王様くらい努力してみないか
「いつまで不貞腐れてるんだよ」
「……」
スフィーダが馬車の車輪に背中を預けて座り込んだ状態で、ムスッとしたまま俺から顔を背けた。
ゴライアスの襲撃で隊商の列がバラバラになってしまったので、今は休憩がてら隊列を立て直しているのだけれど、その間ずっとこんな調子だ。
少し離れた所から見ていたチェルカがやれやれと肩をすくめて見ている。
「アニキ……オリジンってホントかよ。オリジンって、あの大昔の神様みたいなヤツだろ?」
「本当だよ。大昔の人とは何の関係も無いけどな」
「なんだよチクショウ! 俺もいつかアニキみたいにって思ってたのに、じゃあそんなの無理じゃねーかよ!」
そんなにも本気で目標にされていたのか。
ならその憤りはもっともだ。目標に思っていた場所には絶対に辿りつけない。だってそもそも違う生き物も同然なんだから。ニワトリやダチョウが空を飛ぶ鳥に憧れてジャンプするようなものだ。
「絶対無理だと思ってたXランクだって、不可能じゃないんだと思ったのによ! 頑張ろうって思ったのによぉ!!」
「王様はXランクだけど、オリジンじゃないぞ?」
「仲間にオリジンがいたからだろ!? 結局アニキが倒すんなら、その場にいりゃ誰だってXランクになれるんじゃねーか!!」
それは違うな。
「足手まといを連れて餓獣王と戦うヤツがいると思うか? 俺は王様を頼りにしてるから一緒に迷宮を進んで、その最上階の怪物と戦ったんだ。それにあの頃の俺は自分の属性すらちゃんと理解できてない状態だったからな。王様がいなかったら間違いなく死んでたよ」
天帝フルフシエルとの戦いを思い返せば、いろんな可能性が思い付く。だけど仲間達の誰か1人でも欠けていれば勝てなかったことだけは間違いない。最後は確かに『世界』属性を正しく理解した俺の手でフルフシエルを倒したけど、みんながいなければ理解する間もなく負けていたんだから。
「信じらんねーよ……そんなの」
「はは、まあ今の王様じゃあな」
なら見せてあげようじゃないか。オル君の様子からして、都合よく近くに餓獣がいるみたいだからな。またパニックにならないようにランドさんに一声かけて、ロンメルトを呼び寄せる。その間にジルには餓獣をこっちにおびき寄せておいてもらおう。
「王様、ジルが近くの餓獣を迎えに行ったから、迎え撃つ準備をしておいてくれ」
「むっ! また余の英雄譚が増えるようであるな! ふははははははは!!」
まだアシストアーマが壊れたままなのに、なんでこんなに強気なんだろう。随時忘れてるのか?
「ロン様の力は封印されている。無茶」
「いや、案の定ゴライアスから肉体強化が手に入った。まあ使い捨てだから一回きりだけどな」
「それを、今? 取っといた方がいいんじゃ」
「いいんだよ。俺と王様が二人がかりで戦う必要がある相手なんて、餓獣王くらいなんだからさ」
そしてその餓獣王はもう全滅してるも同然だ。この旅路でロンメルトの力が必要になる機会はきっと来ないだろう。テロスが襲撃してきたら、そもそも2人がかりでも勝てない自信があるし。
「ふははははははは! あれか! あれが余の獲物かぁ!!!」
小高い丘の向こう側から姿を現したのは、さっきスフィーダとチェルカが戦った相手オムルボッカだった。期待したより小物だけど、まあいいや。
「『世界』が命じる、肉体強化を王様へ!」
オムルボッカの群れをここまで引っ張って来たジルが、そのままロンメルトの体に飛び込んだ。見た目には何の変化も感じないが、今のロンメルトには人間を遥かに上回るパワーが宿っているはずだ。
「ふっはははっーー力がーーみなぎるぅぅーーーーー!!」
やや気持ちの悪い雄叫びを上げて、ロンメルトが大剣をかついで突撃する。おっと、言っておかないといけないことがあるんだった。
「王様の華麗な剣技が見たいなぁーー!!」
「ぅふぁっははははははははは!! よぉし、見ておれいっ!!」
