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花束

鈴蘭水仙

作者: 九条 隼

「アカネさん」

 鼻歌を歌いながらつむぎちゃんのブラッシングをするアカネさんに声をかける。

 アカネさんはいつものように不思議な色の柔らかそうな髪を揺らして振り向く。両手を後ろにまわしたまま隣に座ると、不満そうな顔をしたつむぎちゃんが顔を上げた。もふもふ……。

「あのね」

「はい、何ですか?」

 柔らかく笑う姿に、ほんわりと胸が熱くなる。優しい顔。ひとりぼっちのわたしを気にかけて、助けてくれる人。

 言わなくちゃ。いつ帰るのか分からないんだから、言える時に言わなくちゃ。

「あのね、これ……その、いつもありがとう。シドーさんとこの間街に行った時、見つけて。あっお金はこの間お店でお手伝いした時のだから! か、買ってもらったわけじゃないよ!?」

 い、いいらないことばっかり言っちゃったよ!!

 うううう気に入ってくれるかな。アカネさんだし、要らないとは言わないと思うけど、でもやっぱり、気に入ってくれるといいな。

 そっとうしろから包みを取り出して差し出す。きょとんとした顔が、ゆるゆる変わって、へにゃりと笑う。

「……ありがとう」

「えっう、ううん!? その、わたし、やっぱり怪しいじゃない……? 異世界人なんて、普通信じてもらえるわけ、ないし。でもシドーさんもアカネさんも、信じてくれて。ここに置いてくれて、わたし何もできないけど、でも、その」

 ああ、もうなんて言えばいいんだろう。

 胸をぐっと掴まれたみたいだ。泣きそうな顔。ああ、泣かないで。力になるから。ねえ。……なんでわたしはこんなに駄目なの。

 潤む綺麗な目を見れなくて、それでも何か言おうと声は出すのに言葉にならない。

 あああ、どうしよう。アカネさん、意外と泣き虫なんだから。涙腺弱いんだからあぁぁ!

「その、わたしアカネさんのこと好きだし! 大切に思ってるよ。あっそれは恩があるからとかじゃなくてね! アカネさん、その、いつも優しいし、いろいろ教えてくれるし!」

「カッコいいし?」

「うん……うん!? そこまで言ってないよ!」

「ぁいった! す、すみません……」

 にこりと笑う顔にもれなくつむぎちゃんの頭突きが当たる。いや、本当にカッコいいと思うんだけどなんていうか自分で言っちゃう辺り残念だよ……。

 顎をさすりながら不機嫌なつむぎちゃんの頭を撫でて、苦笑する。

「冗談ですよ……もう。ありがとうございます、ねえ開けて良いですか?」

「うん」

 ぺりぺりと丁寧に包装を開く横顔をつむぎちゃんと見つめながら、息をつく。

 あっもしかしてこれ見てちゃいけなかったかな。どうしよう、非常識とか思われたら。……って、それはもう手遅れか。まず初めて会ったときに年齢聞いた時点でアウトだってシドーさんに怒られちゃったもん。アカネさんはとくに気にしてなかったみたいだけど。異世界って大変だ。シドーさんに拾われなかったらって考えると、今でもぞっとする。

 わあ、と嬉しそうな声が聞こえてはっとする。包装をとれば出てきたのは四角い箱で、一気に心臓が大きく鳴りだした。うううわ緊張。もともとそんなに誰かにプレゼントするタイプじゃなかったんだもん。どんなの選べばいいんだか分かんないんだもんんん!

――ゆきんこ、お前……。いや、いいんだけどよ……。おっさん、まさかお前がそんなに男前だとは……。いや、いいんだけど……。

 わたしの手元を見てどん引きしたシドーさんを思い出す。

 やっぱりやめれば良かったかな!? 変な意味はないって言ってたけど、あの反応は絶対何かあるよね!? もう返してもらった方がいいのかな!?

