クローズドサークル・ブレーカー
クローズドサークル。
いわゆる『吹雪の山荘』や『嵐の孤島』のような外界から隔絶された状況を指す言葉であり、ミステリ作品の殺人犯がよく作ることでお馴染みのアレである。多分、そういうのに興奮する特殊な性癖なのであろう。
ちなみに性癖以外の理由としては、
①警察の介入を防いで犯行が露見しにくくなる。
基本的にクローズドサークルというのは期間限定であるため介入を避けられる時間は限られるものの、その間に一通りの犯行と証拠の処分を済ませておけば犯人バレのリスクを大きく低減できる。
②閉じ込めた相手へ与える心理的効果。
逃げようにも逃げられない状況、かつ殺人鬼が近くにいるかもしれないというシチュエーションは、一般的な感性を有する人間なら強いストレスを感じること間違いなし。また生き残った者が互いに疑い合うことにより、争いの誘発や協力の阻害なども期待できる。
他にも挙げられないことはないものの、主な理由としては上記の二点が大きいのではないだろうか。特に犯人がターゲットに対して強い憎悪を抱いているような場合、②の効果は非常に大きい。
ただ殺すだけなら強力な爆弾で全員まとめて吹っ飛ばすなり、まだ油断しているうちに致死性の毒を飲ませるなりすれば簡単だが、そうしないのにはそうしないだけの理由があると考えるのが自然であろう。もしくは、そういう性的嗜好の変態かの二択である。
まあ、なんにせよクローズドサークルなんて状況をわざわざ作ろうとするのには、一応の合理性はあるわけだ。雪山の山荘にしろ嵐の孤島にしろ準備するのは決して簡単ではない。手間も費用も相当にかかるのは想像に難くないし、仮に場所の用意ができても被害者候補の連中がのこのこ集まってくれるとも限らない。人並みに天気予報を見る習慣があれば、大雪なり台風なりが来そうな時にわざわざそんな人里離れた所まで出かけようとは思わないのが普通の人間の感性ではなかろうか。
来てくれたら財宝をあげるみたいな餌で釣るとか、人に知られたくない過去をバラされたくなかったら万難を排して来るよう脅すとか、もしくは奇跡的に全員が天気予報を見ていない可能性に賭けるとか、あの手この手でターゲットを見事に誘き出せたら万々歳。
あとはもう勝ったも同然。
考えに考え抜いたトリックで散々に怖がらせるも良し。
ギスギスした雰囲気で醜く争い合う様を眺めるも良し。
ここまで来れば、よっぽどの大ポカをやらかなさない限りは十中八九勝ったも同然。あとは哀れな犠牲者を煮るなり焼くなり好きにすればいい、と。
これから始まる……否。
始まらなかった事件の犯人にも、そう思っていた時期がありました。
◆◆◆
絶海の孤島には不釣り合いなほど豪奢な洋館。
その玄関ホールにて数人の男女が何やら揉めておりました。
「こんな人殺しがいるかもしれない所にいられるか!」
「いや、まだ分からないだろう。ただのイタズラかもしれん」
彼ら彼女らが平静を失っている理由は、つい先程このホールにて見つかった一枚のメッセージカード。そこに書かれていた文言が原因でした。
【ダレモニガサナイ ミナゴロシ】
誰も逃がさない。皆殺し。
恐怖心を煽るためかご丁寧に赤い文字で、なおかつホラー向きの古印体フォントで印刷された紙がいつの間にか置かれていたのです。面識のない正体不明の富豪から孤島での優雅なバカンスに招待されて、揃いも揃ってのこのこ誘き寄せられるほど警戒心が欠如した面々と言えど、こうも直接的に悪意を伝えられては動揺するのも無理からぬことでしょう。
(くくく、もっと怯えろ……!)
何食わぬ顔で他の面々と同じように怖がるフリをする犯人も、こうして皆が右往左往する様子に内心ご満悦。パワーポイントの画面に【ダレモニガサナイ ミナゴロシ】と打ち込んでいる時は、正直自分は何をやっているんだろうと思って虚しくなる瞬間もありましたが、こうして予想していた以上の怖がりぶりを見ると苦労が報われたような達成感がありました。
とはいえ、こんなメッセージは序の口。
ほんのイタズラ程度のものでしかありません。
生き残るのが自分一人では明らかに怪しすぎる為、容疑者候補になってもらうよう適当に呼び集めた者も何人か混ざっておりますが、ここにいる内の何人かに犯人はとても強い恨みを抱いているのです。
ただ殺すだけでは飽き足らない。
徹底的に怖がらせ、怯えさせ、じっくりと精神的に追い詰めてから命を奪わないことには、到底その気持ちが晴れることはないでしょう。
その為だけに何年もかけて孤独に準備をしてきたのです。
警察が調べても絶対に出どころが分からない凶器や、どんな名探偵も匙を投げるであろう奇想天外なるトリックの数々。誰にも知られぬようそれらを用意するのには大変な困難がありましたが、その成果がいよいよ日の目を見ると思えば数々の苦労もなんとやら。早速、今夜から本格的にその恐るべき犯罪計画を実行するつもりだったのですが。
「こんな人殺しがいるかもしれない所にいられるか! 私は戻らせてもらうぞ!」
各自に割り振られた個室に鍵をかけて閉じこもった程度では、犯人の計画には一切の支障なし。この洋館を建てる際に密かに作った抜け道に、外側から施錠を解除する密室トリック。あえて自分から出てくるよう仕向けるのも悪くない。
(くくく、馬鹿な奴だ……!)
