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「はーい」
チャイムの音の後、マサの声が聞こえドアが開いた。
「ナル!電話も出ないし、本当に心配し―――わっ」
玄関の戸を閉めると、マサを抱きしめた。普段なら絶対俺からこんな事しねーけど・・・。
「・・・ナル?」
「誕生日、おめでとう」
「え・・・?あっ」
やっぱり忘れてやがったな、コノヤロウ。
「ナルが最近変だったのはそのせい?」
「・・・そーだよ。悪いか。これでも死ぬほど悩んだんだよ」
するとマサが急に力強く抱きしめ返してきた。チラと顔を伺うと、見たことない位嬉しそうな顔をしてやがる。
「―――死ぬほど嬉しい」
「ちょ・・・苦しいって」
「ゴメン、でも、もうちょっとだけ」
マサは更に力を込めてくる。マズイ、ケーキが・・・。
「あれ?なんかナルから甘い匂いがする」
そう言うとマサは俺の両肩に手を置いて少し離すと、不思議そうに俺を眺めてきた。そして抱き返して来た衝撃でちょっと潰れてしまった紙袋に目が止まった。
「ほらっ。大したモンじゃねーけど。今のでちょっと潰れたけど、お前のせいな」
やはり恥ずかしくなってしまい、ぶっきらぼうにチーズケーキの入った紙袋を押し付け、部屋にドスドスと先に上がりこんだ。
「―――ナルっ!これって・・・もしかしてナルの手作り?」
マサは玄関で素っ頓狂な声を上げると、部屋に駆けてきた。その表情は見てるこっちが恥ずかしくなるぐらい、嬉しそうに微笑んでいる。
(・・・そっか、俺、この顔が見たかったんだ)
今回ばかりは妹の美弥に感謝した。
「食べていい?」
「好きにしろって」
恥ずかしくて、どうしてもぞんざいな言葉遣いになってしまう。
「・・・食べるのはケーキだけじゃねーけど」
一瞬、マサがボソっと呟いた言葉の意味が分からず止まってしまった。
「―――お前、オヤジか!」
発言はオヤジだけど、いそいそとケーキを大皿に乗せるマサが何だか可愛く見えてしまう。
「あっ、そうだ。買い忘れてたからさっき急いでコンビニ寄ったんだけど。こんなんしかなかった」
ゴソゴソとかばんからコンビニのナイロン袋を取り出すと、マサに手渡した。
「何コレ・・・仏壇用ローソク!?お前、このケーキをお供えにする気か!」
「そんな変わんねーって。ほら、ライター貸せって」
火を灯すと、優しい明かりが燈った。
「暗くすんぞ」
部屋の明かりを落とすと、男の一人暮らしの部屋が一気にロマンチックになった気がする。
「すごいな。ナルってこんな事出来たんだ」
「―――出来ねーよ。美弥に教えて貰った」
「妹さん?・・・マジで?嬉しい、ナルがそこまでしてくれるなんて思わなかった。今まで付き合った子にも、こんな祝ってないだろ?俺、もうなんもいらねー」
嬉しそうなのはいいけど、今までの彼女を引き合いに出すなっての。どうせ俺はお前とは違って・・・。
「あ、じゃあこっちはいらない?」
ケーキとは別の紙袋を出してマサに見せた。
「え?何?まだ何かあるの?」
「元カノと比べるヤツは知らねー」
ちょっと意地悪をしてやると、マサが慌てて紙袋に手を伸ばした。
「イイ意味だって!ゴメンってば!―――コレ、デジカメ?」
マサが奪った紙袋の中を見て、また驚いた声を上げた。俺が選んだのは黒いデジタルカメラ。
「・・・俺ら、お互い家に大会の写真飾っあるけど、二人の写真ってねーだろ。カメラ持ってないし。だけど―――」
あの写真はマサと付き合う前から、いや、俺が自分の気持ちを自覚する前から俺の部屋に飾っている。そして、これからは二人だけの思い出も、増えてくれればいい。
「―――ナルっ!」
「うわっ!急に抱き着くなっての!」
「一緒にいろんな所行っていろんな事して、たくさん写真撮ろうな!」
「ああ」
「ナル、大好きだよ」
またお前は何の臆面も無く。まあ、今日位は俺も素直にならなくちゃな。
「・・・俺も好きだ」
これから何十年もかけて、もういらねーって位写真撮って。その山の様な写真を一緒に見るお前が、傍に居てくれたら。
こんな幸せな事、他にないよな。
「―――ってお前、何脱がしてんだ!」
「え、何って。する事は一つだろ」
「まだ昼前だぞ!」
「関係ないよ。ほら、誕生日を無駄にしない」
「でもっ」
「寝過ごしたのは誰だっけ?」
「―――っ」