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特に何も無かった夜を過ごし、ちょっぴり寝不足ぎみな男が2人。俺と、結局興奮が冷めなかったらしいスフィーダだ。
くそぉ、外が気になって気になって熟睡できなかった。ジルを信用してないわけじゃないけど、物音に反応して起きてしまうんだ。しかもたまに獣と交戦する音とかも聞こえてくるしさ。弱かったのか一瞬で静かになったけど、それはそれで本当に倒したことによる静けさなのか不安になってくる始末。
「俺、もっと人を信じられる人間になりたい」
「ほう? それは素晴らしい目標であるが、何故急に?」
「ちょっとな……」
ま、眠いといっても一日二日寝不足になった程度で音を上げるほど柔でもないし、動いていればその内吹っ飛ぶだろう。スフィーダはわからん。どんな妄想に発展したのか、智世とチェルカが近づくとモジモジし始めるけど、きっと大丈夫だと思う。
「今日は夕方までには村に着くので、そこで一泊する予定です。皆さん今日もよろしくお願いします」
ランドさんの号令を受けて、隊商が動き出す。
今日も昨日と同じく、俺達は後方を担当している。ランドさんが教えてくれたが、連中への注意は案の定のらりくらりと躱されたらしい。
「昨日のことは本当に全力でやって逃げられただけだと、そう言い張られると証拠も無しではなんともね」
「大丈夫ですよ。何を押し付けてこようと俺が軽く蹴散らしてやりますから」
「ははは、頼もしいね。どうだい、今夜の連中のスープに君の爪の垢を入れてやるというのは」
「俺がイヤです」
ランドさんはちょっと想像したのか、冗談っぽく顔をしかめて「確かにね」と笑った。
「でもねぇ。連中、昨日注意した時も念押しするみたいに言って来たんだよ? 自分達は10人で依頼を受けたのだから、誰が何を倒しても全員の手柄で間違いないな? とね」
「……気をつけておきます」
俺個人としては気にするほどの相手じゃない。既にランクが上がりきっている今、手柄なんて別に欲しくは無いし。でも、同じことを何度も繰り返しているような輩なら他の人が被害を被ることになるし、ギルドからの厳重注意が必要だろう。いち討伐者の陳情なんて聞いてもらえるか分からないけど、なにせXランク。それに王都に行けば権力者のコネもあるのだよ、はっはっは。
「みぎゃ」
お? オル君レーダーに反応があった。見回してみると、側面の森から昨夜の見張り中にも見かけた猿が飛び出してきた。
「オムルボッカであるな」
「やっぱり知ってるのか王様」
「敵の把握は王の義務である。オムルボッカはEランクの餓獣である。基本的には5匹で固まって行動するのだが、その5匹がそれぞれ自分の役割に徹しているのが特徴と言えよう」
やっぱり餓獣でよかったんだな。お腹を空かせた普通のお猿じゃないんだよな。ほっ……。
しかしEランクか。現代の討伐者なら一人前と認められるランクだな。
「よし。スフィーダとチェルカでやってみろよ」
「え!? アニキは!!?」
「危なくなったら助けてやるから」
「ふっふっふ。死にさえしなければ、この鮮血のトモヨが治してやろう」
「だってさ。ほら、頑張れ」
餓獣が出ても俺が倒すと思って油断でもしてたのか? 思いっきりキョドってる。一方チェルカは冷静だった。昨日言ってあったしね。
「やるよスフィーダ! Eランクくらい倒せないとお金持ちになれないんだから!」
「金の亡者め!」
「アナタのせいでしょう!!」
チェルカがフッと息を吐いて矢を引き絞っていた手を離した。風を切る音を残し、矢は真っ直ぐにオムルボッカの群れへと飛んでいく。
おお、いい所に飛ばしたな。二匹が縦に並んでいた所に飛んだおかげで、先頭のオムルボッカAの避けた矢が、すぐ後ろのオムルボッカBに突き刺さった。
「ギャッ!!」
もともと前を走っていたオムルボッカの胸を狙った矢だ。少し距離が離れた分高度が下がったのか、矢はオムルボッカBの太もも辺りに刺さっていた。走っている最中だったものだから、バランスを崩して盛大に転んでいる。
「ほら行くよ! お兄さんに剣もらったんでしょ!?」
「お、おう!」
女は度胸、なんて言うけど本当に度胸があるなぁ。割り切りが早いのかもしれない。慌てて剣を抜いてチェルカの指示に従うスフィーダの姿は、尻に敷かれる彼の未来を暗示するには十分だった。
「うおおおおお!! すげぇ! めちゃくちゃ切れる!」
相手は金属とは無縁なお猿さんだからEXアーツの磁石盾の出番は無いけれど、昨日あげたアルムゲーターの牙剣はスフィーダに猿を圧倒できるだけの力を与えてくれたらしい。一振りで固い獣の骨を断ち切った。
「油断するでないぞ! 連携に気をつけよ!!」
ロンメルトのアドバイスの意味はすぐに分かった。足をケガして置いてけぼりにされたオムルボッカBと、たった今スフィーダに切り伏せられたオムルボッカCを除く残り3匹のA,D,Eが三角形のような陣形をとったのだ。まさか猿が陣形を組むとは思いもしなかった。
「うわ! こいつら前衛と後衛に分れるのかよ!?」
