠斗、琴音。もっと態度を崩して構わんぞ? 旅の途中で食料を分け合い、語らうのに上下もあるまい」
そんなこと言われて簡単に年上相手にタメ口でしゃべる程、まだ価値観は粉砕されてない。あと単純に力量差的に怖いから無理。俺はおとなしいぜ、って言ってくるライオン撫でられるか? ライオンはしゃべらないとかって突っ込みは抜きで。
「いやあ、俺達旅をしてる訳じゃないんですよ。なんかストラダ商会ってのに捕まって、森に放り出されて困ってたトコで」
もう全部あいつらのせいにしとこう。まんざら間違いでもないし。
「なんと、それは災難な。安心せい、もう半日も歩けば王都に着く。この国の王は人柄の良さで有名だ、そこまで行けば助けになってくれるだろう」
琴音と顔を見合わせ、安堵する。ゴールが見えた。
しかし王都に入る前にはこの髪をどうにかしないとな。すぐにオリジンだとバレてしまう。引っこ抜くって方法も考えたけど、女の子には厳しい方法だし、何故かこの色違いの髪だけ伸びるのが早いのだ。色が変わるだけじゃなかったのか、二日で1CM以上伸びてる。
その点で見ても、この日本人にしか見えない上に名前も日本人なゲンサイさんは、やっぱり日本人じゃない。日本人=地球人=オリジンだからな。ゲンサイさんは変な色の混ざってない、完全な黒髪だし、長さも違和感が無い。何より、俺達に何の質問もして来ない。
もし異世界で「山田です」と言われたら。そいつがオリジンの特徴を持ってたら、俺なら絶対色々聞こうとする。
つまりゲンサイさんはオリジンではないし、オリジンの特徴についても知らないってことだ。
「もぐもぐ……その服はオリジンが持ち込んだものなんですか?」
「おお、よく知っているな。そうだ、オリジン『フジワラノタケツナ』が成した偉業は多い。世界統一にオオヤマト王朝の建国。言葉を『ヤマト言語』に統一し、なによりこの服の原点を残してくださった!」
なんでそのとんでもない偉業の時より、着物の時のが声に力が入ってるんだろう。
まあ世界統一と言っても滅びかけてた位だから、規模は小さかったのかもしれないな。それにしても日本語を広めてくれたのは大感謝だ。それで言葉が通じてたのか。フジワラさん、ありがとう。
「ふう、馳走になった」
「こちらこそ、タンパク質は三日ぶりで助かりました」
「おさかな、おいしかったです」
「みぎゃ」
オル君も食ってたのか。琴音があげたのかな。
ゲンサイさんはさっと荷物を片づけると、すっくと立ち上がった。彼とはここでお別れだ。行く方向が完全に真逆だったから仕方ない。
「すまんな、急ぎの用が無ければ送ってやれたのだが」
「いえ、色々助かりました」
ゴール地点が分かっただけでも有難い。実際琴音の顔が希望に満ちている。さっきまで悟りを開いた坊主みたいな顔してたくせに。
それ以外にも沢山話を聞かせてもらえたし、なによりこの世界に来て、やっと優しい人に会えたというのが大きい。異世界人のイメージがあの盗賊まがいだけで町に近づくのは、気が滅入りそうだ。
「ゲンサイさんに会えて良かったです」
「ならばまた会おう。それまで健勝であれよ」
そう言い残し、ゲンサイさんは呆気なく行ってしまった。旅人なら、出会い別れるのが当たり前なのかな。ただ、また会えそうだと、俺は感じていた。
「俺達も行こうか」
「うん、王都があるんだよね?」
そう、半日歩けば着くらしい、この国の王都アセレイ。そこが今日のゴールである。