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極彩は踊る  作者: ごろー
曉の騒乱編
10/14

銀の栗鼠


「ハインリヒ、来て頂戴」


勝気な幼馴染、と言うべきだろうか、部屋の中から彼女の呼ぶ声が聞こえてくる。


「はい、」


従順にそう返事しつつも、自分は執事でも使用人でも無いのに、と内心彼、ハインリヒ=レオポルド・ヴェアは苦笑した。この関係はもしかしたらもう変わることはないかもしれないと思い乍ら。


「まあ、其れで構わないと言えば嘘になるけれど」


と彼は誰にも聞こえない声で独り言つ。 矢張り、年下の彼女からの僕扱い程、自尊心に傷が付き易いものは無いのかもしれない。彼女から気に入られているという点では申し分無いといえば無いのだが。そうでなければ、大公と言えど高が"良家の"次男坊が宰相などという高位な役職に付ける筈が無い。


彼は少し憂鬱な気分で、部屋の主に声を掛けた。


「どうされましたか、次期魔帝(フェデリカ)様」





それで、と其の黒い影は執事業務から解放されたばかりのハインリヒの前に立ち塞がった。


「何か疑念でも」


次期魔帝の側に侍る訳でもないのにずっと魔帝の執務室の片隅に座っていた彼を、ハインリヒは時折ちらと見遣っていたのだから、彼が不信感を得てしまうのに何ら疑問はない。寧ろ、私について、とは一言も発しない処を見ると、彼が余程喰えない奴である事に間違いは無いだろうし、此方はそれに気をつけなければならない。本名も出身も全てが謎なこの男。ハインリヒに取って、仮にも上官に当る彼程よく判らない人物は居ない。


「いいえ、全くそんな」


暫く沈黙が続く。言葉を用いない腹の探り合い。ハインリヒは後悔した。迂闊に彼を調べさえしなければ、と。彼はもう此の事を識っているのだろう。何故ならば、魔帝の狗、王の盾が隊長、サルヴァトーレに真名すら存在しないのを疑問に思わない者など、恐らく誰一人としていないだろうから。


いや、彼女は例外だったか


矢張り何時もの勝気な幼馴染の様を想像してしまう。彼、ハインリヒは内心苦笑した。良い歳になったというのに、未だに甘い幻想に浸るだなんて。



いや、今はそんな事を考えている場合では無い。彼については、幾ら調べても此の手は虚空を掴む許り。彼女とは何時かの戦場で出逢ったというが、其れすらも真実か否かは本人以外に知る由も無い。


ほう、と黒尽くめの男(サルヴァトーレ)はさも可笑しいとでも言うかの様にその黒い目をすっ、と細めた。


「此の案件については、」


とサルヴァトーレか沈黙を破る。但し、何やらおぞましい雰囲気を纏って。


「此以上首を突っ込まないでくれ給え」


冷汗が頬を伝う嫌な感覚を無視して、ハインリヒは言葉を絞り出した。


「…何故で、しょうか」


彼は一瞬驚いた顔をして、どういう訳か、識ってしまえば、と言葉を発したにも拘らず其れを一旦止めて首を振った。


「もう元には戻れなくなる、とだけ言っておこうか」


何も返せないハインリヒに、あと一つ、と彼は付け加える。


「シャール・サルタイアー第一皇子殿下の振る舞いについては、私が保証しよう。踊らされているふりをする人形師を観るのは、実に小気味良いのでね」


さらばだ、と颯爽と廊下を歩く黒い背中に、ハインリヒは何も声を掛けられなかった。




ヴェア=リス

つまり、銀の栗鼠=銀の身分(アージェント)、ヴェア家の人物


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