空白
私は逃げた。私から逃げた。そして迷った。
いや、彷徨った。そこは白くて、空っぽで何もなかった。しかし何処からか、風が吹き抜けていて、冷たかった。
行く当てもなく歩いていた。もうどれぐらい歩いているのだろうか?3時間かもしれないし、3年かもしれない。なにせ、時間の感覚がまるでないのだ。
僕はお腹が空いていた。お菓子の一つや2つ入っていないだろうか?と、ポケットを探るが、あったのは鉛筆一本であった。好きな食べ物でも描こう。何にせよ、こんな絶望的な状況では、どんなに歩いても望む場所へは行けない気がした。僕は逃げた。僕から逃げた。
オムレツを描いた。我ながら、美味しくできた。しかし、作ってから気づいた。一人で食べるには大きすぎると。なので、私は友達を描いた。それはとても愉快な友達であった。私はそれと喋っていたのだが、それよりも吹き抜けてくる風が寒くて仕方がなかった。もうここにはいられないと、直感的に思った。友達を連れて歩こうと思ったのだが、友達は歩けないと言った。どうしてか聞くと、それには答えられないとキッパリ言われた。何故答えられないのか?私達は友達じゃなかったのか?と私は怒って、友達の肩を支えて無理矢理立たせようとした。その瞬間、友達の中身は白い綿であったということに気づいた。私は声を発せなかった。発したときには遅かった。白くて空っぽの空間が、私の声を掻き消した。どうしようもなく、私は逃げた。私から逃げた。
寒かった。とにかく寒かった。暖をとるものが欲しかった。しかしそんなものはなかった。僕は鉛筆で、暖炉を描いた。しかし火をつけるものがないことに気づいて、急いで、マッチを描いた。その瞬間燃えるような赤い火が僕に襲いかかって来た。いや、これは過去の記憶だろうか、、?マッチをつける手が震えた。寒いからだろうか?力が入らない。いや、火が自身も傷つけることを過去が教えてくれた。寒い方がマシだと思った。僕は逃げた。僕から逃げた。
しかし、何もないので、歩くしかなかった。誰かを呼ぼうにもここが何処かもわからないし、人がいるのかすら怪しかった。あの声も覚えていない綿の友達が恋しかった。何かあって欲しかった。誰でもいいから話して欲しかった。これは声を忘れた報いだろうか?周りには何もなかった。やがて、私は寒さで死ぬだろうと覚悟した。いや、覚悟なんてできる度胸はなかった。直感的にそう思った。もう歩いてはいなかった。いつの間にか、地面に這いつくばって、いたようだった。
誰にも気づかれず、悲しまれず死ぬのかと思うと腹が立った。この白くて、空っぽで、寒くて何もない空間に腹が立った。私は最後に、あの、赤い火を。自分に襲いかかって来た火を。描いてやろうと思った。鉛筆を持ったが、寒さで触覚がなくなっていた。
「カタンッ」
と音がして、僕は思い出した。火を描こうとしていたことを、あの恐ろしい火を。できるだけ鮮明に思い出さなければならなかった。苦痛であったが、それでも側にあった鉛筆を持ち直し、描いた。何度も逃げたいと思った。しかし、完成した火は、思っていたより、ずっと美しかった。その火は、この白くて何もない空間に初めて現れた赤であり、この白い空間をたちまち、黒く焦がした。また、再び歩けると思った。そして僕は歩いた。
歩いていると、「痛い!」と音がした。いやそれは、声だった。声のする方へ行ってみると、焦げて黒くなった空間が欠けていた。そこから中を覗き見ることが出来た。そこには、あの白い綿の入った友達がいた。
私は「大丈夫?」と声をかける。
「大丈夫、少し指を切っちゃったみたい」その指からは、血が出ていた。
僕は急いで、鉛筆で絆創膏を描いて、その隙間から、差し出した。「ありがとう!」といって、受け取るその手は、暖かった。一瞬、火かと思って、恐怖した。僕はこの白くて空っぽの空間に絵を描くのが好きだ。私はまだ火が怖い。それでもあなたが笑ってくれるなら、次はちゃんと、あなたの声を思い出して、マッチに火をつけれるだろう。




