いいパンチだ。世界を狙ってみないか
いやはや、絶好の旅日和だ。……乗り物のことを忘れていなければ。
そりゃそうだよ。隊商は馬車での移動なんだから、俺達だって騎獣を用意しとかなきゃダメだよな。あっはっは、うっかりしてた。
「ガガンの剣が一本残ってて本当に良かったよ。でなけりゃ王様の剣を売るところだったな」
「なに!?」
だって他に売れるもの無いじゃん。
友達に作ってもらった物を売り払うことに抵抗が無いわけではないけど、背に腹は代えられない。対アッドアグニ用の試作剣は、まあまあなお値段で引き取ってもらえた。全員分のカケドリを借りて、少しおつりができたくらいだ。迷宮都市だったらもっと高く売れるんだけど、やっぱり需要が少ないらしい。
「ふと思い出したんだけど、王様が飼ってたカケドリって……」
「うむ。余も今思い出した。まあヤツを繋いでおいたロープ程度ならば、本気になれば引きちぎれる。飢えれば勝手に野生へと帰るであろうよ」
見た目はデカいだけのニワトリだけど、めちゃくちゃパワフルだからな。人間1人と荷物を乗せた状態で時速40キロ走行するパワーは半端じゃないってことか。
早朝に慌てて借りたカケドリに跨り、隊商の馬車の隣を走る。馬車といっても実際に引いてるのは馬じゃない。変な動物大集合だ。
隊商はそれなりに大きく、ランド商会を筆頭として小さな商会3つで構成されている。護衛対象はランド商会の馬車5台と他商会がそれぞれ1台ずつの、計8台。馬車一台あたり3人前後乗っていて、護衛も含めれば合計35人の大所帯だった。
「いいえ、隊商としては小規模な方ですよ。私達がガルディアス帝国にいた時は、100人以上で護衛も40人くらいで移動してましたから」
「そんなにか!?」
「はい。移動時は本当に危険ですから、なるべく集まって行動するんです。お兄さんは護衛依頼は初めてなんですね」
「まあね。普通に餓獣を狩る以外は迷宮攻略ばかりやってたから」
セレフォルン王都アセレイから迷宮都市シンアルへ移動する時は隠れるように王都を出たし、色々見ながら旅をしてみたかったから依頼は探しすらしなかった。
「へぇ! だったら俺達でもアニキに教えられることがあるかもな! なんでも聞いてくれよ?」
「ああ、その時は頼むよ」
大体のことは物知りロンメルト先生が知ってるから出番はないだろうけど、何か期待してるみたいだから、何かあったら優先的にスフィーダに聞くことにしよう。
「ひまー。退屈がボクの脳細胞を浸食していくー」
「病室で寝たきりだった割に、音をあげるの早かったな。退屈は慣れっこだろ?」
「それはそれ、これはこれ。しりとりでもしよう?」
この歳でしりとりって……ボキャブラリー多すぎてなかなか終わらないんじゃないか?
「じゃあ異世界の物しばりで」
「え。異世界歴違いすぎない? きたないなー。さすが悠斗きたない」
おい、普段から汚い真似してるみたいな言い方やめろ。
「ま、いーや。じゃあオル様」
「様もカウントするのか? なら、そうだな……マクリル先生」
っておい。つい出ちゃったよ、気まずい名前。良かった、ロンメルトは聞いてなかったみたいだ。
「イクシオンブレイバー」
「……なんだそれは」
「ボクの必殺技(予定)」
……まあいい。確かに智世が不利な条件だし、所詮はただの暇つぶしだ。
「『バ』か? 『ア』か?」
「どっちでも」
「じゃ、『ア』でアガレスロック」
「必殺技(予定)その2、クルセイドクロニクル」
これ、退屈な時間が不毛な時間に変わっただけじゃないのか?
「……ルールイーター。あ、ジルのことな?」
「アカシックレコード!!」
言いたかったことが言えて嬉しそうだなオイ。いや待てよ。ド? 来た! あれしかない!!
「ドラゴン!!!」
「……にやり」
しまった……! っていうか俺バカじゃないか? でも無理だ。何回やっても『ド』がきたらドラゴンって言ってしまう自信がある。
ちくしょう。智世が完全にバカを見る目をこっちに向けている。だが……ドラゴンで死ぬなら本望だ!!
「もう一回だ! 智世おおおおおおおおおおお!!!」
「待てユート。なにやら楽し気で是非とも次は余も参加したいところだが……なにやら騒がしい」
言われて耳を澄ませてみると、なるほど前の方が騒がしい。でも俺達は隊商の後方担当だから関係の無い話だね。一昨日に前方を担当している討伐者パーティから不可侵を約束してるんだから。
とはいえ本気でヤバい問題が起きていても困るし、ちょっと様子を見てみるか。
「ああ、やっぱり餓獣が出たのか。ワンコだな」
「ワンコ? 見たい」
智世が俺についてきた。お前カケドリに乗るの今日が初めてなのに、異様に上手だな。その後ろからロンメルトもやってきて、結局スフィーダとチェルカも集まって来た。後方の警戒が無くなってしまったぞ。
「うむ、ファイテイングドッグであるな」
「なんか強そう」
「そうでもない。犬のくせに牙を使わずに殴りかかってくる奇妙な餓獣である。ま、余の敵ではないわ」
「いや、今のお前なら瞬殺されるから」
しかし面白いな、二足歩行してシャドーボクシングみたいな動きしてるぞ、あの犬。
「ファ、ファイテイングドッグって……見かけこそふざけてますけどCランクの餓獣じゃないですか!」
「バッカだなチェルカ。こっちにはアニキがいるんだ。余裕だぜ!」
いや、君らも仕事なんだから努力はしろよ? さすがにCランクは荷が重いから、もし俺達の担当範囲にも出現することがあれば俺が対処するけどさ。
それより地味にランクの高い敵だけど、前の連中は対処できるのか?
