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Weorold  作者: 黒木かさね
一幕 ≫ 王冠の姫君
2/11

01 : 異世界の少女1




 月明かりが辺りを照らす中、椎名千雪(しいなちゆき)は回廊を走っていた。

 彼女の後ろからは、彼女を追いかける幾人もの人々の姿がある。


「りゅーろきゃれりぃ!」


 千雪には分からない言語で話しかけられているようにも感じられたが、彼女にはその言葉が分からないことを伝える余裕がなかった。

 追いかけられているというのに悠長に立ち止まり伝えようとする人間がいるだろうか、少なくとも千雪にはその気はなかった。


 しかも彼等の格好はおかしかった。映画にしか出てこないだろう甲冑や鎧を身に纏っているその姿は、映画の撮影中かそれとも思考回路が可笑しい人ではないかと千雪に疑わせた。

 声を掛けられていても足を止めないのは、そういった人々に捕まっても良いことがないだろうと彼女に想像させるからである。


 走りながら千雪は眉を顰めた。

 ヒールを履いていたのが悔やまれた、物凄く走りにくい。裸足で走った方が早いのだろうが、足を傷つけて走れなくなってしまってはどうしようもない。


 そもそも彼女はこんな場所で走るためにこの靴を履いていたわけではなく、今日はとある人と会う予定で、だからこそこんな普段は着ない白をメインにした清潔そうなワンピースなどを着ていた。

 千雪は今の自身の格好を想像して泣きそうな気持ちになる。髪はぼさぼさで足元は汚れている、ワンピースも先程の場にいた男たちと揉み合いをしたせいで酷いものだろう、人に会えるような格好をしていない。


 そもそも待ち合わせの場所に行けるかどうかすら分からない現状なのだが、千雪の頭の中にはそれしかなかった。

 走りながらも彼女は器用に叫ぶ。


「これじゃ会えないじゃないー!」


 けれど束の間の逃走劇も終わりを迎えることとなる。


 千雪が走っていた進路の先に1人の人物が現れて通路を遮っていた。

 最初に千雪の視界に入ったのは、青年の濃い金の髪。年の頃は20代だろうか。通った鼻筋の上、蒼の瞳は千雪を観察するかのように力強い眼差しだった。その瞳を彩る長い睫。肉薄の唇。色味を含まない陶磁器のような肌。青年の性格を現すかのように凛と立つ背。


 思わず今の状況も忘れ見惚れる千雪を見てか、青年が微笑む。千雪の口が僅かに開いたところで、彼女の身体は衝撃と共に地面へと叩きつけられた。


「……っは」


 一瞬遅れて、痛みが襲ってくる。

 身動ぎをしようとするが、上から押さえつけられていて全く動けそうもなかった。


 顔だけを無理に動かして上を見上げる。そこに見えたのは、冷酷な光を含んだ蒼だった。


「しゃならびぃる」

「……何言ってるのか分からないっての」

「わーろうぇい、しゃならびぃる」


 そして、首の後ろ側に衝撃を感じ千雪の意識は沈んだ。






 回廊を走っていた不審な女を取り押さえたシルヴィアリアスは、下にいる女を見下ろした。


 見た目は彼より下の年齢、大体10歳からその半ばだろうか。静謐の黒を宿した長い髪が石の床に広がっている。同じ色の瞳は今は伏せられていて見ることが出来ない。象牙色の肌を覆うのは白い服だが、彼の知っているどの民族服とも違っていた。衣服からみて貴族ではないのだろうが、その辺の娘よりも品があるように見える。


 分からない異国語で喋る、随分と奇天烈な格好をした少女。シルヴィアリアスの第一印象としてはそんなものだった。


 少女を観察するように見ていると、先程まで少女を追いかけていた騎士達が慌ててこちらまで駆けて来るのが見えた。

 それにシルヴィアリアスは眉を顰める。


「お前達、娘一人に何を騒いで」

「あーっ! シルヴィアリアスくんそれ拙い! 今すぐその方を押さえつけている手を離してください!」


 彼の言葉を遮るような声に、怪訝そうな蒼の瞳が向けられた。その視線の先、簡素な服を着込んだ青年が駆けてきていた。

 青年は少女を挟んでシルヴィアリアスの反対側まで来ると跪き、倒れた少女の様子を伺う。

 気絶しているのを見ると、大げさな仕草で頭を抱えた。


「あああ気絶してる! 起きたときに絶対警戒されるじゃないですか! しかも陛下の耳に入ったりなんかしたら……っ!」

「陛下?」


 自身が仕える主が出てきたことに、蒼の瞳が不思議そうに瞬く。

 彼には主とこの目の前の少女との関係性が見つからなかった。だが、しばらくの間考え込んだ後に上げられた顔は、まさかといった驚愕の表情を浮かべていた。


「まさか、この娘が陛下の?」

「そうですよー。彼女が我等が王の、この世に存在する人間の中で最愛の姫君です」


 シルヴィアリアスの動揺など気にしない青年は、少女の漆黒の髪を手に取った。艶やかなそれの一部を手にとって、唇へと持っていく。

 恭しく口付けをして、男は笑う。

 そして零された声は、どこまでも甘かった。


「感謝します、姫君。貴方様が来てくださった事で、あの方をここに留めておくことが出来そうです」


 それを、彼等の主が望んでいなかろうと。

 それが、目の前の少女の意思を無視していたとしても。

 誰を傷つけ、どのような罪を背負うのだとしても。

 許しは請わない。

 憎まれてもいい。

 ただそれでも、あの存在を失うことを認められなかった。


「そしてようこそ、姫君。僕は貴方という存在を歓迎しましょう」




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