標的がどんな行動を取ろうが、この館の中は犯人の手のひらの上も同然。
ありとあらゆる行動パターンを想定し、どんな状況になっても対応できるよう備えてきたのです。ですが、騒いでいる人物の言葉は犯人が思っていたのとは少なからず意味が違っていたようです。
「えっ、どこに行くんです!? 外は大嵐ですよ!」
「迎えの船だって、たしか五日後にならなきゃ来ないはずだって……」
「だから戻るって言っただろう? なぁに、これでも昔は水泳部で鳴らしたものさ。なんとか死ぬ気で本土まで泳ぎ切ってみせるとも!」
他の誰かが都合よく解説してくれた通り、この孤島は現在記録的な大嵐に見舞われている真っ最中。加えて、数日後に迎えが来るまでは小舟の一隻すらもありません。
(くくく、アホかこいつ……)
この発言は流石に犯人の想定を越えていました。
あんなメッセージひとつでここまで怖がるとは想定外。
こんな天候の中で泳ごうとすれば犯人が手を下すまでもなくまず命はないでしょうが、それではせっかく用意した準備が無駄に終わってしまいます。できれば冷静になって風雨を凌げる館の中に留まって欲しかったのですけれど。
「よし、どうせここにいても殺されるんだ。一か八か、やってやろうじゃないか!」
「え?」
「ふっ、お前らだけに良い格好させるかよ。俺も付き合ってやるぜ!」
「あの?」
「たとえ生き残れる可能性が1%でもあるなら、それに賭ける!」
「もしもし、聞いてます?」
ちなみに疑問符を付けているのが犯人。
それ以外のセリフは他の皆なわけですが、いったい何をどうしたのか揃って嵐の大海原に身ひとつで挑む覚悟を決めてしまった模様。少しでも泳ぎやすくするためか、早くも服を脱ぎ捨てて下着姿になっている有り様です。
「無理無理無理ですって! 絶対死にますよ!?」
「なぁに、その気のない者にまで付き合えとは言わないさ。泳ぎの不得手な人は館の中で身を守っているといい。では、行くぞ諸君!」
「「「応ッッッッ」」」
犯人まで無理矢理引っ張って行かれる心配はなさそうです。
それだけは一応の救いでしたが、それ以外の全員が夜の海へと向けて駆け出すのを止める間もありません。気が付けば犯人は玄関ホールに一人ポツンと取り残されておりました。
「な……なんなんだよ、アイツら! マジで何なの!?」
水泳能力への絶対の自信があったのか、あるいは恐怖で頭のネジが外れてしまったのか。もしくは、そういう危険行為に興奮を覚える特殊性癖かのいずれかでしょう。
「信じられない! 人の命を何だと思ってるんだ!?」
連続殺人を計画していた人物に言える筋合いがあるかはさておいて、こうなっては苦労して用意した準備も完全に無意味。この館にいる限りは誰がどのような行動を取ろうが絶対に仕留める自信がありましたが、狙っていた連中は今や暗い海の中。今から追いかけて連れ戻すわけにもいきません。
「ま、まあ殺すことだけはできたし……いや、誰も殺してないけど。なんか勝手に死にに行っただけだけど……」
なるべく精神的に苦しめるという部分はともかく、最低限の目的だけは達せられた。それに、あいつらが勝手に集団自殺したんだから、少なくとも自分が罪に問われる心配はないだろう。
そんな風に自分に言い聞かせることで何とか消化不良感を押し殺して自らを納得させようとする犯人。いえ、犯人にすらなれなかったわけですが。
ともあれ、これでは迎えの船が来るまで何もできることはありません。
犯人未満の何者かは、不貞腐れた気分で自室に戻って床に就くのでありました。
◆◆◆
そして五日後。
天気予報の通りに嵐も収まり、島に外部の人間がやってきました。
「うわ、こりゃ酷い」
「暴風に耐えきれず倒壊か。さぞ立派な屋敷だったろうに勿体ない」
島に降り立った警察官や救急隊員が目にしたのは、見るも無残に崩れ落ちた孤島の洋館。狭い島には風を遮る他の建物や森林などもありませんし、風の影響を強く受けることになってしまったのでしょう。
「警部、瓦礫の中から一名発見しました。ですが……」
「ああ、こいつはもう病院に運んでもどうにもならんだろ。ナンマンダブ、ナンマンダブ……」
館の残骸から発見されたのは、犯人にすらなれなかった誰かの遺体。
館が倒壊した時に巻き込まれて押し潰されたせいか、誰が見ても蘇生は不可能と一目で分かるほどに大きく損傷しておりました。
「いきなり下着姿の変質者集団が浜辺に現れたって通報が来た時は何事かと思いましたし、事情を聞いた時は無謀すぎて呆れ果てましたけど、まさかそっちが正解だったとはこのホトケさんも思わなかったでしょうねぇ」
「結局、犠牲者は一人だけ……いや、だけって言い方は不謹慎かもしれんが。他の人らがあのままここに留まってたら、間違いなく全員死んでただろうからなぁ」
かくして、恐怖の連続殺人計画はその全貌を誰一人として知ることなく幻へ。
以上が、この奇妙な事件の顛末でありました。




