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クララ・ヴィクルの宝石を巡る旅  作者: すこーぴおん
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1話 惨め


この世界には美しいものがある。

例えばあの坊ちゃんがつけている衣服。胸元に続く白球の連なり、その先のエメラルドの宝玉。

例えばこの屋敷から見える景色。この屋敷事態。

美しいシャンデリア、美しい使用人、美しい食器、美しいナイフ、美しい剣、美しい衣服、美しい女、美しい鏡。綿毛鳥の羽の詰まったベットに、ダンジョン産の3級金属でできた剣。メッキではない金銀で宝飾された剣。


この世界には美しいもので溢れている。それは俺が想像もできないくらい。

確実なのは、その美しさを俺は得ることができないということだった。


灰にまみれた衣服。すれキレたズボン。穴の開いた靴。焦げた黒パン、井戸から組んだ濁った水。


割れた鏡に映る自分の目は濁っていた。

右頬の腫れは治まっていた。もしかして俺には治癒の才があるのかもしれない。

毎日、殴られているのに、傷も腫れも少ない。

あの坊ちゃんはとんでもないやつだ。だらしがない。酒は弱すぎるのに大量に飲む。女受けが悪すぎるのに女をつくる。食べきれないのに大量の料理をつくらせる。おまけに男癖も悪い。

そんな奴が金持ちに生まれてくるなんて、人間性と社会性、頭の良しあしと金はなんら関係がないように思える。


必要最低限の質素で可憐に暮らせなんていわない。

ただ目に余るのだ。

だからあの坊ちゃんが誰かに恨まれて殺されても、おかしいことだとは思わなかった。


屋敷が燃えている。

目の前が、太陽の加護が地上に降り注いだように燃えていた。

視界の端から端までが炎に包まれている。

この屋敷は燃え尽きるだろう。内壁が崩れかけている。

坊ちゃんが手間暇かけてコレクトしたものとともに燃えていく。

俺は坊ちゃんに愛着はない。ただの雇用主だとしか思っていない。

あの男がどういう形で死のうが気にならなかった。


(金…)


あの男の生死に愛着はないが、問題は金だ。

金を貰ってない。食べ物を食べていない。明日には腹がなるだろう。

今朝、食べたのはカビの生えた黒パンと野菜の皮屑のスープのみ。


この屋敷は無駄に金はあるが、世間一般にとって価値のあるものは少ない。

有名画家の絵画、坊ちゃんの自己絵、悪趣味坊ちゃんの人体コレクト、ドラゴンコレクション、剣のコレクション…

これといった持ち運びやすく換金性のあるものが全く思い浮かばない。

坊ちゃんの人格は破綻していたが、好奇心は学者並みだった。ダンジョンの歴史や文化、ダンジョン産金属と鉱脈産金属の違いの研究、マフィンの膨らみの研究等。

頭はいいし、好奇心はあった。

人格は破綻していた。


(宝石…)


坊ちゃんの首を一周する白球の連なり、その先の金銀で縁取られた緑の宝玉。

明日の空腹を思うと胃が痛んだ。

崩れかけの屋敷。火の粉が降りかかるだけで肌が焼けてくる。治癒の才で修復していくのがわかる。そしてまた焼けて駄目になっての繰り返し。

治癒の才の限界は呆気ない。擦り傷と炎の差は大きい。俺の治癒では治らない。そもそも即死だろう。

死者の才でもなければ、命の加護でもなければ死んだらおしまいだ。

人生に悔いはないし、死後に恐れはない。

ただあの坊ちゃんと真鍮だけは御免。好きでもない奴の顔を見て死ぬのは御免願いたい。


しかし金がないと生きていけない。

日雇いの辛いところだ。命すり減らし、派閥争い、徴収人との争いが苛烈な冒険者よりはマシだろうと思って、こんな仕事をしていたが、去るときが来たようだ。

そしてその日が今日だっただけ。


時間が惜しい。1,2、3…と俺は目瞑って考える。こういうときは即決める事が一番、大切だ。

盗りにいこう。

死人からものを盗むのはよくない。だがこれは俺の給料だからいい。

(死人からものをとることに躊躇できるほどの道徳心が俺にあったとはね)

坊ちゃんの胸元には深々と剣が刺さっていた。

そして離れたところには白球と宝玉。

(背中から刺されて死ぬような奴だったのにな)

俺は多分、冷たい。

ほんとうに何も思わない。

道徳や倫理を知っていても、共感には至らない。

坊ちゃんみたいな人間は道徳も倫理を、我が生き方のように語るが、人格は崩壊しているように、

道徳や倫理、正義といったものは知識でしかないのだ。存在しないし、何の役にも立たない。


宝玉を拾う。可能な限り散らばった白珠も拾う。

闇夜と明るすぎる炎が迸る中、この宝玉はとびきりの美しさを放っていた。

この宝玉を手に入れるために、あらゆる者たちが争いの中で消えていっただろう。

ダンジョンの生き死に、戦争の話を耳にするたびに、そう思わざる負えない。

そしてこの宝玉での利権争いで、あらゆる者たちが破滅していっただろう。

今に至る宝玉は、魔性の美しさがあった。


(美しい石には呪詛がある。はやめに売ろう)


問題はどこで売ればいいかだ。盗まれるのも困る。悪党に目を付けられるのはもっと困る。

だがそれは後で考えればいい。

燃える屋敷。崩れかけた壁。狭い廊下は炎の壁ができていた。


「さよなら。坊ちゃん」

窓ガラスを割る。目だけはガードして。頬に傷がついたが、坊ちゃんの日々の暴力に比べれば易しかった。

ふと窓ガラスになにかが反射した。坊ちゃんの指輪だった。

この男に美的センスはないはずだが…。身だしなみに気を使えるわけがないのだが。

(…女でもできたんだろう)

指切り。

10の刑のひとつ。嘘つき、裏切り、税の改ざん。賄賂を受け取る指を断つ。そこから生まれたのが指切りだった。

「死後にやられることになるとはね。ご愁傷様」


いつも身に余る正義を語る刑だ。ちょうどいいだろう。

これは売ったらいくらかな?

ここから飛び降りる。

生きていられるかは賭け。俺の身体が持つかは賭け。

崖から落ちて死んだ冒険者、生きた冒険者。

飛び降り方。やり方の問題なんだ。

ここからは賭け。正しいやり方なんてわからない。


雪が降っていた。

飛び降りで死ぬより、寒さで死ぬほうがあり得るな。

そんなことを思いながら、俺は身を投げた。




この主人公、器用で現実的で頭がキレる設定です。

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