表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/32

3.ツーリング

 さて、高台で、ひとしきり消防車が通り過ぎるのを見送って、あらためてバイクのミラーに今の姿を映してみる。


 今の俺は、大きい格子柄のカラーシャツの上に、赤いライディングジャケットをはおっている。下半身はジーンズ姿。機能性を優先する俺としては、満足ないでたち。……なのだが、黒一色のワイヤドットから、フルカラー印刷に変わったような気分だ。


 カラフル?

 ……死語?


 一番変わったのは、それを着ている中身だな……。


 ボサボサで小汚かったが、艶だけはあった漆黒の長髪は、亜麻色のサラサラ髪に変わった。以前は、細くて白目がちの危ない目をした馬面だった顔。今は、アーモンド型の目と長いまつ毛が、逆卵形の輪郭におさまっている。


 自分で言うのも何だが――自分じゃないんだが――エライ美人だぞ春菜!

 我ながらドキッとするような美人じゃないか!

 おまけに、なんだ、このエロいボディ。犯罪じゃないか?


 不摂生が原因で、ボサボサのガサガサだった外見に、水の力が流れ込み、瑞々しくなったとはこれいかに! うまく言えたっ!

 おい、誰か聞いてないか? 今年最高のうまい事言えた大賞ノミネート作だぜーっハッハッハッ……あれ?


 いやいや、まてまて。俺は女に興味などないはずだ。男にもないが……。男性としての濃厚な生活が十年続いたせい、かな?

 なんせ元々、「性」なんか持ってない水だしね。サラサラだしね。


 さて当面、俺に課せられた自己満足的な使命は、このバイクを沢口家に返すことである。

 なんつったって、オリジナル春菜の遺品だからな。いや、俺なりのケジメってヤツだよ。


 俺が見る限り、外装のプラパーツは、一時的なつや出しのためチタン処理したお陰で、紫外線により生分解したようにボロボロの、いわば産業廃棄物状態……。


……不燃ゴミで出しておく方が、地球に優しいかもしんない。


 いやいや、こんなバイクでも春菜の所有物だ。俺のバイクではない。


 春菜の記憶層を探ってみると、彼女の実家は関西である。ここは九州熊本……。

 さ、さすが日本一周。思わず噛んじまったぜ!


 さーて!


 ……問題は、俺が運転を含め、バイクのことをよく知らないことだな……。


 先ほど、バイクを押していた原因は、何もガス欠ばかりじゃない。

 バイクにまたがってみればわかる。ナニ? この汗?


 先日、乗ってみてわかった。

 奴らは腰高なんだ!


 シート高は八十六センチもある。つまり、股下が、八十六センチ必要だってことだ。

 俺は、春菜になって背が縮んでしまった。おかげで、つま先が、チョンチョンでしか地面に着かない。


 それに、なにより操作が難しい。左手でクラッチ操作? 右足がリアブレーキ? ナニ考えてんだ、バイク発明者!



 だがしかし、何とかなるものだ。出発地点である熊本で四苦八苦していると、色違いの同型機種に乗った青年が声をかけてきた。


 バイク乗りという者は、同型機に乗っていると声をかけてしまう習性があるらしい。


 今は亡き水龍にどこか面影のある青年だった。大学生だと自称していた。


 なんとなく親しみを憶えて、こちらから肩を組んだりしたものだ。

 彼も親しみを感じてくれたのだろう。彼は真っ赤になるほどの熱意をもって、親切丁寧にライディングと、この機種独特の個性を教えてくれたのだ。


 気持ちのいい青年だ。コーチングする、そのためだけに彼は声をかけてきたらしい。


 ――理解に苦しむが――。


 俺に対して何か言いたげで聞きたげだったが、こちらも聞く気がなかったので、サヨナラして終わった。あー、名前も聞かなかったな。


 後々、このことを切り損ねた小爪の様に気になって、よく思い返したものだ。


 手っ取り早く関西へ。九州島をフェリーで脱出!

 ……のハズだったが、どこをどう間違えたのか四国島に上陸。いまだに、どこをどう間違えたのかよくわかっていない。


 いや、なんつーか。距離に対して、やけに船賃が安かったなーと……。


 間違えたモノはしかたがない。ポジティブに行こう!


 しっかし、愛媛だとぉ?

 愛媛はミカンしか知ってるモンねぇぞ! 石鎚山ぁー? 山に興味ねぇ!


 さらにエンジンの不調だコンチクショウ!


 アクセルを捻るとエンストする。普通逆だろう? エンストしねぇために、アクセル開けるんだろうがっ! 逆ギレしていいかな?


 だがしかし、長く続く不幸はない。

 ここでも、通りがかった親切な青年が、手を貸してくれたのだ。


 今度の青年は社会人であった。バイクの「きゃぶれたー」なる物体をてぎわよく分解整備していただいた。

 なるほど、ガソリンと空気を混ぜる気化器のことか。構造は複雑だが仕組みは単純だな。

 なんでも気化器の内部に、水が溜まっていたのが原因だそうだ。


 なぜガソリンしか入らない場所に水が入っていたのか? 水神たる俺にしても理解の及ばない現象だった。


「ふろんとふぉーく」もゆがんでいたらしく、「直してやる」と言って、いきなりタイヤに蹴りを!

