可愛い小鳥ちゃんの餌
ちょっと時間をもらおうか。
「ジル。壁を頼む……ええい分かったよ! 『世界』が命じる、土! これでいいんだろ!?」
「むふー」
めんどくさいな、この厨二。
ひとまず地面を隆起させた即席の壁でゴライアスを閉じ込める。表面は土にしか見えないけど、中身は鉄分だけを抽出して作った鋼鉄だ。まあ多少の時間は稼げるだろう。
「ア、アニキ! 早く逃げようぜ!? いくらアニキでもSランクは無理だろ!!?」
「待ってスフィ、勝手に逃げたら依頼が……お金が! ああ、でも死にたくない」
正直、今更Sランクの餓獣程度じゃ怖くもなんともない。っていうか命とお金を天秤にかけて本気で悩んでるチェルカのがよっぽど怖い。
そんなことより俺が気になってるのは、このゴライアスとゴライアスから逃げてきた子供……ひいては子供と討伐者達との関係だ。
「どう見たって無関係じゃないよなぁ」
横目で連中の方を見る限り、想定外って雰囲気じゃなかった。いつでも逃げ出せるように準備だけして様子を見ているってところか。やーれやれ、人を信じられるようになりたいなと思った矢先にコレだよ。アイツらの手引き以外の可能性が思い付かない。
「おのれあの連中、アシストアーマさえ壊れていなければ余自ら鉄槌を下してやったものをっ!」
ロンメルトも気づいたか。
そう、この破砕のゴライアスは連中の仕業でほぼ間違いない。仮にこの子供が誤ってゴライアスの縄張りに踏み込んでしまったのだとしても、その後わざわざ俺達のところに逃げてきた意味がわからない。普通は近くの集落に逃げ込むだろ。
おおかたギルドで俺達のランクを聞いて、高ランクの餓獣を倒させて功績をいただこうとでも考えたんだろう。あわよくば相打ちで丸ごとゲット、なんて夢物語を思い描いていたのかもしれない。
「おい、後ろはお前達の担当だぜ。Xランクってのが本当なら、なんとかできるだろう? 隊商の命運がかかってんだ、しっかり頼むぜ? へへ」
「あー、そうだな」
俺達が失敗したら、さっさと逃げるつもりなのかな? 連中の騎獣は逃げられる程度には怯えていないみたいだし、そのつもりで準備してきたんだろうな。昨日この子供が町を出る時に「慣れてる」って言ってたし、何度もやってるのかもしれない。
「しかし大胆なことするよな。いくら俺と王様のランクが高いからって、Sランクを引っ張ってくるか? 普通」
「ユートとロン様はXランク。ならXランクの餓獣とだって戦えるはず?」
「って言われてるけどな」
でも実際はそうでもない。ロンメルトはXランクだけど、1人じゃSランクの餓獣にも勝てない。いや、このゴライアスならアッドアグニより相性が良さそうだから善戦できるかもしれないけど、正直ちょっとキツイだろう。何故ならランクを上げる為にはそのランクの餓獣を倒す必要があるが、ランクが高ければ高いほど普通は大人数のパーティで倒すからだ。
だから2人しかいないなら二段階くらい下……Aランクくらいが妥当だろうに、なんでSランクなんか引っ張ってくるかな。
「き、君! よくやってくれた! さあ、今の内に逃げよう!!」
どうやら壁で囲ったことで騎獣達が気力を取り戻したらしい。何台かの馬車はさっさと逃げ始めている。が、すぐに足を止めてしまった。そして再び怯えて震え始める。
轟音と共に壁が粉砕されて、ゴライアスが自由を取り戻したのだ。さすが『破砕』なんて称号を付けられるだけあって、とんでもないパワーだ。どうやれば鋼鉄の塊が生物の筋力で砕けるんだよ。その辺の木なんか、ポッキー感覚で折れそうだ。じゃがりこでもトッポでも可。
「うわああああああ!!? もういい、馬車は諦めろ! 走って逃げるんだ!!」
バラバラと馬車から零れ落ちるように人が飛び出していく。無理そうだと思ったのか、討伐者達も逃げ出そうとしている。
「ゴオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
うわ!? うるさい! そして砂利が飛んできて痛い!! 声で物が動くってどうなってんだ!?