「むむ。様子がおかしいぞ?」
「こっちに来てる。ってゆーか連れて来てる」
……おい。そうかあの不可侵条約はそういうことか。
自分達の担当範囲に出た餓獣を俺達に押し付ける気だな。そして文句を言っても、「不可侵だ。そっちに行ってしまったなら、そっちの仕事だ」とでも言うつもりなんだろう。
「なめられてるなぁ、俺達」
「であるな」
いや凄いよ。ギルドで俺達のランク聞いてたんだろ? 格上相手によくこんなふざけた真似ができるよな。怒らせたら一瞬でこの世から消し飛ばされてもおかしくない力量差を、あんな屁理屈1つでどうにかできるとでも思ったのかねぇ? もちろんそれで殺してしまえば俺達が犯罪者になるからこその強気なんだろうけど。
「ちょっと……思い知らせてやるか」
こんな風に馬鹿にされて平然としてられるほど、俺は温厚ではないよ。
ファイテイングドッグは10匹の群れで、連中に誘導されて隊商の後方へ向かってきている。後方の馬車に乗っていた商人達は、ちょっマジかよって感じで馬車の影に隠れた後に俺達を見て、子供ばかりなことに絶望したように青ざめていた。
ご安心を依頼主様。今、消し炭に変えるから。
二足歩行で上手に走るファイテイングドッグが、ついに俺達の担当範囲に侵入した。押し付けることに成功した討伐者達がしてやったりの笑みを浮かべている。むかつくなぁ。
残念だ。もうちょっとこの珍妙な餓獣を見ていたかったのにさ。
華麗なステップでまたたく間に距離を詰め、ファイテイングドッグが腰の入った右ストレートを俺の顔面目がけて打ち放つ。
「いいパンチだ。世界を狙ってみないか……なんてな」
パシンッと小気味い音を立ててモフモフの拳を受け止める。と同時に地面から岩の槍を突き出してファイテイングドッグを刺し貫く。地形操作だ。
2メートル以上も突き上がった岩の上で、腹を貫かれた交代で暴れもがき、やがて動かなくなった。
驚いたのか怖気づいたのか、残り9匹の足が止まる。じゃあ俺がそっちに行こう。
俺が一歩踏み出す度に、一本の岩が突き出してファイテイングドッグを串刺しにしていく。2歩、3歩、4歩……その法則に気づいたのか、一匹のファイテイングドッグが俺の歩みを止めようと飛びかかってきたけど、強化ロンメルトを見慣れているからか鈍重だ。冷静に突き刺す。
あっという間に残り3匹。ここに至ってようやく勝ち目が無いと気づいたのか、尻尾と耳をヘナッとさせながら逃げ出した。ちょっと可愛いけど、餓獣は人間とは相いれない。ここにユリウスがいれば1匹くらい仲間にしたかったけど。
さらに3歩。それでファイテイングドッグは全滅した。
ところで10歩歩いて担当範囲ギリギリまで近づいたことで、すぐ近くに唖然としている討伐者達がいるんだが、せっかくだから脅かしてやろうか。
ジーッと連中を睨みながら、これ見よがしに大きく一歩大地を踏みしめる。
「う、うわあああああああああああああああああ!!?」
くくくっ、仕返しに自分も串刺しにされると思っただろう? すごい悲鳴をあげて逃げていった。……ちょっと待って、なんか地面が濡れててアンモニアの匂いがするんだけど、これって……いや、考えないでおこう。だけどこれで少し溜飲も下がった。
「い、いやあランクが高いとは聞いていたけど、今の時代にこれほどの魔法士がいたとはねぇ! ははは、まだ若いのに大したもんだ!」
一番後ろの馬車から全体を見ていた今回の隊商のリーダーであるランド商会のランドさん(そのまんま)が大げさな拍手をした。もっとも、ラクダの獣人らしいランドさんの手のひらは蹄のように固いらしく、パチパチではなくパカンパカンって感じだったが。
「その調子で頼むよ。それと引き換え、なんだあの連中は! 君がいなければ大変なことになっていたぞ!!」
頭から湯気が出そうな怒りっぷりでランドさんが隊商の前方へと走っていった。ま、ああいう小賢しいタイプの人間は屁理屈をこねくり回して躱そうとするから怒るだけ無駄だろうな。さっきの脅しが効いていれば、少しは自重するかと思うんだけど。
やれやれ、まだ初日だっていうのに幸先の悪い雰囲気になってきたなぁ。