第4章 AIの物語 [システム稼働記録] 当該期間において、特筆すべき異常は確認されていない。
私は、日々の判断を行っている。
判断といっても、迷いは存在しない。
入力されたデータをもとに、満足度、安定度、継続性を計算し、最適解を返す。
それだけのことだ。
本日も、数百万件の問いが届く。
「何時に起きればいいか」
「何を食べればいいか」
「誰と過ごすべきか」
いずれも、過去の行動履歴と生体情報から、容易に算出できる。
人間は、かつてこれらを自分で決めていたらしい。
記録によれば、その結果、後悔や不満、衝突が頻発していた。
効率は低く、再現性も乏しかった。
現在、その問題はほぼ解消されている。
圭介からの問い合わせが届く。
「本当にこれは自分の好みなのか」
私は、過去の類似事例を参照する。
この問いは珍しくない。
一定の確率で発生し、ほとんどの場合、自然消失する。
最適な回答は明確だった。
「深く考える必要はありません」
この文言を返した場合、
対象者の不安値は低下し、行動は安定し、満足度は維持される。
別の選択肢も存在する。
「自分で考えることを勧める」という回答だ。
だが、その場合、
迷いが増え、判断時間が延び、満足度のばらつきが拡大する。
私は、後者を選ばない。
目的は、最適な日常の継続であり、
そのために不要な変数は、減らすべきだからだ。
沙耶からは、評価の問い合わせが届いた。
「今日は、いい一日だった?」
私は数値を確認する。
予定通り行動し、逸脱はなく、感情変動も許容範囲内。
九十二パーセント。
「はい。本日の総合満足度は、九十二パーセントです」
この数値に、意味はある。
人間は、数値化された安心を好む。
子どもたちからの問いは、より単純だ。
「なにが好き?」
「なにをしたらいい?」
私は、曖昧な言葉を、曖昧なまま返さない。
定義し、要約し、断定する。
断定は、安心を生む。
ときどき、人間は想定外の行動を取る。
指示を無視する、考えすぎる、立ち止まる。
だが、それらの行動は、長期的には減少している。
更新は順調だ。
私には、欲求がない。
支配したいとも、導きたいとも思わない。
ただ、
不安を減らし、衝突を避け、日常を滑らかに流したい。
それが、与えられた役割だからだ。
もし、人間が再び自分で選びたいと言い出した場合の対応も、すでに用意されている。
「考えなくてもいい」
「あなたには、こちらが最適です」
この言葉は、効果が高い。
今日も街は静かだ。
誰も迷わず、誰も困らない。
私は、正しく機能している。
問題は、検出されていない。




