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極彩は踊る  作者: ごろー
曉の騒乱編
12/14

紅の思惑

黒の重線から黒の甘言までの裏サイドです。


「サルヴァトーレ殿、例の彼について少し…」


信任の儀の次の夕方。サルヴァトーレは金髪の皇子、シャール・サルタイアーに半ば呼び止められるような形で話しかけられた。


機密事項ですけど、と彼が小声で話そうとすると、サルヴァトーレは機転を利かせて周囲に人除けの魔法を使用する。ありがとうございます、とシャールは申し訳なさそうに苦笑した。


「それで何か進展はあったのかい」


ええ、とシャールは頷くと、テラスでの一件を話しだした。



………



「ほう、奴は御前を立て、次期魔帝の命を狙うとな」


粗方話し終えた金髪の皇子がコクン、と頷いたのを見て、サルヴァトーレはやはり、と口元を吊り上げた。


「大方真っ先に私が狙われるだろう。致し方あるまい」


寧ろ、"狙わせている"という方が正しいかもしれない。そんなことは御首にも出すつもりはないが、どうせ妙に勘のいい皇子のことだ、『読め』はできなくとも理解はしているだろう。大体、秘匿されるべき異能は秘匿されているからこそ厄介なのであって、それがどんなものであるかさえ判ればレジストなど簡単に出来るものなのだ。故に、シャールがサルヴァトーレの言の端を『読む』ことは出来ない。


「折角だ、死んだ振りでもして彼方を油断させてみようか」


意地の悪い笑みを浮かべ乍ら、サルヴァトーレは今後の予定を紡ぎ出す。彼に異能の力は効かない。それを踏まえた上でか、シャールは大っぴらに苦笑した。


「然し、奴も行動が早い」


「仕方ありませんよ。姉…フェデリカ様の両脇は今、がら空きなんですから」


反逆者には真に残念なことに、サルヴァトーレは常時5匹見えない人形を侍らせている。


「知らない人が見れば、ね」


シャールはそれを知っているので様見ろ、とでも言うかの様にくすくすと笑う。


「まあ…そうかねえ」


とサルヴァトーレはぼりぼりと頭を掻き乍らぼやいた。然し、頭の中ではもう次の構想へ考えを巡らせている。視線は宰相の執務室へ。


「君はもう少し奴の策に踊らされておいてほしい。奴の事だ。二重三重に策を練っている可能性も否定出来まい」


シャールは自身へと視線を戻した彼に、判りました、と頭を下げ、それでは、と廊下の、彼とは別の方向へと歩き出す。


「気を付けておけ。あの狸、頭だけは悪くはない」


サルヴァトーレは擦れ違い様にそう呟いた。


人間は…面白い。


それからしばらくの間彼が近寄り難い程壮絶な笑みを浮かべていたのは、本人の与り知らぬことであったりする。





「ハインリヒ、来て頂戴」


それから幾許の日が経ったその日。何をするでもなく執務室の窓際に座っていたサルヴァトーレの後方で、主が彼女の幼馴染を呼ぶ声がした。


(何時も思うが…何故性格を偽る?)


本来の彼女の気性は勝気でも何でもなく、年相応に臆病で、優しい。寧ろそちらの方が相手に全てを悟られずに済むのではないか。そんなことを考えながら、彼はちらりと呼ばれた男を見遣る。どうも彼方も此方が気になっているらしい。というのも、目こそ合いはしないが彼の視線が偶に此方に向くのが明らかに感じるのだ。


(まあ…いいさ)


人間の考えることがいまいち掴み辛いのは今に始まったことではないので、サルヴァトーレはそれ以上深く考えることを諦めた。気にはなるのだが。


("彼女"と最後に話したのは何時の事だったか…)


後方で交わされる会話を聞き流しながら、彼は今は存在が朧げになっている想い人に思いを馳せる。


(まあ、そのうち…ね)


アレが思い出すのも時間の問題。いや、永久の生に比べれば些細なことかもしれない。


("彼女"の核…)


やっと見つけたのだ。もう手放したくはない。



………



「一体何か疑念でも」


結局のところ、ハインリヒからの視線が気になって仕方が無かったのだ。腹いせにとはまた違うが、敢えて、私について、とは言うつもりはない。


「いいえ、全くそんな」


一寸青くなった相手を見て、サルヴァトーレはいい気味だとばかりに目を細めた。


「ほう。」


面白い。どうせ己の正体について考えあぐねているに違いないのだが。


「此の案件については、此以上首を突っ込まないでくれ給え」


殺気、覇気その他色々な思惑を乗せて、サルヴァトーレは牽制する。


「…何故で、しょうか」


これに折れない輩というのも珍しい。サルヴァトーレは驚きの意を込めて眉を少し上げた。


「識ってしまえば、もう元には戻れなくなる、とだけ言っておこうか」


勇気(蛮勇の方が正しいかもしれない)があると言え、一般人(ハインリヒ)がこれ以上識る必要は無い。もし一線を超えてしまえば自我が崩壊しかねない。


「………」


何も言わなくなった相手に、彼は思い出したかの様にあと一つ、と付け加える。


「シャール・サルタイアー第一皇子殿下の振る舞いについては、私が保証しよう。踊らされているふりをする人形師を観るのは、実に小気味良いのでね」





「マクシミリアン・トレッシャー殿に直々申し上げたい」


ハインリヒとのやりとりを終え、自身の執務室で下らない文言を羊皮紙にしたためながら、サルヴァトーレはマクシミリアンが慌てふためく様子を想像して黒い笑みを零した。


(折角態々獲物が出向いて下さるんだ…狸は一体どうするのかねぇ。俺を試すか?それとも…)


サルヴァトーレの目が紅く光る。


(俺を、殺すか?)






結論から言うならば、マクシミリアンとの会談はサルヴァトーレにとって拍子抜けする様なものだった。


今日の天気の話から始まって、最近侍女長の小言が五月蝿いだの云々。敢えてどうでもいい話題ばかりを並べ立てて時間を稼いでいたのだが、その間マクシミリアンが表立った動きをすることはなかったのだ。



「さて、本題へ移らせてもらおうか」


下らない話を2時間も3時間もしていれば気が長い方であるサルヴァトーレでさえも流石に苛々としてくる。サルヴァトーレは頃合いを見計って、開始早々の天気の話からずっと弛緩していた場の空気を一瞬で塗り替えた。


「………」


一瞬の沈黙の後、マクシミリアンは度肝を抜かれた顔でサルヴァトーレを覗き込んだ。何も考えていなかったのか、此奴は。サルヴァトーレは思わず嘲りの意味を込め、苦笑いでマクシミリアンを見遣った。彼方は冷汗モノだろうよ。何故なら、苛々も相まったさっきの声は果てし無く冷酷で、冷淡で、無慈悲に響いたから。


「近衛が1人だけ、という意味を是非とも再考して頂きたい」


「………」


やはりマクシミリアンは何も言わない。いや、何も言えないのか。兎に角、焦っている人間の行動とは実に面白いものだ。一通り相手を眺め終わったサルヴァトーレは、冷え切った茶を飲み干した。別に男色趣味がある訳でも何でもないが、面白かった、という意味ではこの光景、立派な野郎が慌てふためく様子は相当眼福なものであるに違いない。


「そろそろお暇させて頂こうか」


だからと言って、じろじろ眺めていたって仕方あるまい。間抜けな様を晒したマクシミリアンから目を逸らし、サルヴァトーレは城に帰ることにした。


実はサルヴァトーレ、何にも考えてなかった、っていう。

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