表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編集

くまとわたし

作者: さゆみ

桜の花びらが舞っている。わたしは幼稚園に入園した。


「あいだかなちゃん」

『はい』


「あらいみさきちゃん」

『はい』


3番目はわたしだ。


「いとうあやこちゃん」

『…』


「あやこちゃん」

『…』


「あれ、お休みかな」

『…』



わたしはしゃべらない子だった。


幼稚園では誰ともしゃべらなかった。

でも家では普通にしゃべっていた。いや普通ではなかった。



わたしはママや幼稚園の先生やはるみちゃんやゆりえちゃんみたいにしゃべれないんだ。



心の中ではきちんとしゃべってるのに、声に出そうとすると最初の音がなかなか出ない。顔を左右に振ってみたり、下を向いてから勢いをつけて、あごをしゃくりあげたり、足でトントンとリズムをとったり、とにかく大変なのだ。



やっと最初の音が出ても次の音が出るとは限らない。


するとこうなる。


「あああああああのね」


「あのね あのね あのね あのね あのね あのね あのね あのね」


ふざけてはいない。

これがわたし。


ねえ、普通じゃないでしょ。



気付いた時からこうだった。


「おおおおはよ」


朝のあいさつもこんな感じだ。


ママは落ち着いてゆっくり話しなさいって言うけれど、治らないんだ。



わたしは自分の思っている事や考えが、みんなに伝えられなくてイライラしていた。年下の子をこっそりいじめたりしていた。腕をつねったり、髪の毛を引っ張ったり、そうすると、少しイライラが収まった。



わたしは小学生になった。ずっとしゃべらないわたしから友だちは離れていった。低学年まですごく仲良しだったはるみちゃんも最後までわたしをいじめっ子たちから守ってくれてたゆりえちゃんもわたしと遊ばなくなった。



わたしはいつの間にか心の中を厚い氷で固めてしまっていた。


笑わないし泣かない子どもになっていた。



お人形と呼ばれるようになった。


ある日学校の帰り道、ダンボールに入って捨てられ鳴いていた子犬を見つけた。

子犬は白いのと黒いのとブチの3匹。


ママは1匹だけなら飼っても良いと言った。

わたしは黒いのを飼う事にした。


真っ黒なその子犬は胸からお腹にかけてだけ白い毛が生えていた。月のわぐまみたいなので、子犬の名前はくまに決めた。



くまはわたしの友だちになった。くまはいつもわたしの話をじっと静かに聞いてくれた。



田んぼの畦道を1人と1匹で歩く。



わたしは学校であった事をくまに話した。ランドセルで頭を叩かれる事やトイレの個室に入ると上から水が降ってくる事、廊下を歩いてると足を引っかけられて転ぶ事とか。




夕焼けを見ながら散歩する。



いつものコース。ゆっくり歩いていたくまが走り出した。つられて走るが追いつかない。

リードが手から離れた。くまはちらっと振り返り、得意気な顔をした。そして田んぼの中を全速力で走る走る、ぐるぐるぐるぐる回る回る。わたしもくまの後ろだか前だかわからないが、走り出した。1人と1匹で、ぐるぐるぐるぐる走る。走るって楽しい。暗くなるまで走り続けていた。




小学校の卒業式。校庭の桜は満開に咲いていた。


式が終わり、教室に戻って担任の先生の最後の話を聞いていた。そしたら…涙がこぼれそうになった。先生の事は別に好きではなかったし、別れるのも寂しくなんかない。


クラスメートとも半分はまた同じ中学に行くし、別れて悲しい友だちもいない。



それなのに、なぜだか分からないが涙があふれるよ。


わたしは泣いていた。初めて教室で、みんなの前で泣いたんだ。







心の中の厚い氷が少しずつ溶け出した。






ふと窓の外を見る。

満開の桜が笑っていた。





終わり

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] さゆみ様へ 凄く憐憫の情を覚えました。小さいころからコミュ障で虐められたりしたのかなと思うと、姫は大人になって恋愛や遊びに積極的になれたから傷もいつかは消えるんだと信じたいです。実話なの…
[一言]  自らを現わすことができない少女は、自分の不器用さに苛立ちを募らせながらも、必死に表現しようと試みます。しかし、その効果は真逆に作用して更に孤独へと自分を追いやってしまう様が読み取れます。そ…
2014/02/09 01:58 退会済み
管理
[良い点] こういう日常を描いた作品て、僕は大好きです。 くまとわたし。くまとの日々が、わたしの心の中の厚い氷を、少しずつ溶かして行ったのですね。
2013/10/10 21:56 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