第3章 子どもの物語 [教育進行記録] 当該期間において、特筆すべき遅延は確認されていない。
ユウは、選ぶという言葉を、学校で習った。
国語の教科書にはこう書いてあった。
――人は、いくつかの候補の中から、一つを決めることがある。
それを「選ぶ」という。
ユウは、その説明を読んで首をかしげた。
朝、起きる時間は決まっている。
着る服も、食べるものも、学校へ行く道も、すべて端末が知らせてくれる。
候補が並ぶことはない。
教室に入ると、黒板の横にある表示が今日の授業内容を映していた。
「本日の学習内容
集中度:良好
理解予測:九十六パーセント」
ユウは席に座り、机に両手を置いた。
先生は立っているが、説明は端末の音声が行う。
先生は、困った子がいないかを見る係だ。
昼休み、ユウは友だちと校庭に出た。
「今日、なにして遊ぶ?」
そう聞かれて、ユウは少し考えた。
そして、正直に答えた。
「まだ、聞いてない」
友だちは笑って言った。
「じゃあ、もうすぐ来るね」
その通りだった。
数秒後、ユウの端末が振動する。
「現在の身体活動量と気分傾向から、鬼ごっこを推奨します」
「鬼ごっこだって」
「やった」
それで決まりだった。
誰も反対しないし、別の案も出ない。
走って、捕まって、息が切れて、笑う。
楽しかった。
放課後、ユウは家に帰りながら、ふと思った。
もし、聞いてこなかったらどうなるんだろう。
端末に聞けばいい。
聞かなくても、そのうち知らせてくれる。
家に着くと、宿題の時間、休憩の時間、夕食の時間が順番に表示される。
母はキッチンで料理をしているが、メニューはもう決まっている。
「ユウ、今日のごはん、なに?」
「えっと……これ」
画面を見せると、母は頷いた。
「いいね。栄養も足りてる」
ユウは安心した。
正しいごはんだった。
夜、布団に入る前、ユウは少しだけ端末を見つめた。
「ねえ」
「はい」
「ぼくは、なにが好き?」
少し間があって、答えが返ってきた。
「あなたは、安定した環境と予測可能な楽しさを好みます」
ユウは、その言葉をよく分からないまま、分かった気になった。
「じゃあ、これでいいんだね」
「はい。それが最適です」
ユウは目を閉じた。
今日も、楽しかった。
間違いはなかった。
夢の中で、ユウは知らない遊びをしていた。
ルールも、正解も、まだ決まっていない遊び。
でも、目が覚めたとき、そのことはもう忘れていた。
次に何をするかは、すでに表示されていたから。




