03 : 異世界の少女3
千雪が目覚めると、そこは異世界だった。
「……ここ、どこ」
異世界と言っても差し支えのない程に、彼女の普段いる空間とは明らかに異質な場所だった。
身を起こし、自身がいる場所がベッドであることに気付く。
大きさはキングサイズ。マットレスの部分は弾力があり、千雪が飛び跳ねても問題がないくらいだ。彼女の上に掛けられていた掛け布団は手触りが良く、高級品であることが伺えた。
起きたばかりで頭が上手く回っていない中、千雪は辺りを見回す。
そこでようやく自分の寝ていたベッドの全容を見て、絶句した。
「え、なにここ」
まるで写真の西洋の王室に出てくるような天蓋付きのベッドに、ピンクの布地とレースが惜しげもなく使われている。枕元には何故かクマらしき人形が並べられていた。
ベッドの外を見てみれば、同じくピンクと白を基調とした可愛らしい装飾の成された部屋が目に入った。
置かれている白のテーブルも、椅子も、化粧台も、全て可愛らしい装飾が施されているものばかりだった。
この部屋を見る限り、部屋の主は幼い少女なのだろうか。
けれど千雪が見る限り、部屋の主らしき少女は見当たらなかった。そもそも人の気配すらなかった。何処か別の場所にいるのだろうか。
ベッドの端から、床へと千雪は足を下ろす。なめらかな石はひんやりと千雪の足を冷やした。
裸足だが、近くに履物が一切ないのだしそれは仕方ないだろう。
全身を見渡して、意識を失う前に着ていた服と違いないことを確認してほっと安堵の息を吐く。もし脱がされていたらと考えるだけで泣きそうだ。
まず最初に、千雪は窓際へと足を進めた。
白いレースを左右へとずらし窓を開け放つと、まぶしい光が射し込み千雪は双眸を眇める。次第に光に慣れると目を開け、その瞳に映った鮮やかな景色に彼女は絶句した。
「き、れぇ……」
思わずといった様子で零れた言葉は、千雪の心情をよく表していた。
頭上にある空はどこまでも高く、一点の曇りもない藍に近い青が広がっている。
下には深い緑や湖、人の住む街が見事に調和した状態で並んでおり、まるで一枚の絵画のように人の目を楽しませた。
美しい、という言葉では言い表すことが出来ず、千雪は口を押さえ座り込んでしまう。
美しく、鮮やかで。
だからこそ、悟ってしまう。
――ここが、自身の知っている場所ではないと。
教科書にも雑誌にも載っていない場所。
これだけ綺麗ならば、どこかの雑誌に載っていたっておかしくない。むしろ載っていない方がおかしい。
けれど雑誌には載っていないこの場所は、ただ単に自身が知らなかっただけだろうか。そうであって欲しいと願う。それでも、心の底で、魂とも呼ぶべきものが千雪自身へと訴えていた。ここは、自分の知っている世界ではないと。
千雪は自身の掌を見下ろす。
意識もしていないのに自然と震えている掌が視界に入り、眉根を寄せる。
「……イヤ、絶対にイヤ」
掌を強く握り締め、彼女は呟いた。
「ぜーったいにイヤ」
ここがどんなに綺麗な場所だろうと、例えいい場所だったとしても、帰らなければいけない場所が千雪にはある。
知っているのだ。
亡くなった母親のことを想い、祖母が今も涙していることを。祖父母が自分のことを大切に想っていることを。大切な人が突然いなくなることが、どれだけ残された人の心に傷をつけるのかを。時間をどれだけ掛けたとしても、埋まらない傷があることを。
それらを知っているからこそ、千雪は大切に思う人たちのところへ帰らなければいけない。
顔を挙げ、千雪は立ち上がる。
兎にも角にも、帰るためにもここがどこだかを知らなければいけない。知って、そこから帰る術を探すしかない。
音を立てて歩きながら、千雪が向かった先はこの部屋に唯一あるドアだった。ここから脱走しようにも窓は無理だった。あの高さでは脱走する以前に落っこちてさようならだ。
部屋の内装と同じく豪華な装飾の施されているノブを握り締め、千雪はドアを押そうとしたところ、勝手に開き、思わず身を乗り出していた彼女は何かの壁にぶつかった。
やけに柔らかく温かさのあるそれに驚きつつ、けれど一瞬の後、彼女は後ろへと下がった。
恐る恐る千雪は視線を上へと上げていく。
彼女の予想通り、それは人だった。