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ナイトメア・ミステリア  作者: 堂樹
【Case1】病死したアイドル画家の謎
9/60

【6】



 美琴ちゃんの行動可能範囲は美術館の敷地内――駐車場も含まれているそうだ。駐車場に私の車を停め、そこに美琴ちゃんを招き入れて対談。その間、周囲に不審がられていないかどうか、春斗くんが車外で見張りを行う。


『これなら実行できますよね。一人の女の子の魂、俺たちで救ってあげましょう』


「……ホントに強引なんだから」


 計画実行は私の休日。

 春斗くんは『了解です』と答え、腰を上げた。今日も変わらず窓へと向かっていく。


「また飛び降りるつもり?」


『何か問題でも?』


「毎回人が飛び降りるのを見届けるのも……ね。何とも言えない微妙な気持ちになるから、普通に玄関から帰ってくれない?」


『それができないから飛び降りてるんですよ』


 春斗くんは多数の幽霊にインタビューを行い、その中で気付いたことがあるという。

 幽霊にはそれぞれ〝制限〟が存在しているそうだ。

 その人の人生や死亡理由によって変わってくるのではないか――とのこと。


『美琴ちゃんは美術館から動けないでしょう? 他にも〝生前の自分が見知っていた場所しか動き回れない人〟とか〝幽霊の声は聞こえるけど人間の声は聞こえない人〟とか、いろいろあるみたいです。制限とは違うけど、徐々に未練が薄れたり現世での生活に疲れたりして、自然に成仏できちゃうパターンも多いとか』


「自然に成仏するケースなら、私も別の幽霊から聞いたことあるよ。だからきっと、地球が幽霊で溢れ返ることもないんだよね」


『俺の未練は消えませんけどね。でも、ちょっとした制限があるんです』


「どんな制限?」


『俺、階段から転げ落ちて死んだんですよ。その影響なのか、〝階段を下る〟という動作が一切できないんです』


 なるほど、これで疑問が解決した。このアパートは二階建てでエレベーターは存在しない。そのため春斗くんは、帰るときだけ窓から飛び降りていたのだ。


『というわけで、このスタイルに慣れてくださいね』


「何で私が――」


 言い掛けたとき既に、春斗くんは窓に向かってダイブしていた。「慣れなきゃいけないの」という残りの言葉はきっと、彼の耳に届いていない。




+ + +



 灰色の空を仰ぐ。

 その空を切り裂くように、鮮やかなピンク色のパラシュートが下りてきた。

 ――いや、落ちてきた。


 鈍い音がした直後、周囲から悲鳴が上がった。

 空から落ちてきたものはパラシュートでなく、ピンク色のワンピースを纏った女の子。


 少女から溢れ出した血液が、乾いたコンクリートに吸い込まれていく。

 毒々しい赤色が少女の周囲を染めていく――。



+ + +




 身体を起こした途端、軽い眩暈がした。まだぼんやりとした視界でスマホのディスプレイを捉える。午前九時半を回ったところだ。


 逆さ吊りにされた男性の夢から四日。

 また妙な悪夢を見てしまった。

 怖い夢を見た経験がないわけではないが、こんな短期間に二回、しかもここまで生々しいカラーの悪夢を見たことなどなかった。


「気持ち悪いな、もう……」


 そんな呟きを掻き消すかのように『凛花さーん』と呼ぶ声が聞こえた。驚きで身体が跳ね、ベッドが歪な音を立てる。挨拶の主はもちろん春斗くんだ。玄関の方から『起きてますかー?』と確認の声が飛んでくる。返事をする気力もなく黙っていると、声は聞こえなくなった。


 今日は休日――美琴ちゃんに天海ルイの習作を届ける日。

 春斗くんも改めて顔を出すだろう。


 気乗りしないまま家事を行い、昨夜作った肉野菜炒めを温め直して昼食。その片付けを行ってから近所のスーパーへ。購入した食材を冷蔵庫にしまって一息つくと、本日二度目の凛花コールが鳴った。今度はすぐに応答し、春斗くんを招き入れる。


『あれ? 凛花さん顔色悪くないです?』


「……そう? 変な夢を見たせいかな」


『俺、眠りの邪魔しちゃいました?』


「そういうわけじゃないよ。呼ばれる前に起きてた」


『前は〝山火事の夢〟って言ってましたけど、それも俺がお邪魔した日ですよね。まさか俺のせいってことはないですよね?』


「たぶん関係ないと思うよ」


 温かいコーヒーを淹れ、ローテーブルに運ぶ。私の正面に座る春斗くんは、珍しく神妙な面持ちをしていた。なんだか申し訳なくなり、「悪夢は春斗くんのせいじゃないよ」と断言する。彼は首を横に振った。


『わざわざ凛花さんに話すつもりはなかったんですけど、俺も「気持ち悪いなー」と思ったことがあって。昨夜ファミレスに行ったときのことなんですけどね』


「何も食べられないのに?」


『空いてる席を借りて詩を書こうと思っただけですよ。お腹は空かないけど食事の匂いは分かるので、何となく食べた気になれるんです』


「そういうものなんだ。うちの店にも幽霊が来たことあるけど、お茶したつもりになってたのかな」


『まぁそのあたりの話は置いといて。本題はここからなんですけど、そのファミレスに吉野さんがいたんですよ。ノートを広げてたので、気になって覗いてみたんです』


「画家さんだもん、デッサンか何か?」


『そんな感じだと思います。で、その内容がすんごい不気味だったんですよ。手脚が不自然に折れ曲がった少女の絵ばっかり描いてるんです』


 転落死した少女の姿がフラッシュバックする。

 今朝の悪夢の続きを聞かされるような、形容しがたい不安を覚えた。



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