ガルディアス兵なんて俺がぶっとばしてやるさ!
「なーまーたーまーごー」
「違う意味で気持ち悪くないか? それ」
船酔いを治すために生卵を自分の頭にぶっかける智世。額から赤いものが顔に流れて、ううむホラーだ。まあすぐ吸収されて消えるんだけどさ。
「オリジンで良かった。でなければ今頃魔力が足りなくなって口からカオスを垂れ流していたかもしれない」
「ふはははは、鍛え足りんから酔うのだ!!」
「そういや三半規管が弱いと酔いやすいって聞いたことあるけど、どうやって鍛えるんだろうな」
太陽はそろそろ真上に登る頃だ。船長の話によれば、夕方には着くということだった。特にやることも無いし、のんびり待とう。
と思った時に限って面倒が起こるんだよなぁ。
カンカンと鐘が鳴る。船のメインマスト上で見張りをしていた船乗りが何かを発見したらしい。と言っても十中八九餓獣の出現だ。船旅も2日と半分、いい加減慣れてきた。
ドカドカと甲板に現れるのは、乗り合わせた討伐者達。彼らはれっきとした船のお客さんだが、船と心中したくなければ戦うしかないのをいいことに、特に報酬とかは貰えない。まあ元々討伐者は倒した餓獣を報告して国からの報奨金で食べている人間だから、本人たちも臨時収入くらいに思っているようだ。
が、悪いね。君らの出番は無いんだよ。
「ほい、おしまいっと」
電撃一発、海面に何匹かの餓獣が浮かび上がる。とばっちりを喰らった気の毒なお魚さん達は、船の食堂に買い取られて今晩の食卓に並ぶ。その命、無駄にはしない! あ、もうあと数時間で港に着くんだった。
「ず、ズリーよアニキィ……」
「悪いけど、俺達も今ちょっと金欠なんだよ」
そうぼやいた地味ぃーな少年は自称・期待のルーキー討伐者で、名前は確か……スフィーダだったかな。幼馴染の女の子チェルカと一緒に最高の討伐者になることを夢見て、今年15歳になって成人したことを機に村を出たらしい。なかなか大した度胸だ。利口かどうかは別として、そういうの俺は大好きだぞ。
もっとも、安っぽい皮の鎧に身を包んでるだけの貧相な装備から見て、まだまだ成功と呼べる状態には程遠いみたいだけどな。
「ええ!? お兄さんとっても強いのに……もしかして討伐者って上に行ってもそんなに稼げないんですか?」
隣にいた、スフィーダと同じような装備を身に着けたポニーテールの女の子チェルカがショックで固まった。可哀想に、無頓着で大雑把なスフィーダのせいで、お金の心配ばかりする日々だと昨日も散々愚痴っていたっけ。
「いや、こないだの戦いで財布落としちゃってさ……」
「ああ……すごい戦いでしたもんね。私達窓から見てましたけど、本当にすごかったです! なんかこう、海がドザーってなって、電気がババーンってなって! ううー、私達もいつかきっとお兄さん達くらい強くなってみせますね!!」
「……頑張れ」
不可能だとは言わないよ、ロンメルトみたいな例もあるしね。人間、努力してればある程度目標には近づくさ、きっと。もちろん難しいと言わざるを得ないけど。
そう考えるとやっぱりロンメルトは凄いよな。アシストアーマがあるとはいえ、剣一本でオリジンと肩を並べてるんだから。
「ふはははは!! よし、余が稽古をつけてやろうではないか!!!」
「えー? いいよ、兄ちゃん弱ぇーじゃん」
「んがっ!!?」
どうやら2人が覗いてた窓からはロンメルトは見えてなかったらしい。鎧が壊れた今、自分の持ってる愛剣すらまともに触れない貧弱野郎だと思っている二人の誤解を解くことさえできない。いや、鎧無しの素の状態という意味では正真正銘の貧弱か。
そんな訳で、彼らの言うところの海をドザーってする謎の怪物を撃退した俺は、理想の討伐者として彼らの中で位置づけられたらしく、この2日半ずっと纏わりつかれているのだ。ぶっちゃけ悪い気はしない。
「おう、またお前さんが倒してくれたのか。助かるぜ」
そう言って餓獣と魚を引き上げるために部下を引き連れてやってきたのは、この船の船長だ。最初見た時は間違って海賊船に乗ったのかと思ってしまった極悪な顔をしたオッサンだが、中身は近所付き合いの好きな気の良いオッサンって感じだった。
「今日も大漁でさあ、お頭」
「……なんでこのお嬢ちゃんは俺の時だけ変な話し方になんだ?」
「コイツはその時の気分で喋り方変わるから気にしなくていいよ、お頭」
「お前ぇら、そのお頭ってのはやめねーか? 船長じゃダメなのかよ?」
