06 : 異世界の少女6
目の前に突きつけられた剣から逃れようとする千雪よりも先に、シルヴィアリアスは動き出した。
千雪の右手首を掴んだ後、剣を近づけて人差し指に傷を作った。千雪の体が僅かに震え、痛みに目を細める。
先程作られたばかりの傷口からは血の雫が溢れて今にも零れ落ちそうになっていた。
更に強い力で右腕を引っ張られ、手はシルヴィアリアスの顔面近くにまで持っていかれた。肉薄の唇からは赤い舌が覗き、今にも下へと落ちそうな血を彼は舐めた。
「っな……!?」
一連の動作を眺めていた千雪の頬が赤く染まる。ただ人の血を舐めているだけだというのに、どこかエロチックを感じさせる男の仕草に訳もなくこちらが恥ずかしくなってしまう。
「ちょっ、変態! チカン! 離してヘンタイーいやー!」
だが千雪がいくら騒ごうとも相手にその意味が通じることはなかった。掴まれている右手を離そうと動かしても男の方が力が強く、まったく動きもしなかった。
そして千雪が騒いでいる間にも、シルヴィアリアスは剣を床へと落とした。床が石だったからか剣は落ちた瞬間に高らかな音を奏でる。
千雪が音をした方へと視線を向けている間にも、シルヴィアリアスは自身の右の手袋を口を使い器用に外した。外した手袋はそのまま床へと捨て置かれる。そのまま親指を口の中に含めた後噛みしめて、千雪と同じように指から血を流す。その血を舐めた後、右手で千雪へと触れた。
右手の親指が、ゆうるりと千雪の唇をなぞる。その度に、ぞわり、と体の中で得体の知れない感覚を呼び起こすので思わず顔を横へとずらそうとした。だがそれも、顎に手を掛けられ持ち上げられたことで押さえつけられてしまう。
前を見れば、秀麗な男の顔があった。それがいやに近いと思った瞬間。何かが、口の中に勢いよく突っ込まれた。
驚愕の色に染まった目を見開いた千雪は、次の瞬間に口内に鉄の臭いを感じて眉を顰めた。血だ。誰のかといえば、目の前の男のだろう。口の中にあった血を思わず舐めてしまい、更に眉を顰める。
だがその瞬間、2人を囲むように眩い光が溢れはじめた。
驚いた千雪があたりを見渡そうとするが、未だに口の中に指が突っ込まれていて身動きは出来なかった。それでも忙しなく瞳は忙しなくあちらこちらへと視線を動かした。
幾つもの光の粒子が輝き、雪のように煌めき、そして消えゆく。光の粒だったものが次第に環を描き始める。次々と幾重もの環が様々な角度で生まれ、2人を中心として1つの球を作り出した。
「はひ……っ」
「『我が元に杯を成せ。我は宣告す、汝楔を打ち込め』」
シルヴィアリアスの言葉に、千雪は反応した。今までどこの言葉かすら分からなかったはずの言葉が急に理解できたことに彼女は驚き。
そして、次の瞬間に唐突に千雪の意識は沈んだ。