「あ……」
「に、逃げるぞチェルカ! 早く立て!」
「ダメ……足が動かないっ」
腰を抜かしたチェルカを庇ってスフィーダが盾を構える。その心意気は見事だけど、きっとデコピンすら防げない。
「くっそおおおおおおおおお!!」
「ジル。食って良し」
パクリ、というには可愛くないサイズになったジルがゴライアスを一口で飲み込んだ。
Sランク。国が総力を上げて戦う相手。王を例外とすれば最強の餓獣。鋼鉄を引き裂く腕力。暴力。迫力。
そんなものに、意味は無い。
「そう、これだよ! これがやりたかったんだよ! いやー、すっきりした」
フルフシエルの戦いで『世界』属性を知った俺の魔法は、世界の全て食べて自分の力に変えることができる、反則みたいな魔法だった。なのにあれ以来、テロス・ニヒやら世界から外れたドラゴンやら怪物化した知り合いやら、食べられない相手ばっかりなんだもんな。よく切れる刃物を手に入れたのに、試し斬りできないもどかしさったらなかったよ。
「ふっ……ふははははははははははは!! さすがだ、ユート! それでこそ我が友である!!」
「拍子抜け」
「ふははは、馬鹿を言うでないトモヨ! ユートがおらねば全滅しておったわ。もっとも、余が万全ならば分からんがな!!」
「ボクの闇の力が目覚めていても、ね」
智世の妄想は別としても、ロンメルト対ゴライアスは興味あるなぁ。見たまんまの怪力自慢みたいだったし、接近戦ならロンメルトは本気で強い。
「実際、王様なら勝てそうだったよな? Sランクって言ってもピンキリだな。アッドアグニに比べると明らかに弱かったしさ」
「よ、弱かっただと……? あれが?」
討伐者パーティのリーダーが思わずといった様子で呟いた。自分でも意識していなかったのか、ハッと口を押えている。
「お前も討伐者なら知ってる筈だろ? 俺と王様はXランク。それはつまりXランクの餓獣……餓獣王の討伐を達成したっていう意味だってことをさ。だからこそSランクなんて馬鹿みたいな怪物を連れてこさせたんんじゃなかったのか?」
アガレスロックはセレフォルン王国が倒したってことになってるから、ランクには反映されなかったけどな。
「嘘だ!! あのオリジンでさえ倒しきれなかった餓獣王を、人間に倒せる訳が無い!!」
おっと、連れて来させたことは否定しないのか。他にツッコミ所があっただけかもしれないけど。
「じゃあ……そういうことなんだろ?」
「ま、まさかお前……鐵の…………」
「いや、違うし」
違うのかよ! って心の叫びが聞こえた気がした。
現代のオリジンって言ったら、イコール鐵のオリジンになるんだな。迷宮都市では公表こそしてないけど、周知の事実って感じになっていたからもうちょっと広まってるかと思ってたよ。時間的にそんな広まってる訳ないか。
「深蒼……深蒼のオリジン?」
さすが商人。ランドさんは知ってたみたいだ。こっちに来たばかりの頃は降ってわいた力でちやほやされる事に違和感を感じていて嫌だったけど、フルフシエルを自力で倒したことで堂々とオリジンを名乗る自信が付いた今となっては嬉しいやら誇らしいやら。あとちょっとこそばゆい。
「おいおい冗談だろ? 王都を襲った、地皇アガレスロックを倒したっていうあの……? そんな馬鹿な」
「なんでその噂を知ってて俺のランクに疑問を抱かなかったかなぁ」
知ってたならXランクと結び付けて考えるだろ。信じてなかったのか?
「ならそっちの男は常緑のオリジン?」
「余は男である!」
腰を突き出すな。
「なら……」
「違うし。ボクは鮮血のオリジン。生命を弄ぶ暗黒の神」
「自称な」
また増えたオリジンに周囲がどよめいた。そりゃそうだ。噂の域を出なかったオリジンだけじゃなく、聞いたこともないオリジンまでポンポン出てきたんだからな。ゴライアス倒してなかったら鼻で笑って一蹴されてるに違いない。
「くそぉっ!!!」
5人の討伐者達が騎獣を走らせた。逃がすか。
「ジル!」
どんなに騎獣が速かろうと、空を行くジルからは逃げられない。あっという間に先回りして口を開くと、さっきゴライアスが丸飲みされたのを思い出したのか討伐者達は騎獣から転げ落ちて腰を抜かしてしまった。ジルを通じて感じるアンモニア臭。おい、またかよ。なんか下半身ゆるい奴いるぞ。
「こ、殺すのか? 待ってくれ、魔がさしただけなんだ!」
「何度もやってるんだろ? まあその辺りはあの子供に証言してもらうけどさ」
「ぐっ……」
やっぱり知られると困ることを、この子供は知っていそうだな。でもそれも今はいい。今コイツらを拘束するわけにはいかないんだ。
「お前らが逃げたら護衛の人手が足りなくなるだろ? いい歳した大人なんだから、仕事はちゃんとやりきってもらわないとな?」
「……そっちの女もオリジンなんだろう?」
「アイツの魔法、戦い向けじゃないからさ」
「闇の力がどうとか言っているのにか?」
「それは無視してくれていい」
「鮮血のオリジンと名乗っていたが?」
「それも無視してくれていい」
基本的に智世の口から出た言葉の8割くらいはただの妄想だ。
討伐者達はなにか騙されているんじゃないかって顔になってるけど、智世がいくら貧弱でもどうせ俺には勝てないんだから大人しくしてもらおうか。
「今度妙な真似をしたら、この可愛い小鳥ちゃんの餌にするからな?」
「仕事が終わった後、俺達はどうなる?」
「さあ? 被害者は依頼人だろ? そっちに任せるよ。ね、ランドさん」
「あ、ああ。いや、はい。お任せください」
ぶっちゃけ興味ないんだよね、コイツらの末路なんて。それよりジルに筋肉ダルマを食べさせた訳だけど、これでロンメルトを強化できないかな?