いや、だってお頭って顔なんだもの。
「まあいいけどよ。おら、てめーら! どうせ暇だろ、手伝いやがれ!!」
船長の掛け声に獲物にありつきそこねた討伐者達がしぶしぶといった様子で魚を運び始めた。
「がはははは、今回の航海は出港する時こそ散々だったが、その後は楽なもんだったぜ。食料にも困らねーし、討伐者共がわんさか乗っていやがるから人手も足りてる。奴らは体力が余ってやがるから、言えば手伝ってくれるのさ」
「いつもはもっと少ないのか?」
「ああ、そうだな。ほれ、最近ガルディアス帝国とセレフォルン王国の関係がきな臭くなってやがんだろ? それでセレフォルン出身の連中が心配になったのか、次から次へと帰国してんのさ。やっぱ故郷ってのは特別だからなぁ」
どうりで。この船は普通の旅客船じゃない、国境を超える船だ。にも関わらず随分たくさんの人が乗ってるなと思っていたんだけど、そういう理由だったんだな。
「まっ、あの騒動の時にさっさと船内に逃げ込んだ連中が戻ったところで役に立つかは怪しいもんだがな! がっはははは!!」
「うぐ……」
船長があからさまに周りに聞こえるように言った言葉に討伐者達が固まって苦々しい表情を浮かべた。キツイなぁ、お頭。って、スフィーダとチェルカもかよ。
「あ、あれは特別だ! もっと普通の餓獣なら俺だって戦えたさ!!」
「ほお? 小僧、てめえランクは?」
「え、Fだけど……そんなの今年登録したばっかなんだから、しょーがねーだろ! 見てろ、すぐにAランクになってやるからな!!」
「がはははは! 馬鹿野郎、男ならXランクになる、くれー言いやがれ!!」
「オッサンのが馬鹿だろ! なれるわけねーじゃん!!」
なってるよ。お前が弱いと評した男がそうだよ。俺の隣にいるロンメルトが自慢したくてうずうずしてるよ。なんか智世に「今じゃない」とか説得されてるけど。
「けどよ、帝国もそうそう攻め込みやしねぇさ。なんたってガルディアス帝国とセレフォルン王国の間にはあのヴァーリデル山脈があるからな」
国境を超えるのに海路が使われてる理由がその山脈だったな。かなり厳しい山道らしいし、だからこそ今まで小競り合いはあっても大規模な戦争には発展しなかったっていう、平和の立役者みたいな山だ。
「あの山脈がある限り、兵は疲れるし、兵糧を運ぶだけでも一苦労だ」
「なんだ。じゃあやっぱり戦争は起きないかもしれないんだな」
「いや、これは酒場で聞いた話なんだがな? なんでも帝都でおかしな船を作ってるって話だ。もしそれが戦争の為のものだとすりゃあ、海から攻める気なのかもしれねーなぁ」
船、か。セレフォルン王都に着いたらケイツ元帥にでも話しておくかな。ひょっとしたら大変な情報かもしれないし。
「ふん! ガルディアス兵なんて俺がぶっとばしてやるさ!! その為に俺達はセレフォルンに帰ってきたんだからなっ」
「がははは。いい度胸じゃねぇか。だがまあ、命を粗末にするんじゃねーぞ、小僧?」
船長がスフィーダの背中をバンと叩いた。吹っ飛ぶスフィーダ。よ、弱い……。
「俺達はもう何十年と国境を往復し続けてきてるからよ、どっちの国にも愛着があんのさ。戦争なんぞ、起きなきゃいいんだがなぁ」
全くだよ。でもマクリル先生の話に出たガルディアス王ウルスラグナの様子を考える限り……攻めてくるんだろうな、きっと。まだ鐵のオリジンに勝てる確証も無いし、頼むからもうちょっと時間が欲しいもんだ。せめて琴音と智世を送り帰してからにしてほしい。
「がっはははは、しんみりしちまったなぁ! よぉし、余らせちまっても勿体無え!! おめぇら、今から残ってる食材全部食っちまおうじゃねーか!! パーッとやろうや!!」
「おおおおおおおおおおおおおおお」
魚を運ぶ手が早まった。厨房の方の窓から唐突に湯気と煙があがり始める。ノリノリか。
この世界の人達の、こういう所けっこう好きだな。常に餓獣に襲われる危険があるからこそ、その日その日を精一杯生きようっていう、この在り方は気に入ってる。
「ふはははははは!! ならば大食い勝負といこうではないか!! 余と張り合える者はおるか!?」
「は! 貧弱兄ちゃんになんて負けるわけないだろ!」
「ふっふっふ、ボクの本気を見せる時が来た……」
「スフィ! 今日はもうご飯いらないくらい食べちゃってね!! 食費が浮くから!」
いいだろうお前ら、かかってこい。絶対に勝てない相手がいるってことを教えてやろう!