こう言っておけば力任せな技は使わないだろ。剛・墳破墜星剣みたいな……ってなんで名前覚えてるんだ俺。
ロンメルトの剣が日光を反射し、次の瞬間には先頭のオムルボッカの首が飛んだ。鮮やか。
「ふん。オリジンの魔法で強化されてるからだろ」
「お前も剣を使うならよく見ろ。あんな分厚い剣で、あんな風に切れるか?」
ロンメルトの使う大剣は刃物というよりは鈍器に近い武器だ。ただでさえロングソードのような西洋剣は切れ味が悪いと言われているのに、その上にあの重厚さ。刃なんて飾りみたいなものだ。
「な、なんだよあの切口……ナイフだってあんな風には切れないのに」
「確かにあのふざけた強化によるスピードは大きいけど、それだけじゃあんな切口にはならないだろ? あの巨大な剣を寸分の狂いもなく体の弱い部分に垂直に叩き込んでるんだ。多分それだけじゃなく、他にも見かけのわりに細かい技術もあるんだろうさ」
いくら肉体を強化したって、ああいった純粋な技術には影響しない。あれはただひたすら、努力の積み重ねによるものだ。そこに俺の魔力も何も関係ない。
「す、すげえ! なんだ今の足さばき! あっ、今の受け流し方も!! あんなの、俺に剣技を教えてくれた先生だってできねーよ!!」
「だろうな。他人に教えるほどの人でも、魔法士である以上は魔法も鍛えるだろ? わき目も振らずに剣技だけを磨いてる人間なんて、王様以外に何人いるかな?」
なんでそこまで、って顔だな。
「王様はノーナンバーだ。魔法が使えないんだよ」
「!! あの兄ちゃんが? あんなにつえーのに?」
「15年だ。王様は魔法が無くても戦えるって証明するために、15年間1日たりとも欠かすことなく死にもの狂いで剣技を磨き上げたんだ。虚弱体質で、鍛えても鍛えても自分の剣すらまともに持ち上げられないのに、それでも諦めなかったんだよ」
話している内に、ロンメルトはオムルボッカを殲滅していた。どんな攻撃もかすることも無く、攻撃に転じれば仕留め損なうなんて有り得なかった。完全勝利だ。商人達に見張られながら見張りをしていた討伐者達も唖然としている。
「魔法か道具かで肉体面の弱点さえフォローしてやれば、王様は剣技だけなら最強クラスだよ。きっと俺と出会わなくても王様はいつかあのアシストアーマを完成させて登りつめたはずだ。今でも単独でAランク以上の実力は確実にある。さっきのゴライアスとか、相手によってはSランクとだって戦えると思うぞ」
俺がロンメルトを信頼しているのは、すごい剣技を持ってるからじゃない。努力だけ、信念だけでそこまで鍛え続けたからだ。その精神力を俺は尊敬している。
「お前はオリジンじゃないから俺みたいになるのは無理だけど、王様みたいになるのは不可能じゃないぞ。だから諦める前に、王様くらい努力してみないか?」
なんの苦労もなくポンと力を手に入れた俺が言っても説得力無いだろうけどな。
「……じゃあ、その時は俺を仲間にしてくれよ! そうだ、アニキの背中を預かれるくらいになったら一緒に迷宮都市に行って、俺達がXランクになれるまで迷宮の攻略に付き合ってくれよ!!」
「ふははははは!! 良かろう! その時は余と共に、最上階の階段を守るドラゴンを打倒しようでないか!!」
オムルボッカの討伐証明部位を手にロンメルトが帰って来た。肉体強化で聴覚も強化されてたのか、こっちの会話は聞こえていたみたいだ。
「約束だかんな! アニキ! 兄ちゃん……いや、先生!!」
「先生か!! ふっははははははぁぁぁぁぁ……ち、力が…………」
「先生ーーーー!!?」
ヘナヘナと大剣の重さに押しつぶされながらも、ロンメルトは嬉しそうだ。いや、誇らしげか? ……そういえばマクリル先生も町の人から先生先生と呼ばれてたっけ。尊敬する父親と同じ呼ばれ方をすれば、嬉しくもなるか。
「ああ、でもXランクになるのは無理だけどな。俺達が全部倒しちゃったから」
「ええええええ……」
だってあれ世界に3匹しかいないんだもの。