 思わずつむぎちゃんの首にだきつけば、問答無用で頭突きされた。

 いたい……。

「……これは」

「ど、どうかな」

 ぱかりと箱を開けて、アカネさんが私を見上げる。


「こ、こんやくゆびわですか……?」




「えっちっ……ちがっ!! い、いたい!! いたいよつむぎちゃ……っご、誤解だようううう」

 ばっと立ちあがって飛びかかってきたつむぎちゃんから逃げながら、驚いた顔のまま箱を見つめるアカネさんに叫ぶ。つむぎちゃん目が本気!!

「ち、ちがうの、ただ、似合うかなって思って……つい買っちゃって!」

「すっすごい殺し文句ですね、結婚ですか!? 籍は……すこし難しいので、事実婚でいいですか!? あっ結婚式なら入籍しなくてもできますよ!! ドレス派ですか!? この世界では民族衣装も選べますが、どうします!? 私の国の衣装にしますか!?」

 事実婚!? っていうか結婚式!? そりゃ、ウェディングドレスは女の子の夢だけど……。アカネさんかっこいいんだろうなぁ……笑って手差し出されたらもう駆け寄っちゃうよ!

 って、いっったい! つむぎちゃん噛んだ!!

「だっ誰呼びますか!?」

「ちっ違うって!!」

 だからつむぎちゃん呼んでよ!!

 アカネさんに叫べば、はっとしたように首を振って箱を抱える。

「もちろん嬉しいですよ!?」

 ちっ………がううぅ!!! 

「違うよううううううう聞いてよわたしのはなしいいいいっねえつむぎちゃんも! 落ちつこう!? 落ちついて!!」



 その騒動は、シドーさんが来るまでの三十分間続きました。




「あっはっはっ! なんだよゆきんこぉ、そんなに怒んなくてもいいじゃねえか」

「怒ります!! もうシドーさんなんて知らない」

 ふかふかのソファの背もたれに腕を乗せて豪快に笑うシドーさんを睨みつける。

 信じらんない。何で教えてくれなかったの!

「だって、指輪って、私の世界じゃあんまり深い意味はなかったし、お父さんだって私にくれたりしたし、友達同士だって……!」

 ああもう、最悪だ。もうこれアカネさんのところいられないんじゃないかな!?

 膝を抱えてため息をつくと、視界の端でつむぎちゃんが小さく鳴いたのが見えた。今笑った!! 絶対笑った!