三角形の先端に位置するオムルボッカAがスフィーダに飛びかかる。当然スフィーダはそれを迎撃しようとするのだが、そこに後ろの二匹が石ころを投げつけてきたのだ。……陣形とるのは凄いけど、攻撃手段は普通の猿なんだな。
「それは私達もでしょ! これで負けたら私達サル以下よ!?」
三対二だから負けてもサル以下とは言わないけど、まあ確かに同じ条件下で武装した人間が猿に負けるっていうのは中々屈辱的だ。でもあの爪と牙は普通の猿よりよっぽど鋭くて長いし、本来なら5匹で連携してくるはずだったと思えば……なるほど、Eランクの餓獣らしい面倒臭さだ。
だけどそこはさすがに訓練した人間、チェルカの援護で石が飛んでこなくなった隙にスフィーダがオムルボッカAを倒すと、そこから一気に瓦解した。慌てて前衛にオムルボッカDが回ったが、独りぼっちになった後衛のEをチェルカの矢が貫き、Dもスフィーダが討ち取った。
目の前で仲間が倒されて怯え始めたケガ猿Bもさっくりトドメを刺し、スフィーダがフウと息を吐き出して座り込んだ。
「あ、焦ったぁ。アニキィ……俺達にやらせるつもりだったんなら、先に言っておいてくれよぉ」
「お前も討伐者としてついてきてるんだろうが」
「そうよスフィ! 甘えないの!」
奥さんは厳しいよ。しっかりしないと。
「けど俺ら、今Eランクの餓獣倒したんだよな!? ははっ、そろそろランク上げられんじゃねぇ?」
「油断しちゃダメよ。今のは5匹でEランクの餓獣を、出会い頭に2匹倒せたから簡単だっただけなんだから。……ですよね? お兄さん?」
「ま、そうだな」
先に倒されたCは何やら草みたいな物を持っていたから、多分回復要員か、あるいは毒物を使ってくるのかのどっちかだ。足を射られたBにも、きっと何かしらの役割があったんだと思う。それら全てが万全の状態なら、もっと苦戦していた筈だ。
「ふははは、まだまだ修行不足である! だが苦戦はしても負けはしなかったであろう! Eランクでも十分やっていけるであろうよ!!」
「王様のお墨付きがもらえたなら、安心だな」
「……ボクの出番は?」
卵を握りしめた状態で智世がつまらなさそうに呟いた。
「誰かの不幸の上でしか求められることのない、なんて皮肉な力……ふっ」
なんか勝手に納得してくれた。
その後ろで様子を見ていた商人達が、止めていた馬(?)の足を進め始める。子供だと思っていたスフィーダとチェルカも立派な討伐者だとわかったからか、みんなどこか安堵した表情だ。
では安心できない討伐者達はというと、ますます苦々しい顔で俺達を見ていた。俺1人なら出し抜ける可能性があるとでも思って様子見していたのか? なんて邪推しても昨夜の二の舞になりかねない。あんまり気にしすぎないようにしないとな。
ドォン……。
今にして思えば、邪推が重なりに重なっていたのかもしれない。そういえば孤児の子供に仕事をあげていたくらいだし、餓獣を押し付けたのも本当にわざとじゃなかったのかもしれない。
ズゥン。ズゥン……。
ロンメルトが言っていた通りだ。よく知らない相手だから疑って不安になるんだ。そうだな、今日の宿泊予定の村についたら、少し話してみてもいいかもしれない。
「ユートよ。遠くを見るような目をしているが、どうせならば背後を向いてからにするのだな」
「……きっと良くないものが見えるんだろ?」
さっきから変な音してるし、だんだん大きくなんてるし。
「ゴ、ゴゴ、ゴライアスだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ランドさんが全員に知らせるように叫んで馬車を加速させようとするが、馬は怯え切っていて鞭をいくら打っても動こうとしない。
ゴライアス、ね。確か聖書か何かに登場する巨人だったかな? 俺はドラゴンにまつわる部分しか読んでないからちょっと曖昧だけど、確かそんな感じだ。
「で、でかいな。思ったよりデカかった」
「そうであろうな。余が以前言ったが、餓獣は強いものほど巨大なのだ」
「……ということは強いのか?」
「うむ。破砕のゴライアス……Sランクの餓獣である。しかし、はて? アレは縄張りの山から出ないと聞いておったが」
「ボクには分かる。アカシックレコード接続……! 縄張りを出た理由、それは……」
「いや、見れば分かる」
「むぅ……」
原因なんて明らかだ。ゴライアスに追われて必死に逃げている人間の子供がいるんだからな。っていうかアレ、一昨日あの討伐者達が連れてた孤児の子じゃないか? 昨日港町を1人で出て行ったのは確認してたけど、その後でゴライアスの縄張りに入ったってことか?
「おっと」
死にもの狂いで走っていたのか、酸欠で気絶する寸前だった男の子を捕まえる。自分の腕をつかんだ手の存在に恐慌を起こして暴れるが、こんな10才ちょっとくらいの子供が暴れたくらい何てことは無い。やがて気絶するように眠ってしまった。
「智世、お前の出番だぞ」
「ふっふっふ……この世に生を受ける筈であった無垢なる命を貪り蘇るがいい。喰らえ、生卵!!」
疲れ切った子供の顔にスパァーーンッ。この光景だけ見たら人類の過半数が怒りそうだな。魔法の効果で荒れていた呼吸は整ってきたけど、さすがにすぐ目覚めることはなさそうだ。
なら子供のことは後回しでいいや。
この俺達を見下ろしている巨人どうしよう。