素晴らしい魔法じゃないか!!
「でいやああああああああああああ!」
物凄い気合と共に振り下ろされた木の棒を、同じく木の棒で打ち払う。声程の勢いは無かった。
「ええい! 腰をブレさせるなと言っておるであろう!! 腰は体の中心であり、全ての中心なのだ! そこがブレていては、すべての動作が悪くなる!」
「うすっ!!」
元気よく返事をして、スフィーダが再度棒を振り下ろす。うーん、大して変わってない。
「話にならん! もう一度素振り2000回!!」
「う、うす!!」
ロンメルトって以外とスパルタだったんだな。命のやり取りの訓練だと考えれば当たり前か。むしろ厳しさは愛だ。
だけどさっきも5000回くらい素振りしていたし、スフィーダの手はもう限界だ。さっきの木の棒にしても、明らかに握力が無くなっていたからな。
「という訳で、智世」
「喰らえ! 生卵!!」
べちゃあ、とスフィーダの体に叩き付けられた卵。ちなみにこれ、今日はもう5発目だ。いい加減慣れてきたのか、スフィーダもちょっと眉をしかめるだけで素振りを再開する。がんば!
さて。チェルカの方はどんな感じかな?
「あの……当たる気がしないんですけど」
「当てられても困る」
チェルカは愛用の弓を、俺達がいる草原の少し先に向けて構えている。そこには楽しそうに飛び回るオル君とジルの姿が。めげながらも放たれたチェルカの矢をオル君がコロンと転がって華麗に避ける。さすが俺の相棒。
オル君を狙う事は諦めたのか、次の矢は空を飛ぶジルに向けられた。が、当然のようにコレをヒラリ。チェルカが四つん這いになって崩れ落ちた。
「あんな小動物にすら当てられないなんて……」
「バカめ。ジル様はともかく、オル様をただのトカゲと思ったか。オル様はアル・マ・ディーロ・ドラゴンといい……」
「違う! サンドアーマードラゴンだ!!」
「アル・マ・ディーロ・ドラゴンがいい。アルマジロトカゲだし」
「やっぱりトカゲじゃないですか……」
ああもう、またシクシク泣き出した。この子結構メンタル弱いぞ。
「そんなに落ち込むなよ。餓獣はもっとデカいんだから当てられるって。練習なんだから的は小さいほうがいいだろ? それに元々オル君は危険に敏感だから、避けられても仕方ないんだって」
オル君の危機察知能力は半端ない。正直、チェルカがいくら頑張ったところで当てられる心配は無いのだ。それでも万が一に備えて風のバリアでジルに守らせてるけどな。ああああ、コロコロと矢を避けるオル君、かわいい。
やる気を取り戻したチェルカが、小動物達のアクロバットショーに矢を投入し続ける。ちなみに彼女は知らないが、たまに気象操作で風を操って妨害してる。今日はちょっと無風すぎて難易度が低いからね。
ということで、俺達は町の外の草原で新人討伐者2人の訓練に付き合っていた。午前中に旅に必要な物は揃え終えて時間ができたからね。
しかしこれで魚を売って得たお金も無くなってしまった。野営の時はなるべく動物を獲って現地調達しないと食料がもたないかもしれない。場合によっては、隊商の食料を報酬からの天引きで譲ってもらえるよう交渉する必要があるな。
あ、今晩の宿代は残ってるぞ?
餓獣を狩って小遣い稼ぎをしても良かったけど、スフィーダとチェルカには道中で実戦経験を積ませてやろうと思ってるし、先に実力の程を見ておきたかったっていうのもある。
そしてその実力はというと、まあ普通だ。チェルカは以前から狩猟をしていたと言うだけあって、小動物ズにこそ手玉に取られているけど中々素早く正確に射られてると思う。もっとも、所詮はただの矢だ。餓獣を倒すには物足りない。一方スフィーダはまさしく新人に毛が生えた程度の腕だった。時々勝手に慌てたりバタバタと危なっかしい。
こうして一般的な討伐者の姿を見ていると、迷宮都市では本当に人材に恵まれていたんだなぁと思わされる。
「そういえば魔法のことはまだ聞いてなかったな」
魔法の血が薄れすぎた現在の魔法士は、魔法が使えても通常の武器を使う人間が多い。もっとも、武器を製造する技術が1200年前を最後に失われてしまっているため試行錯誤で作られている状態で、その品質はどうしても低い。金属を叩いて鍛える、という技術さえ最近ようやく確立されたものなのだとか。
そしてスフィーダとチェルカもまた、通常の武器に頼っている。
「私達の魔法は、弱いですから」
「まあまあ、そう言わずに」
こっちには地球産の厨二病患者がいるんだ。もしかしたら画期的な利用法を思い付くかもしれない。念の為に言っておくが、俺のことじゃない。
「私の魔法はこれです」
チェルカの手に現れたのは丸い透明の物体。ガラス? いや、レンズか? ってことはこれは片眼鏡ってやつか。紳士や怪盗が着けてるイメージのアレだけど、実物は初めて見た。
「多分、空間属性だと思うんですけど……この丸い物を通して見ると、物が透けて見えるんです。壁の向こうとか」
「素晴らしい魔法じゃないか!!」
それはまさに男の夢を叶える魔法だぞ! 世界の男性の過半数が欲しがると言っても過言じゃない伝説の秘宝だ。それを弱いだなんて、とんでもない。むしろ最強だ。
