No.51
50人という節目の数もあっという間であった。振り返ってみても実にあっけない。何の感慨もなく、罪人が罪を自覚することもなく、ただ自らの命を乞うだけの哀れな姿があっただけであった。
「No.51 罪状……轢き逃げ」
次の罪人も、特に何の特殊性も感じられないものであった。なぜこんな罪人しか俺のところに来ないのか。しかし、それは"神のみぞ知る"と言うべきだろうか。俺が知ることなどはできない。俺はただ、任せられる裁きを執行することしか能がない上に、もう諦めたからだ。もはや、自分で判断する器量など残っていない。そんな人間なのだ、俺は。
目の前にはいたって普通の住宅街が広がっていた。このどこかにまた罪人がいるという。轢き逃げ、ということはきっとわざとではないのだろう。ただ、罪を負うことや警察に逮捕されることが恐ろしかったのだろう。でも、逃げてはだめだ。自分のしたことから逃げていてはいけない。俺とて似たようなものだ。No.51、この数字を見て再び自分の心に刻まれたことがあった。もう、50人も裁いてきたのだ、と。でも、俺は逃げない。この先は真っ暗。地獄である。そんなことはわかっていても逃げてはいけないのだ。人間、自分のやったことには責任を持たなくてはならない。だから、それをわからせるためにも、また俺は裁かなくてはいけないのだ。
「自宅……三丁目の白い屋根の家」
白い屋根、というのは珍しいもので、あっけなく見つかった。ここに罪人が住んでいる。その事実が俺を奮い立たせた。また、罰を負うのか。そんなことも思ったが、心の奥深くにしまいこむ。考えていても仕方がないのだ。今すぐ、やらなくてはいけない。
「あの……何かご用でしょうか?」
突然の声に驚き、思わず声が出てしまう。だが、考えてみれば当たり前のことであった。ここには、罪人といえど人が住んでいるのだ。その住人がいつ帰ってきても、俺と鉢合わせをしてもおかしくないのだ。
「いえ……白い屋根が珍しかったので」
「えっ…………?」
話しかけてきた相手は言葉を失っていた。まぁ、それも当然のことと言えるだろう。見知らぬ人が家の前に立っていて、何か用かと思って話しかけてみれば、白い屋根が珍しいという。どこからどう見ても変人である。
「すいません、なんでもないです。それでは…………」
相手の顔だけちらっと確認してから背を向ける。相手からは、おそらくこちらの顔は見えていないだろう。なにせ、帽子をそうとう深くかぶっている。あらゆる事態に備え、対策を施してきたからだ。
「失礼ですが……お顔を拝見させていただけないでしょうか」
この言葉を聞いて、俺には最初に言葉をかけられた時以上の驚きがあった。ずいぶんと用心な女性である。たかだか一人、見知らぬ人物が家の前に立っていただけで顔まで確認しようとするだろうか。だが、ここで隠していれば逆に怪しまれてしまう。俺は覚悟を決め、帽子を取り、振り返った。
「あっ…………」
ここぞとばかりに、相手の顔を確認する。特別鼻が高いわけではなく、特別美人というわけでもなく、年も30代ぐらいに見え、肌も年相応のものになっている普通の女性であった。しかし、驚いたことに、その女性の脚下には6歳ぐらいの小さな女の子がいたのであった。まったく気配を感じられなかった上に、こんなにおとなしい子供がいるなんて。常識を180度ひっくり返された気分であった。
「あっ……すいません、もうけっこうです」
もうしわけそうな表情で女性が言葉を投げかけてくる。こちらも、どう反応していいか困ってしまったので愛想笑いをしておく。そして無言のまま立ち去ることを決めた。
そうしてしばらく歩いていたが、俺は今回の出来事がどうしても解せなかった。
まず、第一になぜいきなりあったのが女性であったのか。送られてきた用紙にはそのことが一切書いていなかった。罪人は男。結婚歴等も特に書いていない。だが、女性は左手の薬指に指輪をしていた。つまり、結婚しているのだ、罪人は。
次に、どうして顔を確認しようとしたのか。怪しい人だからといって顔を確認するものだろうか。俺だったら、まずそんなことはしない。それに、話しかけてきた口調から察するに、何かを期待していた風であった。一体俺のどこに、何を期待していたのだろうか。そもそも俺は、初対面の相手に「白い屋根が珍しい」などというようなおかしなやつなのだ。なのになぜ。
そこでもう一度用紙を見てみる。そこには罪人の職業や経歴、性格など様々なことが書いてあるのだが、特別おかしな点はない。目をひかれるのはせいぜい職業が建築家であることぐらいだ。
一体あの女性は何に期待したのか。そんなに俺の言葉に傷ついたのか。ただただ見当もつかない、わけのわからないできごとであった。