 それって自転車の前輪をなおす方法だろ?


 荒っぽい手口だったがまっ直ぐに。おお! マシンの調子は以前に増してよくなった。


 ガソリンも分けてもらい、格安手段で四国島を脱出する手段を教えていただいた。

 愛媛から橋が中国方面へ延びてる。このバイクの排気量だと、安い通行料ですむそうだ。


 さかんにケータイのメアドを聞いてくるのだが、持ってない物は教えようがない。出し渋っているワケじゃないんだが。

 携帯電話のどこに魅力を感じるのだろうか? これ食えねぇだろ?


 なんでそんなモノが欲しいのか? 知ったからどうするというのか?

 素朴な質問をぶつけてみるが、しゃきっとした回答は得られない。バイク乗りって、みんなシャイなのか?


 とりあえずサヨナラだ、サヨナラ!


 彼の案内もあり、無事広島に上陸。中国地方はスパッとぬけよう!


 と、予定していたが案の定、道に迷っている俺がいた。春菜、おまえ方向音痴だろう?


 どんどん標高が高くなり、どんどん道幅が狭くなり、どんどん路面が悪化していき、いつの間にかアスファルトは消え失せ、土が露呈していた。

 土? これは緋色の呪いか?


 とうとう、四方も分からぬ山中で、立ち往生してしまった。絶体絶命。神よ! ……俺も神だけど。


 だがしかし、またもや運は俺を見放さなかった。……「運」って、「神」の上位バージョンではなかろうかと思考する今日この頃である。


 こんな山中で、バイクに乗った中年のオヤジと出くわした。彼が道案内を買って出てくれた。その年で独身だと言う。独身貴族を謳歌しすぎていたとか。


 何となく獣道や、何となく倒木をノコギリで排除しながら、アスファルト道へでた。


 親切にも彼は、道の駅でゴハンを奢ってくるという。

 サイフの中に、彼と同年代とおぼしき女性とのツーショット写真が入っていた。さっき独身だといっていたから、ご兄妹かなんかだろう。


 グローブを脱いだときは、左の薬指にシルバーリングがあったように見えたんだが、ご飯を食べてる今は見あたらない。


 きっと春菜の体と馴染んでいないから錯覚したんだ。馴染むまで最低半月はかかるものなぁ。完全に融合しないと能力に制限がかかって、どうにも不便でいけない。


 彼がトイレに立った頃合いを見て、サヨナラした。心の中で。


 さて、中国地方は何も起こらず、順調に通過。ホントに日本一周しているみたいな気持ちに浮かれていると、名古屋界隈でパンクしてしまった。


 何で名古屋? 中部地方だろ? 行き過ぎ? 味噌カツだぎゃ?


 これは困った。いろんな意味で困った。

 パンクなんて俺は直せない。だからといって何処へ持ち込めば修理できるのか、見当も付かない。


 ふうふう言いながらバイクを押していると、一軒の店が目に入った。

 いわゆる「バイク屋さん」


 俺は、目から鱗が落ちた気分を味わった。


 おーそうか。肉は肉屋、バイクはバイク屋だ。春菜が金をだして買った以上、バイクを専門に扱う商売も存在するはず。これは迂闊!


 早速、門をくぐる。店の中には、変わったバイクが所狭しと置いてある。

 主はちょっと年を取った青年だった。日本一周中にそれは困っただろうと、メアドかラインと引き替えにタダで修理をしてくれると言ってきた。だから携帯は持ってないって。


 困った顔をしていると、無条件で修理してくれた。


 主が言うには、「女の子の困った顔を見るのが趣味だ」と。……もう年も年なんだし、そういうコアな趣味に浸るのもどうかと……。


 なんだかんだ言いながらも、人間ってやつは、俺が思っていたより親切な裸虫だった。

 この旅でガソリン代を立て替えてくれたり、ゴハンを奢ってくれり、お小遣いをくれた数多くの人達に感謝しなければならない。


 この国もまだまだ捨てたもんじゃない。以前のむさ苦しい「水龍」だった頃は、人を避けていたこともあって、世間の優しさや暖かさに触れる機会がなかったからね。


 ただ気になるところ。それは親切にしてもらった人、すべてが男子だった点だが……。


 とにもかくにも、人のサイフを使って飢えることなく、何とか春菜の住んでいた町にたどり着き、ようやく沢口家の前に立つことができた。


 ごく普通の建て売り一戸建て住居。ローン残二十年ってところか。


 玄関脇のブロック塀に、春菜のバイクにして俺の短い旅の相棒をそっと立てておく。

「ここでサヨナラだ。産廃バイクよ、達者でな!」


 沢口家にたどり着いたのは、五月のとある月曜日。午前11時すぎだ。


 平日の昼前なら、学生であるはずの妹、秋菜と、サラリーマンをやっている、春菜の父には会わずにすむ。春菜の母親だけが家にいる可能が高いが、それでも家人に会う確率はぐっと減る。


 特に、妹の秋菜ちゃんには、絶対顔を合わせてはいけない。


「お姉ちゃん!」


 こん、ころん、ころおん、ごろり。


 いきなりな秋菜ちゃんの登場に、俺の手からヘルメットが転がり落ちた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