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14.強請


次話「芹川嘉門」


「学校がひけてから、コッソリと襲撃するしかない!」


お楽しみに!


 検査の結果はシロ。血球、造血細胞共に異常なし。


 驚愕した担当医は掟破りの逆意地を発し、他の患者の検査をキャンセル。短時間の内にいろんな検査を行ってくれた。


「なんだかよくわかりませんが、一晩で慣解したとしか言いようがありません。奇跡です。でも、念のため今日一日検査入院して下さい。本当に何ともなければ、明日退院できます」


 青い顔をし、盛んに、「信じられない!」を連発する担当医。


 俺からの連絡で駆けつけた、沢口ママとパパ。秋菜が助かったことの安堵によるものか、若い担当医に、涙を流して感謝の言葉を伝えていた。


 誤診だったとか考えないのか? ……誤診じゃなかったけど。


 全くもって人間というヤツは、……面倒くさいので以下省略するが……。


 だが俺は、パパやママのようにあっさりした性格ではない。二人は、秋菜の元へ引き上げたが、俺はここに残った。


「なにか?」

 担当医が、ナニか期待のこもった目をして、嬉しそうに話しかけてきた。


「白血病って、何もしなくても治る病気だったんですね」

 にこやかに談笑する俺。


「いや、そんなことはないですよ。まだ秋菜さんには、本格的な化学療法も、幹細胞移植などの治療も行っておりません」

 笑顔の優しい医師に、俺はさらに輪をかけた作り笑顔でこう続けた。


「でも間違いでよかった。……過去の検査が間違っていたんですよね?」

 作りすぎないようにと、秋菜の屈託ない笑顔を真似して微笑んでみる。


「ええ、たぶんなにかの間違いです。ほんとよかったですね」

 ふふふ、単純なヤツ!


「それって、誤診っていうんですよね?」

 担当医のにやけた頬が、ピクリと痙攣した。


 たたみ掛けるように、俺の棒読みセリフが続く。

「間違った診察で間違った薬を飲んだり、本来払わなくていい治療費なんかも払ってたんだぁ」

 若い医師の表情は、笑顔のまま凍りついた。


 俺は語調を変えた。

「これはあきらかに医療ミスだ! てめぇのようなヒヨッコじゃ話しにならねぇっ! エライさんを呼んでこい!」


 横の椅子が、垂直に天井まで飛び、派手な音を立て床で跳ねた。俺が蹴りあげたのだ。


「ひっ、ひいぃぃ!」

 情けない声を上げ、すっ飛んで出ていく若輩医師。そんなに怯えなくてよい。だって、あなたの診察は正解だよ。治癒前・治癒後共、正しかったんだもの。


 人間、混乱してしまうと、判断や決断が出来なくなってしまうもの。パニクらせておいて、上司に判断を仰げと逃げ道を指示する。すかさず楽な方へとなびくのが、正しい人間ってもんだ。

 そんでもって、現場にいないエライさんは、事を穏便にすませようとする。俺も、言い値で引き下がる。


 いくらぐらい積んでくるかな? 家に少し入れて、残りは俺の活動資金にしよう。体を張ってくれた秋菜には、さっきの若いのが言っていたオサレなメシ屋で、たらふく食わせてやろう。


 いまだ手にせぬ、狸の毛皮。その取れ高を計算する俺。


 そうさ、俺はこんなヤツ。でも俺は、こんな俺が大好きだ。

 基本的に、善悪の判断基準なんか持っていない。いや、ことわりを善と悪に分ける無駄な努力はハナから放棄している。


 だが、ここは一つ、あえて俺流に善悪を定義してやろう。

 俺にとって都合の良い事柄が正義であり、俺にとって都合の悪い現象が悪である。俺に利益をもたらす生物が、正義の味方であり、敵対する生物が悪党。以上!


 だから、今回も良心など痛まない。……元々持っていないけど……。


 だまされる方が悪い。広義にいえば、弱い者が悪い。弱さはそれ自体が悪なのだ。

 ……まあ、秋菜は弱っちいが、可愛いからよしとする!


