1.歳星、散る(キラッ)
自称37才、実年齢400才超の歳星理事長が、変わり果てた姿で横たわっていた。
元は一つだった歳星が二個。
へその辺りから真っ二つ。
血の海の中で、電池が切れた様に動かなくなっている。
ここは、校舎の角をいくつか裏側に回った一角。
歳星の顔に血の気はない。大地が血を吸い取ったのだ。
つややかで長い黒髪が乱れて広がり、おどろ線を描いていた。
あの一件以来、なぜか歳星は、ソバージュ気味の長い黒髪をストレートに直していたのだった。年考えろやクソばばぁ。
俺と互角に死闘を繰り広げた歳星をいとも簡単に真っ二つに切って捨てる。
……金気以外の何ものの仕業でもない!
俺は素早く辺りを見渡した。
ここは乗馬部が使用している馬場の裏手だ。飼育部にも隣接している。
感覚を鋭利に研ぎ澄ませ、四方に放ってみるが、金気は感じ取れない。
遠く、乗馬部の厩舎に馬らしき気配を数個察知する。これはただの獣の気配。
近くは、飼育部の建物から細かい気配が何個かする。ウサギが五羽とハムスター七匹、烏骨鶏が四羽。
あと一つ、馬より小さい何かがいる。
……これはロバですな……。
ここに金のエレメンタル神はいない。少なくとも今、その存在は察知できない。
春菜の体にだいぶ馴染んだが、まだ完全じゃない。ここまでが限界だ。あと1週間程あれば、しっくり来るんだが……。
俺はそう結論づけて、歳星だったタンパク質の固まりを見下ろした。
今から少し前。鮮烈に金気の力を感じた。
爆発的な力ではない。むしろ収束させたように、鋭く研ぎすまされた気配だった。
俺は絡みついてくる水之江達を蹴り倒し、まといつく妹の秋菜を振り切って駆けつけたのだった。
そしてこの18禁残酷描写。
俺を圧倒していた歳星が……いや、結局俺が勝ったんだから、俺の方が強いんだよ。うん!
なまじっかなチカラの持ち主ではない。
「このまま放っておいてもいいんだが……。むしろ放置したいんだが……」
放課後に入って間もないせいか、周辺に人影は見あたらない。
時が経てば、この辺りも部活の生徒で満ちるだろう。
だからと言って俺が困るわけではない。
しかし、妹の秋菜には絶対に見てもらいたくない絵だ。
いや、あいつ貧血起こして絶対倒れるって。
歳星にそっと近づく俺。目のフォーカスは歳星の切断面に合わせている。だけど、用心のため、レーダーのごとき超皮膚感覚は周囲に飛ばしていた。上空へもだ。
やはり反応は無い。
そのまま屈み込む。背中まで伸ばした俺の髪の毛が、前にハラリとこぼれる。ロングヘアーってやつは邪魔なだけだ。「切ってしまおうか?」と言うと、秋菜からダメ出しが来た。
ついでに言うとスカートってのも具合が悪い。蹴りを放つ時、足に纏い付くから短くしている。
何故かこれは秋菜よりお許しが出た。俺様はミニスカートが似合うのだそうだ。ハッハッハッ!
「さて歳星。お前にはまだ貸しが残っている。このまま死んでもらっては困るな」
歳星の上半身に語りかけながら、彼女の下半身を掴んで引き寄せる。
「春菜さん、貴女が来てくれて助かりましたわ」
目を閉じたままだが、普通に話しかけてくる歳星。
あ、やっぱ生きてるんだ。
「さてと――」
俺は、歳星AパーツとBパーツの接合面を(だいたいで)合わせ、水気と土気のチカラで修復する。
――傷口は跡形もなくくっついた。
筋組織や骨はもとより、破損した内蔵細胞や神経細胞までもを完全修復するチカラ。
俺がそのチカラを使うのに、瞬きをする程も力を込めていない。
どんな理屈で体組織を修復するんだろうか?
こればっかりは、できるからできるとしか言いようがない。見たり聞いたり嗅いだりするのと、同一レベルの能力だとしか言えない。
やがて、歳星がゆっくりと目を開く。目に力がない。
「有り難うございます。と言っておきますが、血が足りませんことよ」
口の減らない蛇女め!
