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「今日、何で元カノと会ってたんだよ」
「え・・・」
タイミングが良いのか悪いのか、その夜は珍しくマサから電話がかかってきたのだ。そんな電話の開口一番に、俺はそんな言葉を発してしまった。
「ああやって内緒で会ってんの?」
「違うよ。アレは・・・」
「何だよ、俺には言えない事かよ」
「―――杏奈が、太田にフラれたんだと。ていうか他にも何人か彼女がいたらしい。それで、話を聞いて欲しいからウチに来ていいかって言われて、それは困るから外にしてって言って・・・。あんまりベラベラ言う事じゃないと思って・・・」
気まずそうに口篭るマサにイライラする。
「それであの子の誕生日を祝ってやったって?それに深い意味はないってんなら、どんだけお人好しなんだよ!」
「え、誕生日?・・・あ・・・」
少しは冷静になれと忠告する自分自身を無視して、怒鳴りつけてしまった。
「誕生日とか忘れてたよ。・・・じゃあナルはあの店で何してたんだよ」
「え?」
予想外の切り返しに言葉が詰まる。
「今日は会えないって言ってただろ。それなのに」
「それは・・・」
マサの誕生日プレゼントを探していた事は内緒にしたかった。それに今日は結局怒って帰ってしまったからプレゼント自体も買えていない。何と言い訳したらいいか考えていると、電話口からは予想外の言葉が聞こえてきた。
「眼科の山下先生か?」
「え?ユカリ先生?何で―――」
「何で下の名前で呼んでんだよ!・・・もーいい、切る」
「ちょ・・・マサ!」
引き留める言葉も虚しく、怒っていた筈の俺が虚しく電話を切られてしまった。
「何でそんな話が出てくんの?!なんなんだよ、もー・・・」
マサから掛かってきた電話だったのに、結局用件もわからないままだ。
「ユカリ先生ってのも、『山下』が多いだけだろ・・・」
重い溜息が漏れた。
少し気分を落ち着かせるために、やかんを火にかける。
「・・・ダメだよなあ。アイツが浮気する筈ねえってわかってんのに。ただの嫉妬、だよな」
インスタントコーヒーを入れたマグカップにお湯を注ぐ。
元カノと会っていた事がムカつく事に変わりはないが、そこはきっとマサの優しさからだろう。そこまでマサの事がわからない訳ではない。
そして最近のマサの不機嫌。その理由もわかってる。山下ユカリの俺への熱烈アプローチだ。TPOをわきまえないからタチが悪い。嫌でもマサの視界に入る。そして相手が医者というのもあり、上手くかわせない俺も悪い。
「明日、謝るか」
その夜のコーヒーは、これからはちっさい嫉妬でイライラしない様にと牛乳多めでカルシウムを取る事にした。
翌日月曜日、退勤の入力の為にパソコンに向かうマサを見つけた。運よく周囲には人はいない。今しかない、謝ろう。
「なあ、マサ・・・」
「大和くんっ!」
嫌な予感がした。俺の声に被さって来た俺を呼ぶ声は。間違いない。眼科の・・・。
「ユカリ先生・・・」
どんだけタイミング悪いんだよ、俺は!
「大和くん、今日はもう上がり?ちょっと今夜付き合って欲しいんだけどぉ」
勿論マサも振り返る。―――顔、こえーよ。