13.ぶれた決断
今、俺は秋菜のベッドの隣、簡易ベッドの上で横になっている。
付き添いするつもりだった秋菜の母を病室から追い出した。俺が一晩付き添いするから、と無理に家に帰した。
家出した罪滅ぼしだと言ったら、納得したのか、母は笑みを浮かべ帰っていった。
夜が更けるまで、秋菜とたわいない話を続けた。
消灯時間が過ぎ、無理矢理秋菜を寝かせる。「魔水」俺の持つ水の力だ。
病室のドアから顔を出し、外にひとけがないのを確かめる。
秋菜の胸をはだけ、直接肌に触れる。
「奇魂」(くしみたま)
浸透圧を利用し、俺の分身である水の「式」を秋菜の体内に注入、進入させた。
秋菜の血管中に広がる、もう一人の俺が、彼女の体内へ浸透していく。
途端に支配欲がムクムクと湧き出す。そうだ、秋菜の体は、間もなく俺の自由になる。
やがて秋菜の内宇宙、隅々まで、俺が浸透しきった。そして来る、秋菜との一体感。
――秋菜は俺、俺が秋菜――
俺は、秋菜と一つになったという実感と、充足感を得た。満たされる支配欲。
その気になれば、自在に秋菜をロボットのように操ることができる。昔、そうやって何度も地元民に厭がらせをしたものだ。今となっては、甘酸っぱい思い出のひとつさっ!
さて、現実に立ち返ろう。
秋菜の体内に広がっていく途中で、早くも気づいた。血液組成が変だ。酸素を運ぶ赤血球も少ない。そして、……それも壊れていた。
白血球が白血球として働いていない! 変な菌が体内に入っている!
秋菜の血液は、壊れていたのだ。
直ちに、壊れた各血球を修復する。
なぜ、こんなに異常な血球細胞が大量増殖したのか? このような場合、物事の最初を調べるにかぎる。捜査の基礎だ。
俺は、血球を作る工場に、問題の答えを求めた。
造血細胞が骨髄にある。それくらい、俺でも知っている。問題の白血球や赤血球、血小板などの各血液細胞へと分化するのは、骨髄にある血の原材料・芽球だ。
原因は解らないが、どうも、この芽球を含む骨髄が狂ってしまっているようだ。
ここで行き詰まってしまった。俺は水だ。大抵の細胞は、水に浸されている。水により生かされている。だから、俺の力でほとんどの病気や怪我は治る。
ところが、骨というものは、水分含有量が極端に少ない。
全く水分が無いわけではないが、骨に対する水エレメントの支配率は、他のエレメントの支配率より圧倒的に低く、影響を及ぼしにくい。いや、及ぼせない。
現実問題として、俺は自分の骨折は直せるが、他人の骨折は直せない。
……ここまでか。
いくら血球を修正しても、きりがない。秋菜を延命させるのが関の山だ。
んが、簡単に修復できそうだと思えてきた。及び腰ながら、腫瘍化した骨部分を正常な骨に再構築してみる。
出来た!
あれ?
……。
思い出した。
すっかり忘れていたが、アレだ。俺は土のエレメンタル神である、緋色の力を吸収していたのだった。俺は土の力をかなり自由に使えるようになっていたのだ。
骨みたいな堅いのは金気で、それは土気により影響力を及ぼす事が出来る。どうりで簡単にいじれるわけだ。
ふふふ、術式完了。
笑った割に、大変疲れている。単に秋菜が助かったので、嬉しくて笑っただけだ。
土のエレメントを天敵とする水のエレメントが、土の力を使ったのだ。もの凄い体力を消耗した。
人間でいえば、フルマラソン完走といったところか。いやいや、ホノルルマラソンを一位で走り抜けるくらいは消耗したね。走ったことないけど。
……じゃなんで笑ったのか? ああそうだ、秋菜が完治したので嬉しくなったんだっけ。
……じゃなんで秋菜が助かると嬉しいんだ? 謎が深まる。
恐らく、俺は疲れているんだろう。ホーッと長い息をついたら、背中に風を感じた。
ドアが半分空きっぱ……。
見られてたらどうすんだよ!
