大活躍するから
「喰った……だと?」
ジルは無事だった。俺と琴音とオル君も。
ジルは魔法に向かって大きく口を開き、吸い込むように全ての魔法を食べてしまったのだ。
「あ、あんな小さな生物だ……撃ちまくれ! 食いきれなくなるまで、魔力の続く限り撃ちまくるのだっ!!」
安堵したのも束の間。その言葉に不安になってジルを見る。食った食ったと満足げだ。満足してちゃダメなんだよ、また魔法が飛んでくるぞ!
「……飛んで来ないな」
連中の方を見ると、パニックが起こっていた。
さっきと同じように武器を振り回しているが、魔法のまの字も発生していない。それを確認する度、武器を振る度、男たちは顔面を蒼白にして震えている。
「まさか完全に食われたのか!? 力そのものを!!?」
「嘘だ! 返せ、返してくれぇぇぇ!!」
「冗談じゃねぇぞ! この先どうやって生きてきゃいいんだよぉ!?」
「ぃ嫌だああああああ!!!!」
食われたら魔法が使えなくなるのか?
そういえばジルのもう1つの名前は「理を喰らう鳥」。あいつらの魔法の存在やら概念やらを食った、みたいな感じなのか?
魔法の力で滅びを免れてきたこの世界の人からすれば、こんな恐ろしくて残酷な力はないな。
「ええい、魔法が封じられたなら、魔法を使わずに倒せばいい!! 相手は魔獣ではないんだぞ!! そこで嘆いているくらいなら、術者を抑えて吐き出させるなりさせたらどうだ!」
アンゴルの叱咤に、男たちの目がぎらつく。
いや、そんなことできるかどうか、俺にも分からないぞ?
だけどまずい。肉弾戦で来られたら、さっきと同じだ。数の暴力で押し込まれる。だけどジルは体当たりしてくれなかったし、なにか攻撃手段は無いのか?
「ピピ、チッ!」
任せておけ、とばかりの貫録を感じさせ、ジルが再び口を開く。同時に俺の中で何かが減った気がした。
『ぎゃああああああああああああ!!!』
瞬く閃光。
響く野太い絶叫ハーモニー。
暗闇でいきなりの光だったせいで、視界が明滅しているようにチカチカする。
少しずつ視界が戻り、広がっていたのは死屍累々(死んでないけど)。ボロボロになって岩肌の上に倒れる男達と、その奥で怯えて腰を抜かしたアンゴル。
陛下の時と同じで見逃してしまったが、今回はジルを通じて何が起こったのかを知ることができた。
簡単な話、彼らが望んだように、ジルは食べた魔法を吐き出したのだ。俺達を痛めつけるために奴ら自身が放った魔法を、俺が持つオリジンの潤沢な魔力でパワーアップさせて。
「た、たすけて……」
アンゴルが命乞いをしてきた。
黙っていれば何かしようとは思っていなかったのに、いざ口を開かれるとイライラは再燃する。
「自分が俺達に何を言って、何をしようとしたか思い出してみろよ。よく命乞いなんてできたな」
最後なんて、俺の胴体以外は要らない付属品みたいなこと言いやがったくせに。
「ひ、ひ、ひいいい」
何か草刈の鎌みたいな物を出して、俺達を近づけまいと必死に振り回すアンゴル。EXアーツとか言ったっけ。あれは魔法の一部にカウントされないんだな。男たちも、魔法を食われた後でも持ってたし。ジルが食うのは魔法だけみたいだから気をつけないと。
ところで今、鎌が光ったように見えたんだけど、あれは魔法じゃないのか?
「ひ……ひはは!」
やっぱり魔法だった。
魔法が使えることに気づいたアンゴルが鎌を振ると、風が吹き、埃が舞い上がる。そして俺達の周りが砂埃で見えなくなっている内に逃げ出したのか、笑い声は遠ざかって行った。
吐き出した魔法は持ち主の所に戻るのか。
てことは毎回魔法を食べさせないとジルは攻撃できないんだな。ちょっと不便だけど、戦う度に相手に魔法を失う絶望を与えるのも気が引けるし、これでいいのかもしれない。
「ジル?」
俺の頭の上に降り立ちフルリと体を振るわせると、ピィという鳴き声と共にかすかに感じていた重さが無くなった。
「消えちゃったね」
「ああ。また敵が現れたら出てきてくれるよ」
あの男の子がどこに行ったのか気になるけど、洞窟の中にいる気配はしない。別に修行とかしてないけど、獣がいる森なんかを彷徨っていた経験からくる、勘みたいなものがある。
「あいつには色々聞きださなきゃいけないこと、あったんだけどな」
「あの子も私達と一緒に来たんだから、そのオリジンっていうものなんだよね?」
オリジンの条件から考えると、琴音の言う通りなんだろうけど、状況から考えた場合は話が変わってくる。あの男の子が俺達と同じなら、やっぱり同じように行く当てもなく、何もわからないまま森を彷徨うのが道理だ。だが。
「あいつは一日とかからずに森を抜けて、何の目的かは分からないけど商人とコンタクトを取ってる。初対面の子供の言う事を真に受けて、あんな部隊を用意するとも思えないし……あいつはほぼ間違いなく、元々こっちの世界にいた人間だ」
だが重要なのは、あいつが異世界人だったことじゃない。
「つまり、あいつは異世界から地球に行く方法を知ってるってことじゃないか?」
「!? そっか!」
帰還の目処が立ったことで、琴音の顔に喜色が浮かんだ。
あの男の子さえとっ捕まえれば、俺達は帰れる。あいつは何故か俺達にちょっかいかけてくる気みたいだから、放っておいてもそのうち接触してくるだろう。そもそもあんな子供が知っていたくらいだし、こっちでは世界の移動なんて一般常識なのかもしれないし、これは思ったより短い冒険になるかもしれないな。
まあ俺はドラゴン見つけるまで帰らないけど。
案の定、洞窟の出口まで来ても男の子の姿は無かった。どのタイミングで逃げたのやら。
馬車が向かっていると言っていたけど、あの商人らしからぬ言動の商人アンゴルは、到着したその馬車に乗って逃げ帰ったらしく、車輪の跡が残っていた。
「とりあえずは一安心ってとこか」
「ありがとう悠斗君。また助けてもらっちゃったね」
結局ジルは俺の魔法だった訳だから、俺が助けたってことでいいのかな。
「私はまた、全然役に立てなかったけど……」
だからそうじゃないだろ、って言おうとして、やめた。
琴音の表情が昨日とまるで違ったからだ。
「私も魔法使えるようになって、今度こそ大活躍するから!! それまでは貸しにしておいて?」
その為にはまず死にかけないといけないんだが、人里に着けばもっと簡単な方法も教えてもらえるだろう。そうすれば確かに大活躍も夢じゃない。なにせ琴音もオリジンだ、きっとすごい魔法に目覚めるに違いない。
「利子はどうする? 遅くなるほど大活躍ってヤツのハードルがあがっていくとか?」
「え? ……今でどれくらいかな?」
「んー、魔王を倒すくらい?」
「それ以上どう上がるの!?」
10日後には邪神をデコピンで倒して「ふ、弱いな」って言うくらいかな。トイチなんか目じゃないね。
琴音の事をからかいながら、轍に沿って歩きだす。
この土の線路の先に待つ、俺達の知らない目的地に向かって。