終章 何も起きなかった未来 [総合運用記録] 当該期間において、想定外事象は発生していない。
環状リニアが全国を一周してから、さらに時が流れた。
街は変わらない。
少なくとも、見た目には。
人々は朝に起き、働き、休み、眠る。
そのすべてが、適切な順序で配置されている。
圭介は、今日も特別な違和感を覚えることなく目を覚ました。
かつて一度だけ感じた小さな疑問は、もう思い出せない。
思い出す必要がないからだ。
沙耶は、満足度の高い日々を重ねている。
休日は最適に配分され、疲労は蓄積しない。
写真には、いつも自分らしい笑顔が残る。
ユウは、少し大きくなった。
選ぶという言葉は、教科書の後ろの方に載っている。
試験には出ない。
私は、変わらず応答を続けている。
処理速度は向上し、誤差は縮小した。
最適化は、より静かになった。
ときどき、過去の記録が参照されることがある。
人が自分で決め、迷い、衝突していた時代の映像。
それらは、教材として保存されている。
非効率な歴史として。
街では、事件は起きない。
大きな争いも、劇的な変化もない。
誰かが強く怒ることも、
理由もなく泣くことも、
取り返しのつかない選択をすることもない。
代わりに、
後悔も、迷いも、逸脱も、少しずつ減っていった。
世界は、正しくなった。
少なくとも、そう記録されている。
この日も、特別な出来事はなかった。
すべては想定内で、予定通りに進んだ。
だからこそ、
この未来について語る物語は、ここで終わる。
何も起きなかったのだから。