「ゆきちゃんゆきちゃん」

「……なんですか」

 肩を叩かれて顔を上げればにこにこと上機嫌なアカネさんがさっきのわたしと同じように横に座った。

「どう?」

 ちゃらりと音を立てて首筋のチェーンを持ち上げて、笑う。うっ笑顔が眩しい……。

「……い、いけめんです」

「えっ……いや、そうじゃなくてですね! わあ、つむぎ、褒められちゃったや……」

「おーいゆきんこ、その先、その先。顔じゃなくて」

「えっ」

 駆け寄ってきたつむぎちゃんの頭を撫でるアカネさんの首筋を見る。

 金色のお洒落なチェーン。くろいVネックのシャツ。さ、鎖骨までお美しいんですね……。

「あ」

「なーんだ、満更でもねえんじゃねーか。澄まし顔しやがって」

 胸元でゆらゆら揺れる飾りが目につく。銀色の六つの花びらの、提灯みたいな花。草が巻きつく様な細工の輪っか。

「つ、つけたの? アカネさん。婚約指輪!!」

「えっやっぱり婚約でした!?」

「いや、違うけど……」

「えええ、即答……」

 少し肩を落としたアカネさんがぱっと立ちあがって、またいつもみたいに笑う。

 横でぱたりと誇らしげに尻尾を振ったつむぎちゃんの頭に手を乗せて、昔あこがれた王子様みたいににこやかに。

「ゆきちゃんっぽい花なので、折角だからつけさせていただきました。……まあ、仕事の時は流石にとらなきゃいけなくなるんですけどね」

 苦笑してまた笑う。

「ありがとう、ゆきちゃん。嬉しいです。大切にしますね」

「う、うん……」

 い、いいのかな。指輪なのに。ここじゃ指輪は既婚者の証って言ってたのに。

 ちらりとつむぎちゃんを見ると、多少不機嫌そうだった。アカネさん大好きだもんね……面食いなわんちゃんだ。まあこんだけかっこいいなら、しょうがないのかな……。犬をも骨抜きにするなんて、なんという美貌。おそろしい。

「本当ですよ?」

 ふわふわ笑って、アカネさんが指輪を持ち上げる。

 あ、そうだ、そう言えば、お店やさんがいってた。

「あ、あのね!! その花ね!」

 えっと、なんて言ったんだっけ。

「雪……えっと、なんだったかな」

「スノーフレークか?」

「えっ」

 背もたれによっかかったシドーさんが笑う。

 何で知ってるんだろう。……教えてもらってた時、その場にいなかったよね?

「スノーフレーク。たしかにまあゆきんこっぽいわなぁ」

 にやにや意地悪そうに笑うシドーさんに、アカネさんも笑った。

「スノーと雪ですか?」

「まーあな。それと、花言葉とか」

「おっ流石オトメンですね」

「ふふん、これぞギャップよ」

 にやにやにこにこ笑う二人を交互に見ながら、寄ってきたつむぎちゃんに首をかしげる。

「聞く? 聞くかゆきんこぉ」

「えっ」

 って、お酒くさい! いつの間に……!

 うわ、瓶持ってる……。でも空いてない、もしかして二本目?

「あーっちょっと、鬼酒!! 何で開けてるんですか! しかももうないじゃないですか!」

「ふっふふーん、うかうかしてとられる方が悪いんだよ色男ォ。そうやってちんたらしてっと女も取られちまうぞォ……」

「なに拗ねてるんですか……。あーあ、折角明日の夜開けようと思って楽しみにしてたのに」

 小さくため息をついたアカネさんを見て、思わず笑った。

 まるで兄弟みたいだ。駄目なお兄さんと呆れるしっかり者の弟。まあ、見た目は全然似てないし、友人同士らしいけどね。

 わたしは、周りからみたらどう思われるんだろう。

 ……妹とかだったら、うれしいなぁ。

 二人と違って、顔が良いわけじゃないけれど。なんて、ね。





「ゆきちゃん」



 暫くしていびきをかき始めたシドーさんに呆れていると、こっそりとアカネさんに手招きされる。

 お酒の匂いが嫌いなつむぎちゃんはどうやら退散したらしい。人間でも凄いにおいだもんね……かわいそうに。



「ありがとう。……本当に」

 泣きそうな顔で笑って、アカネさんが言う。

 ……本当にそう思ってくれてるんだろうな、この人は。

 シドーさん達がいたらこんな顔しないし。

 本当に、優しい人。

 見ず知らずの異世界人なんてへんな女に婚約指輪を渡されて、それでもこうやって首から下げて大切にしてくれるんだから。

 わたしなら、絶対にできないのに。


「ねえ、本当に良かった?」

 もし少しでも思うところがあるんなら、外してしまってもいいのに。


「もちろんですよ」

 ふにゃりと女の子みたいに可愛く笑って、ふとあっていた目線がずれる。



 ……あれ。


 ……あれ?


「ありがとう。……私も、ゆきちゃんのこと大好きだよ」



 ……ちゅ、なんて。


 ほっぺに、……。



 あ、あれ……!?



「す、好きとは言いましたが大好きとは言ってませんですよ……」


「あれ、そうでしたっけ?」


 ぱっと離れていった綺麗な顔を見て、思わずつぶやいた。





 ……あれ!?


 ばくばくばくと五月蠅い心臓に、波乱の予感です。



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