そいえば、バイクも鍵を付けっぱなしで、二日間放置していたな。最近気の弛みがひどい。どれもこれも秋菜のせいだ。俺の性格はもっと几帳面なハズ。春菜はB型だけどっ。
……そういうことにしておこう。物事は全て認識から始まる。無限に広がる大宇宙だって、存在を認識して初めて存在するのだっ! ハァハァハァ……。
いずれにせよ、疲れたことに違いない。備え付けの簡易ベッドで睡眠をとることにした。
無敵の水神も、体は人間がベース。疲れるときは疲れるのだ。
それに、まさかこんな時、こんな所まで、秋菜が潜り込むことはないだろう。
次の朝。……俺の考えは甘かった。
秋菜よ、俺のベッドに潜り込むのはまだ良いとしよう。俺のジーンズに手を突っ込んで、パンツの端を握って寝るのだけはやめてくれ。
「あのね、夢にお姉ちゃんが出てきたの」
いきなり何を言い出しやがるのですか? このアマ。
「最初は怖い顔をしながら、私にのしかかって苦しがらせていたの。だけど急に優しい顔になって、ギュって抱きしめてくれて、そしたら何だが体が暖かくなって軽くなって」
そんときだな。俺が奇魂の術式を施したのは。
「夜中に目が覚めたの。そしたら、お姉ちゃんが横に寝ていたの。えぐぅ!」
な、なんだよ。急に泣き出して。まだどこか痛いのか?
「ううん。わたし嬉しかったの。お姉ちゃんが、わたしの看病をしてくれて」
すっかり直ってしまった秋菜。朝からテンション高い高い。
昨日まで、体調の悪さを騙し騙し保持していたのだろう。一晩寝ただけで元に、――半年前の体調に戻っていたのだ。わからんでもない。
だが、秋菜は、自分が完治していることに気が付いていない。困ったことに、真相を話すわけにもいかない。
ここはアレだ。ひとつ医者に判断してもらうしかない。
「おねーちゃんは、先生に用があるから。良い子で寝てなさい」
秋菜の返事も聞かず、大股で走り出した。
担当医のディスクは、乱雑に書籍が平積みされていた。整理がなされていないが、勉強家であるらしい。自己能力を高めるのに、出費を惜しまない典型例だな。
何故か、にこにこ顔の若い担当医に、秋菜の再検査を依頼した。
二つ返事で断られた。理由がないからだ。
再検査の理由を言うわけにもいかない。ただ俺のカンが告げている、としか言いようがなく、自分でも説得力の欠如に気づいていた。
だがここが踏ん張りようだ。治っているのに抗ガン剤など、投与されてはたまらない。別の病気になってしまう。
うまく説明できない俺は、業を煮やし、会話に身振り手振りをまじえて、ヒートアップしていった。
若い医師も意地になってしまった。再検査は絶対やらないと言い張る。専門用語をいっぱい使い、どんどん難しい話を勝手にしゃべり続けて止まらなくなった。
このままでは平行線だ。別のアプローチを考えるんだ! とにかく落ち着け、俺!
落ち着くと、ブラのストラップがズレて、ナニの収まりが悪くなっていることに気づいた。
ジャケットのジッパーを胸元まで下げて手を突っ込み、指でストラップを引っかけ、つと移動して離した。
パッチン!
担当医の演説が止まった。ん? なんだ?
ついでだから、食い込んでかゆくなったパンツのゴムも引きずり出そう。秋菜の選んでくれたパンツは可愛くて気に入っているのだが、どれもこれもワンサイズ小さいのだった。
右のゴムを引っ張って直す。
ペチン!
担当医の演説が止まった隙を突いて、何度目かのお願いをしてみる。パンツの左も、と、ベルトの隙間に手を入れながら。
「ねぇ、診て! お願い!」
「い、いいでしょう。あっ朝イチで、けっ血液検査をしませう」
眼鏡を指で直し、汗を一筋流しながらも見た目冷静、且つセリフを甘噛みながら、そしてあっけなく再検査を了承してくれた。
やった! 俺の熱意が先生を動かしたのだ。よく言うじゃないか、ほら、人間死ぬ気で頑張れば岩をも通す。……何を通すんだっけ?
針の穴を岩が通す。……だっけ? いや、岩の上で残念だっけ?
……どうやら、全て間違っているみたいだな。
「それはそうと、秋菜さんのお姉さん。今度の日曜日、一緒に昼御飯でもご一緒出来ませんか? 最近できた可愛いお店を知っているんですよ」
タダで食わしてもらえるんなら、喜んで付いて行くぞ。バイクで九州からの帰りといい、今時の若者は、酔狂なくらいに親切だな。
さて――。
検査の結果はシロ。血液、造血細胞共に異常なし。
当然だけどね♪
でも、それだけでは済まなかった。
次話「強請」
「物質世界っていいぞー!」
お楽しみに!