 秋菜の担当医が帰ってきた。幾分、血色がよくなっている。キーマンが変わった証拠だ。


「当病院の理事長が、直接話を伺いたいと申しております。理事長室まで、ご同行願えますか?」

「ああいいよ」

 俺は、軽く引き受けた。


 同じ説明を繰り返すのは面倒くさかったが、人が額に汗してため込んだ金を楽して手に入れる。そのために、少しの手間を惜しんではいけない。


 ……我ながら、俗世間の垢にまみれまくった神だなと思う。

 物質世界っていいぞー。




 理事長室は、教室ほどの広さがあった。ハリウッド映画に出てくる、社長室みたいな部屋。壁一面の窓以外、応接セットと、大きめの執務机しかない空間だった。


 その理事長室で俺を待っていたのは、長い黒髪に白い肌……。

「歳星理事長……」


 もうね、体から、全ての体液が流れ出るのを耐えるのに必死だったりする。

 いや、俺が甘かったのだ。予想できたはずだ。


「話は聞きました」

 執務机の向こう側に座る歳星理事長。白くて細長い指を組み、組んだ手の上に、顎を載せてこちらを見ている。

 雰囲気はいつものとおり、あくまで気怠く廃退的だ。


「今日の検査結果を見る限り、確かに秋菜さんの病気は完治、もしくは最初から発病などしていないと判断せざるをえませんわね」

「しかし理事長!」

 担当医が異を唱える。


「そう、しかし……」

 理事長は、書類を片手に持って立ち上がった。


「言い訳がましく聞こえるかもしれませんが、不思議なことも事実ですわ」

 この艶っぽい笑顔は何だろう? 秋菜の無邪気な笑顔と対極をなすもの。


「昨年から今年にかけて行った五回の検査は、全て秋菜さんの病状が白血病であることを示唆しています。そして昨日の検査は、それを裏付けるものでした」

 目を見開いて笑う人。生命力と神秘の象徴たる蛇が邪気を含んで笑ったら、こんな笑顔になるかもしれない。


「この病院の医療設備は、ひかえめに言っても、検査機器だけは世界のトップクラスを自負しています」


 検査結果、……なんだろうか、書類を数枚手にした歳星理事長が、薄紙のような笑みを顔に貼り付けて俺を見る。だから、正面からその視線を受け止めてやった。

 だって、俺は、何も悪いことをしていないもの。ぷげら。


「都合六回の検査で、秋菜さんだけに、全て間違ったデーターを示したか、我が院が、六回共秋菜さんだけ、他人のカルテと差し違えてしまう管理をしているのか? 確率的にいって小数点以下何桁なんでしょうかね?」


 この人、こんなに目が大きかったかな? しかしまあ、引き下がる俺じゃない。伊達に何百年も生きていたんじゃない。


「その確率を秋菜が引き当てたのかも知れませんね」

 秋菜が一晩で治った、というヨタ話を主張したいなら証拠を出せよ、と。


 ……ほんとは、それが正解なんだが。

 昔、ある人間に教えてもらったことがある。正解を知っている者、それを詐欺師と呼ぶのだそうだ。


「そうとしか言えませんね。いいでしょう。間違いを認めて謝罪いたします。当病院に支払われた治療費は、全て返却致します。ただし、経理の関係で、明日秋菜さんの退院の際、経理計算で払い戻しさせて下さい。慰謝料の件は……」

 そこで一息つく歳星。


 ゆっくりと、口の両端がつり上がっていく。


「慰謝料の件は、一つ貸しにしませんこと?」

 歳星は、実に魅力的な笑顔だった。狐が、人を騙す愉悦に浸るような、よい笑みだった。


「利息は、お金以外の物で払っていただくことになりますが……」

 精一杯、困った顔をする俺。

「いいんですか?」

 俺としては、純情可憐な笑顔を浮かべたつもり。例えば、イタチのような……。


 俺は、人間であるあんたを目上とは思っていない。むしろ格下だと思っている。貸し借りなど発生しない。


「ふふふ、それもいいわね。明日中に、銀行口座を指定して頂戴。これでいかが?」

 電卓に数字を表示する。ほうほう!


「俺、……いや、あたしは、沢口家の経済事情を鑑みて、押しの弱い父に代わり申し出ただけですぅ。これで充分満足ですぅ」

 できうる限り真摯な態度で……ブリッコする。オエ。


「あなたとは長いつき合いになりそうですわね」


 理事長を初めて間近で見たが、この人いくつだ?

 四十代半ばだと思っていたが、化粧下の肉体年齢は七十代を超えている。遠目には解らなかった。




 ……噂に聞く特殊メイクってヤツだな。 





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