「それぐれぇ自分で調達しろ!」
頭を叩いてやった。
歳星も俺と同じくエレメンタル神だ。五つのエレメンタル神の内の一つ、木のエレメンタル神である。
この一見妖艶な女は、四百年間、一つの社に入って生きてきた化け物のような……、いやむしろモロに物の怪である。水生木の相性もあるが、そこそこ強いエレメンタル神だ。
まあなんだ、最後は本気になった俺が、軽く一蹴してやったがな! 本気さえ出せば、オレは無敵だし!
「はいはい」
しゃがみ込んだまま、再び目を閉じる歳星。タイトミニから覗いた内股が、異様に白く湿潤にてなめかしい。
みるみる血の気を回復していく歳星。
木気のチカラも回復系である。別の分野での治癒能力は俺より高いものを持っている。
「ところで、誰に殺られた? 金気か? 獲物は何だ?」
目はあちこちに気を配りながら、矢継ぎ早に質問する。
俺たちエレメンタル神は、条件さえ合えば体を入れ替えることができる。
俺が水魔水竜から春菜に乗り変えたように、緋色が何人もの社を渡り歩いたように。
そしてここは学校。人間は売り飛ばせるくらい沢山いる。
金気を宿した社が、何らかの理由で歳星を狙ったのかもしれない。……最近消費税が上がったしね。政治家もだらしないしね。インターネットもプロバイダーだしね。
金気の野郎、そのあたりでイライラしてたのかも知れない。……オレが思うに。
「解りません。わたくしは、微かな金気を辿ってここまで来たのです。いきなり後ろからバッサリと。瞬間、気を失っていたようで、誰がどんな方法を使ったかは――」
俺が手で合図して歳星を黙らせた。校舎の角を厳しい目で睨む俺。
近づいてくる気配を察知した。複数だ!
歳星はうずくまったまま、戦うどころか体力の回復もままならない。
もともと歳星はアテにしてない。コイツ弱いんだ。
先週、俺と歳星は殺し合いををやらかしたばっかだ。もちろん、戦いを終始リードしていた俺が圧勝した。歳星が泣いて謝るから、命だけは助けてやったのだ。
影が校舎の角から飛び出した!
「お姉ちゃん!」
秋菜ちゃんですかい!
「春菜お姉様、そんなところで何やって――」
続いて顔を出す水之江と……その他、名前を忘れた三バカトリオ。連中、言葉半ばに固まる。
「理事長先生……まさかお姉ちゃん!」
秋菜の引きつり声に、俺は自分の立場を第三者的視点で確認した。
横たわった歳星を俺が抱き起こしている図だが……。
女理事長の服装は乱れ、脱力した姿態が妖艶だ。乱れた髪。抱きかかえる女子高生。熟れた花を咲かせた女と、未だ青さの残る蕾のような少女。お互い、顔と顔が接近している。
「ばっ! ばかやろう! 倒れていた理事長を抱き起こしただけだ!」
大声を上げて弁明する俺。いや、弁明って、本当に何にもなかったんだから、弁明なんてする必要はないが。
秋菜のドングリ眼が、大きく開いたままだ。瞳孔が開いているよオイ!
「変な想像するな! いや、ちょっとたのむよ!」
アイコンタクトを取り合う秋菜と水之江。
秋菜っ! 水之江なんかと心を通わすな! バカが移る!
「そんなことより、怪しい人影を見なかったか? 理事長を殺ったヤツが近くにいるはずだ!」
「理事長を……姦った?」
水之江が怪訝な顔をする。
「そうだ、どうやら理事長は、後ろから襲われたらしい」
「つまり、バックから姦られ――」
俺の空中回転右回し蹴りが鮮やかに水之江の側頭部に決まった。
胸部を中心にして横一回転する水之江。地面に落下したあとは、壊れたマネキンのように動かなくなった。
「「水色と白のボーダー!」」
ハモって叫ぶメガネとフランスパン。中腰なのは何故?
「おい、メガネとフランスパン! 被害者一人追加だ! 医務室へ連れて行け!」
ピクリとも動かない水之江。その頭を靴底でゾリゾリする俺。
「えーと、僕たちの名前も、できれば覚えてくださいね」
文句を言いながらも、メガネとフランスパンが水之江を担いでいった。
「お姉ちゃん、いい加減名前覚えてあげなさいよ。メガネが児島君で、もっこりリーゼントが猪原君よ」
秋菜……、俺は名前を覚えられないんじゃない。覚えたくないんだ!
