恋の妙薬、効きました。【side:ちょっとサイコな薬屋少女】《3分恋#9》
「俺ノドコガイインダ?」
身体は焼けるほどに冷たく、手も繋げないと、魔王さまはおっしゃるけれど。
彼は氷の身体に宿る、“本当の熱”を知らない。
「そんなことより魔王さまっ! 今度のダンジョン休業日は、森の洞窟まで探検に行きましょう」
「……アア。レネ、オマエ」
俺のどこがそんなにいいんだ――まただ。
困惑の声に、薬棚を整理する手を止めるしかなかった。
「もー、そこは誤魔化されてくださいよ」
「ダッテ……」
たった一度、薬品の事故で死にかけている私を助けただけ。
そう呟いて、彼はテーブルの上に視線を落とした。
意外と、そういうの気にするんだ――。
「……実は私。3年前、ギルドの候補生だったんです」
店を継がせたい両親に反発して、ギルドの試験用ダンジョンに挑んでいる最中だった。
合格ラインの最下層で、他のメンバーが、試験官の魔王さまと戦う中。「薬師」の私にできることは、回復くらい。それでも目の前の彼――魔王さまは、候補生へ平等に恐怖を与えてきた。
彼の凍てつく手に、肩を掴まれた瞬間。
『油断スルナ。実践ダト1回死ンダゾ』
その凍てつく声色に、ゾクっとした――。
それに。
霜のついた頬に反して、氷漬けの手が温かく感じた。壊れ物に触れるように、優しかったのだ。
あの時の感触を、何度も頭の中で繰り返した。
結局、ギルド所属を諦めて店を継いだ後も。いつまで経っても、熱は消えなかった。
どうしたら、もう一度触れてもらえるのだろう。
どうしたら、あの唇の熱を知ることができるのだろう。
そんなことを夢想することが、私の日常になっていた。
「……と、以上が魔王さまを好きになった理由です!」
ドキドキの告白タイムを終えたはず、なのに。
魔王さまは動かない。
「コノ店デ、オマエガ薬ヲ誤爆シタ時……最初ノ口付ケハ、事故ダッタハズダガ?」
それも、魔王さまが助けに来る保証などないタイミング。行かなければ大変なことになっていたのでは――と、彼は目を丸くしている。
「ああ、アレですか? 故意ですよ。最初のも、2回目も」
薬棚から、蒼サラマンダーの粉末をそっと取り出した。
状態異常「高温やけど」を引き起こす劇薬――魔王さまが氷のキスをしてくれなければ、あの時、私は焼け死んでいただろう。
「でも、ギルドの掟をしっかり守る真面目な魔王さまなら……」
薬の配達時間になっても私が行かなければ、きっと自分から店へ来ると思っていた。
「命懸けの恋、なんですよ?」
そう。命の危機を感じるほどに、強く優しい温もりを感じたあの日から――私は、手に入れたくて仕方なかった。
「もう一度触れてくれないかなって、ずっと思っていたんです」
薬を手に微笑むと。氷の手が、私の手にそっと重なった。
感覚を失うほどに冷たい――でも、やっぱり温かい。
「もっと、これからもたくさん触ってくださいね」
「……俺ハ、トンデモナイ娘ニ捕マッタヨウダナ」
重なった手の隙間から、じわりと。
溶けた雫が滴った。