「お兄さん、変なこと考えてるでしょ」
「そ、そんなことないヨ?」
「スフィも同じような顔してたから、わかります」
お前もか、スフィーダ。いや、わかるよ。仕方ないよな、男の子だもん。
「確かに森の中で障害物を透過して見れると獲物を探すのには役立つんですけど、私の魔力じゃ10秒が限界で」
「10秒あれば充分じゃないか?」
「そりゃあ、お兄さんの想像してるような使い方なら、そうかもしれませんね!」
あちゃあ、機嫌を損ねてしまったみたいだ。俺に背を向けて練習に戻って行った。
しょうがない、スフィーダの魔法のことはスフィーダ本人に聞こう。俺に声をかけられたスフィーダは、天の助けとばかりに素振りを中断して駆け寄って来た。
「なんスか、アニキ。今の俺ならなんだってするよ」
「じゃあ素振り5000回追加で」
この世の終わりみたいな顔をしたから、冗談だと伝えてやった。
「お前の魔法はどんなか聞いておこうと思ってな」
「う……笑わないでくれよな? これッス」
こいつ慣れてないのか中途半端なタイミングで敬語を混ぜて来るなー、なんて思いながらスフィーダのEXアーツを見る。
盾だった。手に持つタイプの、真っ黒な丸い盾。
「見ててくれよ?」
スフィーダが左手に盾を持ち、魔力を流す。ガチョーンと剣が盾にくっついた。
「金属がくっつくだけなんだぜ? こんな魔法、全然使えねーよ」
「いや、使えるんじゃないか? 武器を使う相手には天敵みたいな魔法だぞ?」
「え!?」
今のくっつき方、これ絶対磁石だ。くっついたってことは、片方がS極、もう片方がN極になっているんだろう。吸引力も中々強そうで、盾から剣を引きはがそうと躍起になっている。
「つまりだ、相手の武器が勝手に盾に引き寄せられるってことだろ? 絶対に攻撃を防げて、しかもうまくすれば武器を奪えるかもしれないんだぞ?」
「あ!!」
スフィーダも理解できたみたいだな。
「や、でもダメだぁ。自分の剣もくっつくんだぜ?」
「餓獣の牙とかで作ればいいだろ? 同じ理由で餓獣相手には使いどころの難しい魔法だけど、EXアーツは破損しても簡単に直せるし、単純にいい盾になるんじゃないか?」
「そ、そっか!! 出したら武器使えねーと思って、ずっと諦めてたんだ!」
たぶん磁石の存在を知らなかったんだろうな。知らないと、ひたすら物をくっつけてくる邪魔くさい現象でしかない。金属製の防具や装飾品も禁止の厄介な魔法だ。
「そうだ! ちょっと待ってろ」
ふと思い出してガーランド袋の中を漁る。あった。
「コレ、もう使わないからやるよ。アルムゲーターって餓獣の牙から作られた剣だ」
「マジ……ッスか?」
「ああ、死蔵してた物だしな」
これを売れば金欠は解決するかもしれないけど、どっちにしろ依頼は受けるんだからいいや。ついでに何か売れそうな素材が余ってなかったかなと覗いてみたけど、それは無かった。まあ最後の攻略はアッドアグニとフルフシエルとしか戦ってなかったからな。そもそも餓獣の素材なんて、迷宮都市以外では誰も買わないし。
「マジッスか!! やった! やったぁ!! すげぇ! チェルカ、見てみろ!! すげーの貰った! うははははははは!!!」
物凄い喜びようだな。アルムゲーターは迷宮の20~30階層で現れる餓獣だから、大体Eランク。スフィーダはFランクだから1つ上の素材でしかないってのに。まあそれでもガガンが作ったってことも加味して、迷宮都市以外でこれ以上の剣はそう簡単には手に入らないか。
「お兄さん……」
チェルカの目が語る。私の分は? と。
ど、どうしよう。もう一本剣はあるけど、これは金属だしチェルカは弓使いだし。っていうか剣を使ってる俺に色々期待しすぎじゃない? もう俺のガーランド袋は空っぽ同然なんだよ?
「こ、これで勘弁してください」
ジルを呼び戻してフルフシエルの羽を吐き出させる。ほら、弓矢って羽使うだろ? ……うん、気づいてる。デカすぎて使えないよね。いや待て、そうだ!
「それを迷宮都市で売ると、とんでもない金額になる!」
「ありがとうございました!」
すがすがしいくらい爽やかな声でお礼を言われた。今までで一番の、最高の笑顔でお礼を言われた。
「ちょっと散歩してくる……」
「いてら」
精神的に疲れてしまった。悪い子じゃないんだけどなぁ。
適当に草原を歩いていると、町から離れていくように進む人影が1つ。あれは……。
「おい、1人で外にでちゃ危ないぞ!」
それはさっきギルドで会った5人組が連れていたみすぼらしい子供だった。ろくな荷物も無く、ほとんど手ぶらの状態で町の外に出るなんて自殺行為だ。この子は依頼に連れて行かないとは言っていたけど、まさかこれも奴らの指示なのか?
「あ、ありがと。だいじょぶ……なれてるから」
「そ、そうか」
慣れているってことは、何度もやってる行動ということか。何が目的なのかは知らないけど、そうやって生活しているのなら口出しすることじゃない。
心配だけど、見送るしかないか。明日仕事がある以上、どこに行くのかも分からない場所について行く訳にもいかない。
スタスタと迷うことなく、子供は森の中へと消えて行った。
……戻ろう。