「秋菜さん、医務室まで連れて行っていただけるかしら。やはり女子が一人付いてる方が心強くてよ」
歳星が秋菜に声をかける。気を利かせたつもりだろうが、俺に後処理を丸投げしたことがミエミエだ。
「ここは危ないわ。お姉ちゃんも一緒にいこ!」
秋菜の黒目がちの瞳が潤む。いや、ちょっと、お姉ちゃん、そういう目に弱いな。
「大丈夫だ秋菜。ここはお姉ちゃんに任せておけ」
親指を立て片目をつぶって舌を出してみせる。
へちょい木のエレメンタル神は倒せても、この無敵鋼人・俺様は倒せねぇ!
「わかった。すぐに先生達を呼ぶからね。無茶はダメよ」
秋菜は明るく返事をし、まだ足元のおぼつかない歳星の手を取った。
介添えされた歳星が俺とすれ違う。
「かなり古そうですわよ」
歳星が俺に、そっと耳打ちした。おまえの「古い」は嫌なことばかりだな。
校舎の角を曲がると、二人の姿は見えなくなった。
人の耳では聞き取れないが、砂利を踏みしめる足音がした。
秋菜達が去っていったのと反対の方向だ。ハムスター小屋の向こうに大きな影が佇んでいた。
建物の影にいるため表情は見えない。清流学園の制服を着た人影は、目だけを白く光らせていた。
男だ。
「でかい」
身長は百八十超え。胸板が異様に厚く、肩幅も尋常でなく広い。短く刈り詰めてはいるが、癖毛は隠せない。
ゴリラ筋肉の上に、凶暴な目をした顔が乗っていた。目が獲物を狙う鷹のように鋭い。
顔中の筋肉がビルドアップしてるかのような面構え。
獲物は……ひょっとして俺? 俺を見据えている?
いいだろう、いいだろう。気に入ったぜコノヤロウ!
金気は毛虫を従える。毛虫とは、白虎に代表される、毛で覆われた獣の事だ。ゴリラは正に毛獣にして毛虫。もうこいつが犯人でいいか!
俺は大股に歩いて近づいていく。筋肉男は、じっと俺の顔を睨んだまま動かない
男の手が届くところまで近づいて、足を上げて、高く上げて頭上より振り下ろした!
が、手応え……いや、足応えがない?
男は無表情なまま。半歩後ろへ体をずらしただけ。、俺の踵を見切っていた。
「ヤロウ!」
空振りした足を起点、頭上高く飛び上がる。前方へ回転しながら反対の足をゴリラの頭頂に叩き落としてやった。
両腕を交差して俺の踵を受け止める男。男の足下で、何かが凹む堅い音がした。男の足を中心にして、凹面鏡のように地面が窪んでいる。
男は口を開いた。
「いきなり酷いじゃないですか。僕に何か落ち度でもありましたか? 君、誰です?」
体に似合わず甲高い声。
「なにばっくれてやがる! お前こそ何者だ!」
ならばと、正面から左回し蹴りをレバーに叩き込む。
男は左掌を回転させ、蹴りを受け流した。
「三年五組、金堂優司と申します」
「一年二組、沢口春菜!」
「むっ! 沢口……」
わずかな隙を突いて蹴りを乱打する。その全てを掌で、あるいは腕で受け止め流された。その動きに殺気はない。
自己紹介が終わって気がついた。
金藤とやらに、金気のかけらも感じない。こりゃただのゴリラだ。
あのタイミングで出てこられては、犯人と疑われても仕方ないと思うのだが、……どうやら俺の勘違いのようだ。これは悪い事してしまった。
「いや、すまん! どうやら勘違いしたようだ。お詫びにパンツでどう?」
「何を言ってるんですか! 自分を安売りするもんじゃありませんよ!」
男に対して誠心誠意の詫びをしようとしたんだが、逆に諭されてしまった。
金藤君はゴツイ顔に似合わず、真面目な男だった。俺はその後、説教される羽目に陥ったのだが、それは心底どうでもいい話だ。




